第48話 道三の策謀にて候

 秋の刈り入れを迎える前に俺は城に戻っていた。


 休暇はまぁ、それなりに休めたと思う。


 城に戻るとやはり大量の書の山があった。

 両隣で作業をしている二人は俺の顔を見ない。

 うん、分かっているよ。


 てめえら、俺に押し付けやがったな!


 よし、俺の権限で残業を増やしてやろう!


 泣いて喜びたまえ。ふははは。


 さて、同僚への軽い挨拶は終わったが仕事をしない上司には文句の一つも言わないといけない。


 という訳で……



「人を増やして貰えませんか?」


 上司である市姫様に掛け合っている。


 もうね。何なのよ。あの量は?

 刈り入れ前にあれだけ有るのよ。

 山と積まれているのよ。

 あんなの処理できる訳ないでしょう。

 しかも刈り入れ終わったら更に増えるのよ。

 また城に缶詰にされるのよ。

 家族にもろくに会えない生活なんですよ。


 ブラック過ぎる。ブラック過ぎる。ブラック嫌だー!


「だって、そなたが家に帰ったら。その……」


 その…… 何ですか?


 私は家に帰ったら行けないんですか?


 このまま城で生活しろと!

「このまま城で生活しろと!」


 あ、また声が出てた。


「そ、その、ような事は言っていない。だがの。そなたのように使える者もいないし……」


 何顔を赤くしてモジモジやってるんですか?


「なら、せめて小者を増員して下さい。書の写しだけでもさせてもらえると助かりますから」


「そ、そうか。それぐらいなら許可しよう」


「本当ですね?」


「小者の増員であろう。近習や右筆の増員は出来ぬ。それはそなたも分かっておろう?」


「ええ、近習や右筆を増やすのは今の織田家の財政では厳しいでしょう。ですが小者なら増やせます」


「うむ、ならば小者増員は許可しよう」


「は、ありがとうございます」


 よし!やったぜ!


 上司の許可は取った。後はうるさい方の上司を言いくるめないとな。


「許可出来ん」


「何でですか!? 姫様の許可は頂いてますよ」


「そなたも知っておろう。今の織田家に人を入れる余裕はない。それに今年は作物の出来が良くない。無理じゃ」


 く、実質織田家の財布を握っている平手のじい様は手強い。

 だが、来年の春までには今の状況を打開しないといけない。

 でないとこのままズルズルと行ってしまいそうな予感がする。

 ここは多少無茶しても人を入れないといけない。


「近習や右筆を増員する訳ではないんですよ!小者を増やすだけです!」


「駄目じゃ! 小者はお主自身が減らしたではないか。それを今になってじゃな」


「昔は、昔!今は今でしょ!」


「ふん。言いよるわい」


 それはお互い様だ。


 それに昔と今では織田家が治める土地が倍以上違うのだ。

 確かに右筆の数も増えたし、勘定方も増員されているがそれでも人が足りないのだ。

 今の織田家は入れ物が大きくなったが入ってくる税収と出ていく銭の数が合わないのだ。

 税は土地を得たら直ぐに手に入る訳ではない。

 少なくとも今年の収穫から税を得ないといけないのだが、今年の税収はそれほど見込めない。


 なんせ今年は凶作だからな。


 それなら土地を家臣に与えれば良いと思うだろうが、そうはいかない。

 織田家の直轄地は結構少ないのだ。

 今までは少ない土地に津島や熱田の税収で賄っていたが、少しずつ借銭の額が増えていたのだ。

 その借銭の返済の為には土地からの税収が必要だ。

 土地の税収を担保にまた借銭が出来る。

 その為、せっかく手に入れた土地をおいそれと家臣に与える事は出来ない。

 山口親子に与えた土地と知多半島くらいは与えてもいいが、それ以外は確保しないといけない。


 結構シビアなのよ。本当にね。


 せめて二年くらいかけてじっくりと内政に力を割きたいのが本音だ。

 その為の人員確保がしたいのだ。

 俺自身もいい加減城勤めばかりしていられない。


 少しは外に出てのんびり……


 とにかくだ。ここは引けない!


「だから姫様の許可……」 「駄目じゃ。駄目じゃ。駄目じゃ!」



 言い争うこと二刻あまり。ようやく許可を勝ち取った!


 よっしゃー! これで少しは楽が出来る。


 さてようやく増員の許可を得たのでさっそく人を増やしました。

 これからは雑務に追われる事なく仕事が出来る。

 良かった!無理やりでも人を入れて。


 今回入れた小者達は俺自ら面接して入れた奴らだ。

 こいつらはいずれ織田家の官僚として働いてもらう。

 まずは書の整理や管理等の雑務一般をこなしてもらい、その後は簡単な処理もやってもらう。

 数年すればいっぱしの役人だ。


 その時は俺も右筆ではなくて何処かの城の主にはなっているだろう。


 ふふふ、夢が膨らむぜ! ふはははー!



 そして、刈り入れが終わり秋の収穫を得る事が出来た。

 しかしこの収穫から得た税収は先の戦いの補償に充てられる。

 まだまだ織田家の財政は良くならない。


 しかし、他の国に比べれば尾張は遥かに豊かな国なのだ。


 それを証明するように国境沿いの国人、土豪が尾張に顔を出していた。


 やだね~。ハイエナみたいな連中だよ、まったく。


 どこも凶作で食べる物がないからしょうがないとは思うけど、一冬越すことも出来ないほど逼迫している訳でもないのにな。

 隣に食べ物があると思うと直ぐにちょっかいを掛けてたくなるのが戦国の世の常なのかね?


 このハイエナ連中は即座に討伐されて身ぐるみ剥がされて国境沿いに磔にされたり、首を晒されたりしている。

 尾張における織田家の支配は磐石なりと見せ付けるためだ。

 この行為は近隣諸国に大いに喧伝してもらった。


 主に津島商人と熱田商人に。


 その為尾張国境は静けさを取り戻す事が出来た。



 その静かになった尾張に犬山城の織田信清から使者がやって来たのだ。

 正確には斎藤山城守道三の使者だ。

 その使者は俺も見たことのある人物だった。


『明智 十兵衛 光秀』が使者としてやって来たのだ。



 ※※※※※※※



「それは本当なのか?」


 年が明けて永禄二年三月某日。


 大垣城に居た義龍はある報告を受けていた。


「は、織田信光率いる兵五千が犬山城を攻めたてているもようにて」


「信じられん。尾張は戦続きで兵を出せなかったのではないのか?」


 稲葉良道はその報告を信じられずにいた。


「これはもしやあの噂は真であったのでは?」


「山城道三が亡くなったとの話か?それこそ信じられんぞ」


「しかし、こうして織田が動いておるのだ。真ではないのか?」


 他の家臣達の話を黙って聞いていた義龍の脳裡に年明けの事を思い出していた。



 永禄二年一月。


 美濃にてある噂が流れていた。


『斎藤山城守道三死す』


 この噂は年明けそうそうに美濃各地に真しやかに流されていた。

 義龍はこの噂を聞かされて真っ向から否定した。


「あの蝮と恐れられた男が死んだなどと。馬鹿を申すな!」


 それは父道三に認められなかった息子の慟哭でもあった。


 蝮を、父を殺すのは己であると固く心に誓った義龍にとって、この噂は激怒するには十分であった。


「この噂は蝮が流したに違いない。決して踊らされるでないぞ」


 父道三を身近に見て育った義龍だからこそ、これが蝮と呼ばれた男の罠であると感じていた。


 しかし、道三が病に倒れた話は有名であった事もあり、次第に噂は現実味を帯びてきた。


 上がってくる報告は斎藤龍重が先頭に立ち指示を出す姿であった。

 道三の姿は見えずその死を隠していると言われていた。


 一月も経つと道三が亡くなったのは本当であると家臣達は義龍に迫った。

 この千載一遇の機会を逃すのかと詰め寄る。

 しかし、一方ではやはりこの噂は罠ではないのかと疑っている者達もいた。


 義龍は悩んだ。


 噂が本当で有れば美濃をその手にする好機である。

 大垣から兵を出し龍重が出てくれば井ノ口の安藤がその背後を突く。これで勝てる。

 龍重が出て来なければ城を囲んでおしまいでもある。


 何れにせよ勝てる。


 しかし、もし道三が生きていればどうか?


 義龍が城から出て来た所を奇策を持って襲ってくるのではないか?あの蝮が手ぐすね引いて待っているのではないか?


 せめて証拠が欲しい。証拠さえ有れば。


 義龍は悩みに悩んだ。そして精神を磨り減らしていた。


 そしてこの報告である。


 織田が道三に味方した犬山城の信清を攻めている。

 これは加納城にいる道三が亡くなって後詰め(援軍)が来ない事を知っているからではないのかと。


「義龍様。どうなされますか?」


 重臣である稲葉良道は義龍に返答を迫る。


 義龍は閉じていた目をかっと開く。


「加納城を攻める。馬引けい!」


「「「おお!」」」


 こうして義龍は加納城に向けて兵を出した。


 それが義龍の最後の戦になった。



 ※※※※※※



「龍重様。大垣より兵が出ました」


「おお。まさしく父上が予見した通りよ!」


「如何されますか?」


「知れたことよ。我らも兵を出す。行くぞ!」


「はは!」



「光秀よ。頼むぞ」


 加納城の龍重は義龍を迎え撃つべく出陣する。


 両者は再び墨俣にて睨み合う。


 そして道三の秘策がこの戦を決定づける。



 ※※※※※※



「光秀様。用意が整いました」


「よろしい。では行きましょう」


「光秀殿。本当によろしいのですかな?」


「ええ、ここまで大丈夫です。ご助力かたじけない」


「いやいや、この程度の事で良ければ。では御武運を」


「ありがとうございます。では」


 光秀率いる兵がある城に向かう。


 それは墨俣で睨み合う両軍の運命を決定付ける行軍であった。



 ※※※※※※



「手伝い戦は楽で良いねえ~。そう思わないか小六?」


「私は藤吉と一緒なら文句ないさねえ」


 うん、お前に聞いた俺がバカだった。


「兄者。城に入城出来そうだよ」


「そうか。なら、信光様に報告してくれ」


「分かった。伝令を走らせるよ」


 小一も初めての戦なのにしっかり働いてくれる。

 もっとも戦ですらないけどね。



 今、俺達織田家は犬山城を包囲している。


 あの日光秀が使者としてやって来てから話はトントン拍子に進み、こうして犬山城を無血開城させる事が出来た。


 まぁ、城は無人なんだけどね。


 城を包囲してる兵も千人足らず。


 五千なんて数、出せるわけないよ。


 はぁ、これで犬山に物資が何もなかったら、光秀の奴め絶対に許さないぞ!


 この貸しはデカイからな。み、つ、ひ、で、君。



 永禄二年三月某日 織田家は犬山城を取り返した。



 これで織田家は尾張全土を制圧。


 正真正銘、これで尾張統一は達成された。

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