第59話 服部 左京進 友貞

 服部友貞の居る市江島に向かった。


 ここは輪中と言われる集落の周囲を堤防でぐるりと囲っている。


 人工の島のような物だ。


 しかし、その島は要塞のような物でもある。


 俺と小六、長康と蜂須賀党数名で船を出して市江島に着く。

 警備は結構、ザルだ。

 警戒している人間はいない。


 あれ? 思っていたのと違うな?


 俺はこの島に潜入するのはかなり大変で、警備の者に袖の下(賄賂)を渡して、『いや~、結構な銭を使ってしまったな』と言って悪態をつく所まで想像していたのだ。

 それがこうもあっさり潜入出来ては肩透かしもいいところだ。


「大将。あそこが服部の館だ」


「バカ長康。今の俺は商家の若旦那だ!」


「すいません、たい。若旦那」


 今の俺は商人に化けている。


 ここの所この姿での行動が多かったのでもう慣れた。

 小六は何時もの山賊ルックで、蜂須賀党の者達もラフな格好だ。

 長康は俺と合わせて商人の姿をしている。


 俺と長康を小六達傭兵が護衛していると言う訳だ。


 小六を先頭に服部館の前に着いた。


 小六は門番に挨拶(銭を渡している)をしている。

 それを俺は愛想笑いを浮かべて見ている。

 門番の一人が居なくなってしばらく待たされた。


「た、若旦那。良いですかい?」


「なんだ?」


「くれぐれも早まらないで下さいよ」


 俺の耳元で小声で話す長康。


 早まるなって、いかもに俺が考えなしに暴走するみたいな言い方だ?


「失礼だな。俺がそんな単細胞に見えるか?」


「たんさい? 何ですか?」


「いやいい。大丈夫だ。俺は冷静だ」


 そうだ。俺は冷静だ。


 小一に何か有ったらここに居る奴らを皆殺しにしてやるくらい冷静だ。


「全然大丈夫に見えませんよ?」


 その言葉は聞かなかった事にしよう。


 安心しろ。


 向こうがちゃんと話を聞く奴らなら命は取らないでいてやる。


 骨の二、三本で勘弁してやろう。


 ふふふ。




 そうして待っていたら門番の一人が帰って来た。


 どうやら俺の話を聞いてくれるらしい。


 よし、骨だけで済ましてやろう。


 中に入るのは俺と長康、それに小六と後三人が付いてきた。

 護衛だからな。

 商談の時には離れているがそうじゃない時は常に一緒だ。

 小六が先頭で俺と長康が真ん中だ。後ろに残り三人が付いている。


 結構長い廊下を歩いている。


 頭の中は小一の事ばかり考えている。

 ここに来る前に母様やとも姉には必ず小一を連れて帰ると約束した。

 絶対に安全な策が有ると言って説得してきた。


 しかし、実は策なんて無い!


 友貞とは適当に話して小一の無事な姿を確認したら、一目散に逃げるつもりだ。

 その辺は小六にも話している。

 追ってくる奴らは死なない程度に殺してやる。

 俺の家族に手を出す奴は地獄行きだ!


 例外はない!


 俺には祖父直伝の護身術がある。

 こっちの世界の人間は背が低いし、力も俺より弱い。

 俺が力いっぱい殴れば死んでしまうだろう。


 俺は桶狭間で人を殺しているが直接殺した訳ではない。

 一応、槍や刀といった道具を使って間接的に殺している。

 だが今回は武器を持っていないので素手で殺らなくてはならない。


 大丈夫だ。家族を守る為なら幾らでも人を殺してやる。


 今の俺にとって大切な物は家族なんだ!!



 そうして黒い笑みを浮かべながら歩いていると少し離れた部屋から声が聞こえてきた。


「あ、や、止めて下さい」


「うるせい。観念しろ!」


「頼みます。少し待ってください。この通りです」


「黙れ、黙れ! これ以上待てるか!」


 あの声は小一か?


 何か切羽詰まっているようだ。


 これはヤバい!


 俺は声のする部屋に向かって走った。


 途中で案内していた者がおれを止めようとしたが殴って黙らせた。


 安心しろ。少し手加減した。多分。


 そして、部屋の前に着いた。


「まって、本当に待って下さい!」


「くどい。もう待てん。観念しろ!」


 俺は戸をスパーンと開け放つ。


「やめろー!」


 するとそこには小一と弥助さん、それに知らない髭を生やした中年が居た。


「へ、あ、兄者?」


「なんだ。お前は?」


「おれは、おれは、……てあれ? 何してんの?」


「見て分からんのか。将棋だ。将棋」


 見れば中年と小一が将棋盤を挟んで対面していた。

 弥助さんは小一の後ろに座っていた。



 俺はそれを見て転けた。




 結果から言おう。


 小一は服部友貞を仲間にしていた。


 言葉にすると簡単だがあの服部友貞を調略してしまったのだ。


 小一、お前は俺より凄いよ!


 小一から詳しい経緯を聞いてみると……


 長島での調略活動は思ったよりも進んでいなかった。

 とにかく長島の人、特に一向門徒は話を聞かないのだ。

 それよりも彼らは逆に小一達を熱心に勧誘をしてくるのだ。


「一緒に阿弥陀如来様を崇めましょう」


「今なら南無阿弥陀仏と唱えるだけで我ら門徒の仲間になれますよ?」


「供に一向宗を広めましょう!」


 こんな感じで勧誘して来るのだ。


 そして、話を聞いてくるのは門徒以外のならず者達だった。

 彼らは傭兵家業を生業にしている者達が多く。

 近くで戦が有れば助っ人に加わる者達だ。

 中には織田家の者や今川家の者、さらには斎藤家の者まで居る。

 そういった連中の斡旋をしているのが服部友貞であった。


 小一は彼らならず者達の話を聞いて、服部友貞を調略出来れば長島の傭兵達を引き込めると考えたらしい。


 なんて危ない事を考えるんだ小一。


「で、服部家と渡りを付ける事が出来たんで直接乗り込んだんだ」


「お、俺は止めたんだよ。危ないし」


 弥助さんの判断の方が正常だ。


「でもおいらには勝算が有ったんだよ。兄者が教えてくれたからね」


 俺、何か教えたっけ?


「それならそうと、俺にも話してくれたら良かったのに? 大将は相当心配したんだぞ。目の色が違ってたからな。すっげえ怖かったぜ」


 長康の意見は最もだ。


 あれ? 俺そんなに怖かったの?


「ごめん長康さん。でも突然の話だったから連絡出来なかったんだ。本当は弥助兄さんに連絡してもらうはずだったんだけど……」


「俺が弟を見捨てるもんか!バカにすんな!」


 弥助さん、いや弥助兄さん。あんた偉いよ!


「それに俺一人で帰ったら、ともに殺される」


 ぼそっと本音が漏れてますよ弥助さん。



「あんたが噂の木下 藤吉かい」


 俺ら身内で話をしていると友貞が話しかけて来た。


「ああ、俺が藤吉だ」


「俺らは人に仕えた事なんてねえ。けど、そいつに言われて考えが変わった」


 小一の奴。何を言ったんだ?


「俺ら服部党は織田家じゃなくてあんたに仕える。好きに使ってくれ!」


「いや、その、いきなりそんな事言われても?」


 何で織田家じゃなくて俺なんだよ?


「がははは。あんたは小一の言う通りな奴だな。おっと、これからは俺らの大将だもんな。旦那って呼んで良いかい」


 なんなのこのフレンドリーな感じは?


「おい、あんたら。言っとくけどあたしら蜂須賀党が藤吉の一の家臣なんだからね。その辺は弁えなよ」


 止めて、小六。その人の自尊心をくすぐらないで、お願い。


「がははは。良いぜ。今の所は二番手だな。だが、直ぐに一番手になってやるぜ。直ぐにな」


「そうかい。それはお手並み拝見と行こうじゃないか?」


 部屋には小六と友貞の笑い声が響いていた。


 お願い、仲良くしてね?


 そしてそれを笑顔で見ている小一。


 どうやって友貞を説得したのかは何度聞いても教えてくれなかった。


 本当に何をしたんだよ小一!



 こうして俺は服部友貞率いる服部水軍を手に入れた。



 大丈夫だよな。裏切ったりしないよな?



 無事に小一と弥助さんを救出した俺達は、一旦清洲に戻る事にした。服部友貞も同行している。


 彼には俺の策を聞いてもらって実行してもらわないといけない。


 屋敷に着くと母様達が出迎えてくれた。


「おっ母帰ったよ。小一も一緒だ!」


「小一!」「おっ母!」


 母様は小一を抱き締めて無事を確かめていた。


 なんか俺の時とは違うよな? 何でだ?


「とも~」


「弥助!」


 弥助さんがとも姉に抱き付こうと迫る。


 しかし、ドゴっと言う音と共に弥助さんは地面に倒れている。


「あんだけ危ないとこには行くなって言ったでしょ!聞いてなかったのかい。この唐変木!」


「そんな~」


 あ、なんかデジャブだな。


「おい、旦那?」


「なんだ左京進?」


「止めてくれ、その呼び名は。それよりいつもああなのか?」


「うん、まあ。いつも通りだな」


「おお、おっかねぇ~」


 どうやらうちの家の事を分かって貰えたようだ。

 大丈夫だ。母様達に突き出したりはしない。

 後で教えておくけどな?


 こうして家族の再会は無事に終わった。


 次は家の中で作戦会議だ。



 少し広めの部屋に集まる。


 部屋には俺と小一、小六と長姫、長康と友貞の六人が居る。

 ちょっと前は小六と小一の三人だったのに今は倍の六人か?

 そのうちもっと増えるんだろうな。


 六人で車座に座った。


 俺の左から小六、長康、友貞、小一、長姫と座っている。


 そして長姫と友貞は面識があった。


 友貞が長姫を見た瞬間、元康と同じ反応をしていた。

 すなわち直立不動になって直ぐに土下座したのだ。


「じ、治部様。ご無事でしたか?」


「久しぶりね左京進。元気だったかしら?」


「は、この通りです。はい」


「そう。これからは藤吉の役に立って下さいましね?」


「は、必ずや!」


 なんだろね、このやり取り?


 あ、小一が笑ってる。小一は何か知ってるのか?


 まあ、そんな事が有っての作戦会議だ。


 ちなみに友貞は長姫に戦々恐々なようで、目を合わせようとはしていない。


 昔何か有ったんだろうな。


 何かは分からないけど。


 とりあえず地図を広げて現在の状況を確認する。

 進行は俺が担当する。慣れてるからな。


「まずは美濃の成果だ」


 美濃では西美濃国人衆の調略を行い『氏家直元』『不破光治』『坪内利定』を味方に付けた。

 これに『稲葉良通』が加わる予定だ。

 美濃の西南はほぼ織田家の物と言っていい。


「そして、伊勢長島」


 長島一向門徒の調略はほとんど進んでいない。

 しかし、俺の権限で既に土地は確保している。

 知多半島を支配していた水野家の土地だ。

 あそこは直轄地となって日が浅いし土地が余っている。

 幾らでも人を押し込める。


 そして、小一のファインプレイで目の前の『服部友貞』を味方に付けた。


 これは大きい。


 俺は早速友貞に長島で職に溢れている者や、食うに困っている者を知多半島に送るよう指示する。


「その中に一向門徒が混じっても構わないのか?」


「ああ、構わない。むしろ好都合だ!」


 友貞の問いに俺は自信満々で答える。


 一向宗の巣窟から離れる門徒なら歓迎出来る。

 ただし、僧侶は別だ。彼奴らは駄目、絶対駄目!


「左京進。藤吉の言う通りにすれば良いのよ。貴方なら出来るでしょう?」


「は、お任せあれ」


 長姫の後押しに平服する友貞。


「引き続き長島に関しては小一と長康、それに友貞に任せる。指示は小一が出せ。いいな?」


「分かったよ兄者」


「任された」「大船に乗ったつもりでいろよ。旦那」


 頼もしい返事をくれる三人。


 頼むぞ三人供。



「俺と小六、長姫は稲葉の説得だ」


「分かったよ」「わたくしに任せなさい」


 こっちもやる事は変わらない。


 けど、気になる事も有る。



「武田が動こうとしているらしい。三人は何か聞いてないか?武田以外でも何か知っていたら報告してくれ」


 道三は武田が攻め寄せると予測している。


 それは長姫も同意見だった。


 いつ頃動くのか、はっきりした情報がなくても構わない。

 とにかく何か見落としていないか調べないといけない。


「おいらからは何もないよ」


「大将。俺も無いな」


 小一と長康が答えた。


 後は友貞。


 そして、友貞は思案にくれた顔をした後にポツリと呟く。


「六角が確か……」


「六角、六角がどうした?」


 六角? この頃の六角は朝倉と浅井の対策と京の将軍の事で手一杯の筈だ。 ……筈だよな?


「六角が浅井の嫡男に嫁を出す話があった。そうだ。確かにそんな話が有った!」


「本当か? 小六、知っているか?」


「あたしは知らないよ」


 小六の知らない情報か?


「左京進。それは確かなの?」


「間違い有りません。確かな筋の情報です!」


 これだけはっきり言っているのだから本当なのだろう。

 しかし、六角と浅井が結びついても織田と斎藤の戦いには関係ないよな?


「そう、六角と浅井が結ぶのね」


 長姫が何かぶつぶつ言っている。


 何か引っ掛かるのか?


「他には無いのか?」


「松平が南三河を制圧しそうだ。これも確かだ」


 そうか。元康は順調に勢力を伸ばしているのか。

 今川は動かないのか?

 それとも動けないのか?


「それからこれは友野の旦那から聞いた話しなんだが……」


 友野? ああ、今川の御用聞き商人か?


 さっきから友貞が話してばっかりだな。


 認められようと必死なのかな?


「駿河から東は今年も凶作になるかもしれないと」


 また凶作か!


 昨年と今年、連続して凶作なのか。

 しかし、まだ七月に入る前なのによく分かるな?


「するとまた米の値が上がるね。兄者」


「そうなるとまた東は戦が起きるな。大将」


 それならそれで良いかもしれない。

 向こうで潰し在ってくれるのなら好都合だ。


 もう意見は出尽くしたと思ったら、長姫が持っていた扇子である地点を指した。


 朝倉?


 長姫の扇子は朝倉を指していた。


「朝倉と浅井は六角とぶつかるかも知れないわね?」


「それは六角と浅井が結ぶからか?」


 長姫は朝倉から浅井に扇子を動かす。


「浅井は元々独立志向が高いのよ。和尚が言っていたから間違いないわ。それを六角が押さえようとしているの。嫁を出すのその為よ。」


 もしかして、あの戦いが一年早くなるのか?


「そして、その嫁を送り返せば合戦の口実になるわね。今なら斎藤家は六角を支援出来ないでしょうし、朝倉がこれを見逃す筈はないわ」


 やっぱりそうか!


「これは好機よ。六角と浅井と朝倉が争っている内に斎藤を叩くのよ!」



 あの『野良田の戦い』を利用するのか?

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