第60話 稲葉家ご訪問にて候

 六角、浅井、朝倉の三者が争っている隙に斎藤を倒す!



 長姫の出した方針である。


 攻める時期は秋から春にかけて、西美濃を完全に織田家の物にするのが狙いだ。

 冬場近くに攻める事で朝倉の援軍も来れない。

 まずは西美濃を抑えて六角、浅井の援軍が来れないように蓋をするのだ。


 一度の戦で美濃全土が手に入る訳ではない。

 尾張平定も何年もかけてやっているのだ。

 美濃平定も時間がかかってもおかしくない。


 それが何年掛かるかだ?


「一年よ」


 長姫が断言する。


「それは西美濃を手に入るのに掛かる時間か?」


「いいえ、斎藤家を倒すのによ」


 あの道三を相手に一年で美濃を取れなんて無茶振りが過ぎる。


「道三は長くないのよ。この前会って確信したわ」


 あなたは超能力者ですか?


 なんでそんな事わかんだよ!


「前に血を吐いたと言っていたでしょ。あれは本当よ。頬は痩けていたし、声に張りもなかった。病気ね。それもかなり重い」


 そんなに悪く見えなかったけどな。


「先に動いて気勢を制するのよ!向こうに準備する暇を与えないことですわ!」


 先手必勝か。悪くないな?


「と言う事で城に行きましょう。市に会わないと行けないわね」


 そうだな。市姫に会って…… え、会うの?


「わたくしが市を説得しますわ。その間に藤吉は稲葉の説得をするの。大丈夫、あなたなら出来ますわ」


 どこかの金髪さんのセリフを言われた。


 これを聞いてやらない訳にはいかない。


「よし分かった。俺に任せろ!」


 こうして俺は美濃に向かうのだった。



 あれ? 俺が仕切ってなかったっけ?




 そして、再び大垣城に戻って来た。


 氏家直元は俺達を快く迎えてくれた。

 戻って来た所で稲葉良道の件を尋ねる。


「良通とは連絡が取れた。しかし……」


 どうもよろしくなかったようだ。


 直元の話によると、稲葉良道は既に動こうとしているらしい。

 どうも連日に渡って面会を求められて、怒り狂っているらしい。


 相手は『明智十兵衛』


 十兵衛が出てきたのか?狙いはなんだ?


「良道は会わないと言って帰しているのだが、あまりにもしつこいので我慢の限界らしい」


 良道は十兵衛がお嫌いらしい。

 まあ、道三の側近だからな。

 何を言いに来たのやら?


「段取りは付けてある。良道に会ってやってくれ」


 直元も内心では動きたいのだろうな。

 しかし、今動いても道三には勝てない。

 数が違うのだ。


 今の道三は中美濃を押さえている。


 そして、西美濃の安藤守就を味方にしている。

 他にも西美濃国人衆の何人かは道三の支配下だ。

 数にして一万を軽く越えている。


 対して良通と直元の寝返り組は合わせても三千ほどしかない。

 先の戦いで散々痛め付けられたからだ。

 未だ戦力の回復が出来ていない。


 この状況で戦いに勝つのは難しいと言うより無理だ。


 しかし、これに織田家が介入すれば話が変わってくる。


 織田家は斎藤家に宣戦布告している。

 いつでも攻め込めるのだ。

 織田家と西美濃国人衆が組んで挟撃すれば勝てる…… はず何だがな?


 織田家の兵力は二万近い。


 しかし、全てを出すわけではない。

 精々、一万を越える程度だ。

 それ以上になると、銭も米も足りなくなってしまう。

 短期決戦ならば大丈夫だが長期戦は分からない。


 向こうも苦しいだろうが、こっちはもっと苦しいのだ。


 それに勝った後の事も考えないといけない。

 美濃を取ると北は朝倉、姉小路、西は六角、浅井、そして、東は怖い怖い武田が居る。


 特にこの武田を何とかしないといけないのだが、何も対案が浮かばない。


 織田家と武田家は付き合いがほぼない。


 今川と敵対しているので、それを糸口に話を持って行く事も出来るのだが?


 武田が美濃を欲しているのは明らかだ。


 おそらくどんな提案も譲歩も通用しないかもしれない。

 史実では信長が貢ぎ物攻勢でご機嫌を伺った相手だ。

 それに長尾景虎と争っていたので、こっちに兵を出す余力はなかった。


 しかし、この世界では違う。


 龍千代さんから送られた文によると。


『武田とは和議が結ばれた。川中島は我が長尾家の物となった。武田は駿河今川を攻めると言う事で、これ以上長尾家と争うつもりはないとな。本当かどうかは分からん。しかしこれで、長尾家は関東に集中出来る。お前も織田家にいつまでも拘らないで我が元に来い。いつでも待っているからな! 龍千代より』(現代語訳)


 あ、続きが有るな。


『近々上洛する予定だ。その時は追って報せるからな。そなたも上洛するように。いいな!』(現代語訳)


 龍千代さん、俺は長尾家の人間じゃないのよ。


 しかし、こんなに機密をべらべらと書いて大丈夫なのだろうか?


 景虎さんはこの事を知ってるのかな?



 しかし、貴重な情報を得る事が出来た。


 どうやら第四次川中島決戦は発生しないようだ。

 そうなると野良田の戦いが起きるかどうか怪しいものだ。

 既に歴史は俺の知っている物とは違っているのだ。

 先入観を持つとかえって足元を掬われる事になるかもしれない。


 事実掬われたしな。


 ああ、もうネガティブに考えるのは止めよう!


 武田に関しては長姫が何か考えると言っていたしな。


 俺は稲葉良道の説得に集中しよう。


 俺は小六と護衛の蜂須賀党の面々を率いて稲葉良道の居る曽根城に向かった。


 監視の厳しい曽根城であったが上手く潜入する事が出来た。

 出入りの商人に化けただけだが、不審に思われる事はなかったようだ。


 ここの警備も案外ザルなのかな?


 いや、直元が上手く謀ってくれたと信じよう。


 曽根城には直元の部下が既に侵入していた。

 その部下と落ち合って俺達は良道に会う事が出来るようだ。


 しかし、稲原良道は既に誰かと会っている最中であった。


 先客が居た事で少し待たされる事になった。

 俺は良道に対する口説き文句を考えながら待つ事にした。


「織田家と共に…… いや、俺達と一緒に…… 駄目だな。やっぱり美濃の為が一番かな? どう思う小六?」


「藤吉の言葉なら誰だって落ちるよ」


 うん、聞いた俺がバカだった。


 しかし、長いな?


 少しだけと言われたが中々呼ばれない。


 俺は緊張からかトイレに行きたくなった。


「ちょっと厠に行ってくるわ」


「あたしも付いて行こうか?」


「必要ないよ。すぐそこだし」


「駄目だ。一人に出来ない。お前達、何人か付いていきな」


「「「へい!」」」


「大袈裟だな」


 しかし、小六のこの心遣いは嬉しかった。


「じゃあ、行ってくる」


「気を付けなよ」


 俺は三人ほど連れて厠に向かった。


 厠で用を済ませると、部屋に戻ろうと廊下の角を曲がろうとして、人とぶつかってしまった。


「あ、すみません」


「いや、私も余所見をしていた。すまない」


 俺と相手は同時に頭を下げた。


 うん、聞き覚えのある声だな?


 俺が頭を上げるとそこには『明智十兵衛』が居た!


「じゅ、十兵衛さん!」


「そなた。藤吉か?」


 十兵衛が目の前に居た。


 俺は驚きのあまり棒立ちになっていた。


 しかし、相手は俺と同じように棒立ちになる事はなかった。


「ごめん!」


 十兵衛は刀に手を掛け、抜き放った。


 あ、殺られる。



 明智十兵衛が刀を抜いたと分かった瞬間、彼は俺の襟を掴むと自らに引き寄せ、刀を俺の首筋に当てた。


「「「大将!」」」 「動くな!」


 護衛の三人が俺を救おうとしたが、十兵衛の声に反応してピタッと止まる。


「十兵衛、さん? 何のつもりですか?」


「このまま私と一緒に来て貰います。道三様がお待ちです」


 あー、もしかして十兵衛の用事は俺だったのか?


「俺ははっきりと断ったはずなんですけど?」


「再戦の約束をされているじゃないですか。違いますか?」


「ぐっ」


 痛い所を突いてくれる。


 そう言う意味の再戦じゃなかったのにな。

 それにしてもさすが蝮と言った所か。

 噛まれて毒を盛られたようだ。


 こんなしつこい毒はいらないよ!


「止めましょうよ。ここで騒ぎなんて起こしても得になりませんよ?」


「そうですね。なら、あなたを殺してここを去っても良いんですよ」


 そんな事出来るわけ…… 殺られそうな気がする。


「まだ死にたくないのでご一緒しても良いですか?」


「賢明な判断です。おい!」


 十兵衛の後ろから四人ほど現れると、護衛の持っている刀を取り上げる。

 そして、護衛の三人は縄で縛り上げられた。


 すまん。まだ命が惜しいんだ。


 ついでに俺も手を縛られる。


 ちょっと痛いんですけど?


「では、行きましょうか藤吉殿」


「わざわざここで張っていたんですか?」


「あなたは必ず現れると思っていました。まさか、城に入って直ぐに会えるとは思ってませんでしたけどね」


 爽やかイケメンが微笑みを浮かべる。

 女性だったら『はぅ』となってしまうだろうが生憎俺は男だ。

 憎たらしいだけだ。


「では、行きましょう。何、取って食われる訳ではありませんよ」


 そうか、取って食われるのか俺は。


 俺に刀を突き付けたまま、十兵衛が歩き出す。

 俺も十兵衛配下の者も一緒に歩き出した。

 俺の前に二人、隣に十兵衛、後ろに二人が付いている。

 逃げ出す事も出来ない。


 不味いな。このまま付いて行ったらどんな目に会うのか?


 俺が不安に思っていると後ろにいた配下の一人が俺にもたれ掛かる。


「ちょっ、重いんだけど?」


 俺は体をひねって交わすと、配下の者はそのまま倒れた。

 背中から血が流れている。


 斬られた後があった。


「どこに行くんだい。十兵衛」


 声のする方を見れば刀を肩に乗せた小六が立っていた。



 素敵よ小六! 早く助けて!


「小六さん。お久しぶりです」


「挨拶はいいさねぇ~ さぁ、早く藤吉を離しな!」


 肩に乗せたいた刀を前に突き出し十兵衛に迫る小六。


「問答無用ですか?」


 突っ込んでくる小六に対して十兵衛は上段に構えて振り下ろす。


「しゃらくさいよ青二才!」


 いや、この中で一番年上は十兵衛だろ?


 十兵衛の振り下ろしを半身になって交わす小六。


 そのまま俺と十兵衛を繋げた縄を斬る。


 助かった!


 俺は素早く十兵衛達から距離を取る為に庭に出る。


「く、邪魔をしないで下さい。小六さん」


「嫌だね。藤吉は誰にも渡さないよ!」


 そうだ、そうだ!俺は小六のもんだ!


 は、いや違う。いや、違わないか?


「稲葉の旦那にも振られたんだろ。色男も形無しだねえ」


「あなたに私の何が分かるんです。あなたこそ美濃を滅茶苦茶にした張本人ではないですか!」


 小六は構えを崩さずに俺の近くに寄ってくる。


「それは違うね。蝮の旦那がもっとしっかり手綱を握っていれば、こんな事には成らなかっただろうさ」


 十兵衛は俺や小六を睨み付けて言い放つ。


「貴方達は私の美濃を壊した。その償いは必ずさせてもらう!」


 そう言うと十兵衛達は逃げていった。


「大丈夫かい藤吉?」


「助かったよ小六」


 小六は俺の縄を切って抱きついた。


「良かった。本当に良かった」


 小六の顔は見れなかったが俺の肩が濡れていた。


 心配させてしまった。


 俺は小六の頬に優しくキスをした。




 十兵衛に誘拐されそうになった俺だが無事に稲葉良道に面会する事が出来た。


 ちなみに十兵衛達を捕らえる事は出来なかった。

 十兵衛に会う前に、良道に会っていれば城内の人達に手伝って貰えただろうが、会う前の俺は客人扱いですらなかった。


 そんな人の手伝い等してもらえる訳がない。


 それに……


「十兵衛達に手を出す訳にはいかぬ」


 無念そうな顔で謝る良道。


 どうも十兵衛は良道に会って帰りの安全を約束する約定を結んでいたようだ。


 さすがに抜け目がない。


『稲葉良道』


 背は俺と同じくらい、目はつり上がり髭が逆立って見える。


 まるで鍾馗様のようだ。


 一言で言えば、怖い。




 良道の話によると、十兵衛は道三から命を受けて良道に面会していた。

 その内容は、良道に井ノ口に来るようにとの事だった。


「ふん、わしに人質になれと言う事だ」


 昨日まで面会を断っていた良道であったが、十兵衛から主命である事を言い渡された為に面会したら、この命令だ。


 しかし、十兵衛も最初から主命だと言っていれば直ぐに面会出来たのにな?


 いや、俺がやって来るタイミングを見計らっていたのかもしれない。

 そして、俺がやって来た所で先に良道と面会して、その後に俺が面会を終えて帰る所を襲って拐うつもりだったのだろう。


 それに本当は俺を殺すつもりだったのかもしれない。


 あの捨てゼリフにしろ、俺の首筋に刀を当てた事もブラフではない。


 刀を当てられた所が少し切れていたからな。


 最初に会った時は爽やかイケメンで優しい人だったのに、今じゃかなり恨まれているようだ。


 まあ、俺も今の十兵衛はあまり好きじゃないから、どっちもどっちだな。




 そして、良道の説得なのだが……


「わしが井ノ口に行くものか!断ってやったわ!」


 どうやら説得する必要もなかった。


 それと『あなたは人質の重道を見捨てるのですか』と問う。


 しかし、そんな事は良道も分かっている。


「あれとは既に別れを済ませている」


 そんな寂しそうな顔で言うなよ!


 しかし、もう無理だろう。


 良道は道三に攻め込ませる為の口実を与えてしまった。

 今頃は道三が兵の準備を整えて、十兵衛の帰りを待っている。


 後三ヶ月だけ待って欲しかった!


 そうすれば織田家の兵一万以上が美濃に侵攻出来たのに!


 まったく早まった真似をしてくれた。


「わしと直元だけで戦う。助太刀無用!」


 そう言われて『はい、そうですね』と言えるか!


「織田家は、いや。俺はあんたの力が必要なんだ!ここで死なせる訳にはいかない!」


「直元はお主を認めたようだが、わしはそうはいかぬぞ!わしらだけで戦うのだ。早く城を出ろ!」


 この頑固一徹が!


 この曽根城には千人足らずの兵しかいない。

 攻め手は一万とはいかなくても八千ぐらいは来るだろう。


 とても戦えない。


 せめて大垣城まで下がって戦えば何とかなるか?


「なら、俺もあんたとここで戦う。どうせあんたも俺も、蝮から狙われてるんだ。だったらここで蝮に一太刀浴びせてやる!」


 心中するつもりはないが、俺を良道に認めて貰う為には近くにいた方がいい。

 そして、不本意ながらここで防衛戦を殺らないといけない。

 長姫が上手く市姫様を説得して、早めに兵を出して貰うしかない。


「ふん、良いだろう。ならばわしと一緒に戦って貰おうか」


 良道は俺に向かって獰猛な笑みを浮かべた。



 それって味方に向ける顔じゃないよな?

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