第47話 斎藤山城倒れる
『墨俣にて城が出来た。蝮が病に倒れた』
蝮こと斎藤山城が倒れた事も驚いたが、それより何よりも『墨俣築城』という秀吉の一大出世イベントが無くなった事にショックを受けた。
報告を受けた俺は文を持ったまま固まったしまった。
側にいた貞勝殿や信定殿の声に反応すらせず微動だにしない私を見て一大事と思ったのか。
勝三郎や平手のじい様を呼び出しての騒ぎになってしまった。
俺が正気を取り戻したのは勝三郎に殴られた後だった。
「いてえー! 何をするか!」
「何をするか、じゃない! しっかりしろ藤吉!」
「あ、勝三郎?」
「大丈夫か。そんなに斎藤山城が倒れたのが心にきたのか?」
「へ? あ、ああ」
曖昧に返事をした事で更なる誤解を受ける事になった。
曰く『藤吉は斎藤山城をその手で討ち取りたかったらしい』
曰く『自分の女を手込めにした斎藤山城を恨んでいた』(手込めに有ったのは小六の事)
曰く『実は斎藤山城と通じていたのでは』
手込め云々は小六の耳に入ったらしく大層怒り狂っていたらしい。私は※※※だ!と小一達に言った後に赤面して部屋に籠ったのはちょっととした笑い話であったが、最後の内通疑惑は弁明する気も起きなかった。
そもそも会った事もない人物に内通するなんて事俺には出来ない。
それにもうすぐ死んでしまう人物に仕えてどんな得が有るのやら?
しかし、俺をやっかむ連中にとっては攻撃する為の格好の材料だ!
「は! それ見たことか。あんな筆書きふぜいがデカイ面しやがって。いつか織田家を裏切ると俺は思ってたんだよ」
そんな流言を言いまくったのは『佐々 内蔵助 成政』だ。
内蔵助は桶狭間合戦において身内を亡くしており家を継いだ。
一家を背負って立つ男とは思えない迂闊な男だ。
案の定内蔵助は俺と一緒に桶狭間で戦った連中を敵に回した。
「木下殿は我らと供に今川の大軍と戦った戦友ぞ!それを侮辱するとは!」
「藤吉殿は危険な殿を買って出た豪勇の持ち主だ!その御仁になんたる無礼な!」
彼らのお蔭で俺の疑いは次第に薄れる事になる。
あの戦いで俺にも多くの仲間が出来た事が嬉しかった。
ちなみに内蔵助は又左にぶん殴られて大人しくなった。
一応謝罪もしてくれたので恨みに思う事もない、……かも知れない。
しかし、あれが謝る態度かね?
「あー、なんだ。すまなかった」
頭は下げず謝罪の言葉を口にするが目が謝ってなかった。
やっぱこいつは俺の敵だわ!
いつかやり合うかもしれないと思った。
「内蔵助殿。謝罪はお済みですかな?」
「こ、これは村井様。はい、この通り。私達は友ですから!」
貞勝殿が現れると俺の肩を抱いて仲良しアピールをしてきた。
なんだこいつ?
後で又左に聞いた所。内蔵助は貞勝殿の娘さんに惚れたらしく、何度も貞勝殿の御屋敷に通って口説いているそうだ。
内蔵助ってまつが好きだったんじゃないのか?
又左曰く一目惚れだそうだ。
そして俺が貞勝殿と親しいと分かると掌を返した様に俺に接近してきた。
「やぁ、藤吉。お勤めご苦労さん。疲れたろう。茶等一服どうだい?」
気持ち悪いよ内蔵助。
内蔵助が派手に騒いで、そして俺と和解した事で他の家臣達が騒ぐ事はなかった。
はた迷惑な奴ではあるが役には立ったな。
市姫様達は当然俺の事を疑うことはなかった。
それどころか大層心配されて俺に休みをくれるほどだった。
疑われる事で心身を疲労したであろうとの優しい配慮であった。
配慮であったのだが……
「では、詳しく聞こうではないか?」
俺の屋敷には市姫様と信光様がやって来て俺を詰問する事になった。勿論勝三郎と又左も一緒だ。
あー、俺って全然信用されてなかった。
なんか悲しくなってきた。
俺の目から水が流れていた。
それを見た市姫様がぎょっとして俺に手を差しのべる。
「藤吉、どうしたのだ。どこか痛むのか?」
「……心が痛いです」
「仕方あるまい。城で詰問するればそなたを我々が疑っていると思われるからな?」
「疑っているのでしょう?」
「ばかをもうせ! 我らは斎藤山城が倒れた経緯を知りたいのだ!そなたを疑っているわけではない!」
「そうだぞ藤吉。私はその方を疑って等いない。別の事で疑っているがな?」
「別の事?」
「はぁ、そんな事はどうでもいい!それよりも斎藤山城だ。詳しく申せ!」
信光様に詰め寄られて俺は話し出した。
俺も小六から話を聞いただけなので詳しい訳ではない。
小六に説明させたかったが、小六は情報の裏取りの為に美濃に行っている。
その為に追加情報を書き綴った文を、この場にいる者にも見せる。
小六の文によると義龍の軍勢が墨俣にて築城を始めた事から始まる。
墨俣築城は以前から行われていたらしく、あの地に城が出来る事で尾張と美濃井ノ口に対して睨みを効かせる事が出来る。
これに対して斎藤山城は軍勢を派遣した。
義龍自ら軍を率いていた事もあり斎藤山城も自ら出て来たのだ。
両者睨み合う中で斎藤山城に一つの伝令がやって来る。
その伝令の報告が……
『井ノ口城落城。龍重様討死』
その報を受けた斎藤山城は血を吐いて倒れた。
これが文の内容だ。
「なんと、墨俣築城だけでなく井ノ口が落ち龍重が死んだと!」
「にわかに信じられない話です。これは本当なのですか?」
「小六が俺に嘘をつく理由は有りません。本当だと思います」
「だがおかしい。これほどの内容を我ら近隣の者達に気づかせぬとは」
「以前、美濃で両者に小競り合いが有った報告がありました。直ぐに収まったので気にも止めなかったやつです。おそらくこれがそうでしょう」
「確かにそんな報告が有ったな。まさかそれがこんな大事だとは」
その後あれこれと話をして市姫様と信光様はお帰りになられた。
市姫様は母様に挨拶をして帰られたが俺は一緒ではなかった。
市姫様が二人で話たいと言われたからだ。
少ししてから市姫様が出て来た時大層機嫌が良かった。
何を話されたのか母様に聞いても教えてもらえなかった。
そして、二人が帰った後に俺は小六の文に書かれているある人物がいた事を発見する。
その人物は井ノ口襲撃時の者達の中の一人で四人にとっては気にも止めない人物の名前だ。何故ならこの時はまだ無名の人物だ。
だが俺にとっては特別だ。
その人物は……『竹中 重治』
俺にとって最も大事な人物の名前だ。
墨俣築城イベントは無くなったが、代わりに『竹中 半兵衛
秀吉を支えた名軍師と言われるが実際はどんな武将かはよく分かっていない。
その知謀で戦を勝利に導き、剣の腕前は一流で婦人のような容貌をしていたと云われている。
そして、史実では井ノ口城(稲葉山城)を二十人足らずで攻略し、一年近く城を維持したと言う実績がある。
その後、紆余曲折あって織田家に仕官して秀吉の与力につけられた。
与力とは現代では本社勤務の人が子会社に出向させられるようなものだ。
これらの事を踏まえて確かなことは小六と供に秀吉に仕えて若くして亡くなった人物と言う事だ。
果たしてこの世界で彼は俺に味方してくれるだろうか?
俺が久しぶりの休暇を取っている間に小六が美濃から帰って来た。
彼女に詳しい事を聞かなければいけない。
小六の話によると……
この墨俣合戦は規模は小さかったが美濃の国情においては重要な合戦になった。
まず両者の兵の数が少なかった。
収穫前とあってか両者合わせても六千も満たない。
そして、派手にぶつかり合う事もなく睨み合いであった事、更に十日あまりで両者が兵を退いた事でそれほど重要な戦とは思われなかった事だ。
俺も小六の報告がなかったら全く気にしなかっただろう。
結果として斎藤山城こと『道三』は本拠地である井ノ口を失った。
だが井ノ口落城の話はまだ巷の話に出て来ていない。
これは何故だろうか?
小六にもっと詳しく調べてもらおう。
竹中重治の事も。
その後道三は加納城に退いている。
また討死したのは『斎藤 龍重』ではなく弟の『斎藤 喜平次
兄の龍重を逃がすために代わりに討たれたようだ。
どうも誤情報が入り乱れているようだ。
これでは道三が病に倒れたなんて情報も嘘かもしれない。
そして、井ノ口城を落とした義龍側は?
井ノ口城は義龍側の『安藤
西美濃において有名な人物だ。
義龍は井ノ口を占拠した後、一旦大垣城に戻っている。
そして墨俣城はまだ築かれていないようだ。
よっしゃ、セーフ!
まだ墨俣築城イベントは残っているようだ。
でももう意味がないかもしれないけどな。
しかし、美濃はゴタゴタが続いている。
このゴタゴタを突いて織田家の勢力を広げたい所だけれど、今年は大きな戦は出来そうもない。
今年の尾張は凶作だ。ついでに美濃もどうやら凶作のようだ。
近隣国も凶作のようで大きな軍を出すことは出来ない。
しかし、小規模の軍なら出せるだろう。
つまり乱取り目当ての戦だ。
だが、乱取りによって得た銭や食料は一時しのぎにしかならない。
来年、その土地の収穫は見込めないのだから。
しかし、目先の利益の為に各地の土豪、国人達は兵を出すのだ。
自分達の首を自分で絞めていると気づかずに。
今年の織田家は他家に出兵はしない事が決まっている。
去年立て続けに大きな戦を起こして財政は火の車、おまけに今年は前半に斎藤、今川の襲来に知多半島の水野家の討伐等もあって後始末が大変なのだ。
この状態で他国に侵攻等出来ない。
少なくとも来年の田植えが終わるまでは織田家は静かにしている事になっている。
しかし、織田家が静かにしていても近隣諸国は争い続けるだろうがな?
「ねぇ藤吉。私頑張ったでしょう?」
話が一通り終わると小六は俺にしなだれかかる。
「え、ああ。よく頑張った。えらい、えらい」(棒読み)
俺は小六の頭を撫でてやる。
「もう、子供扱いなんて」
そう言って怒る小六だがまんざらでもないのか顔は笑顔だ。
これはもしかしてチャンスか?
今、屋敷には俺と小六しかいない!
母様ととも姉さんと弥助さんは買い物に出ている。
朝日と寧々、長姫は蜂須賀屋敷で蜂須賀党の面々に読み書きを教えに行っている。
小一は長康と兵の訓練をしている。
まつは城に勤めている。又左も一緒だ。
つまりこれは千載一遇なのでは?
「こ、小六」 「何、藤吉?」
小六が上目遣いで俺の顔を覗きこむ。
改めて見ると小六は美人だ。
俺にはもったいないくらいの美人だ。
その小六が目を潤ませて俺を見ているのだ。
きっと期待に胸を膨らませて!
その小六の期待に俺も答えなくては!
「小六」 「藤吉」
俺は小六に口づけしようと小六の肩を掴み顔を近づける。
よし、イケる!
ドカ、ドカ、ドカ、スパーン。
「やっぱり居ましたわ! わたくしをのけ者にするなんてあんまりですわ!」
「ぐあ」 「くそ、邪魔すんじゃないよ!」
やって来たのは長姫だった。
くっそー、後もうちょっとだったのに!
「さぁ、藤吉。お話は終わったのでしょう。今度はわたくしとお話致しましょう?」
長姫が俺ににじり寄ってくる。
「駄目だ!藤吉はまだ私と話をしているんだ!」
「何をおっしゃっているのやら小六さんは? どう見てもすでに終わってらっしゃるじゃないですか」
「ああ!」 「ええ!」
睨み合う小六と長姫。
……今回も駄目だったよ。
※※※※※※
加納城の一室にて、病床の道三と跡継ぎの龍重が話し合っていた。
「このままでは終われん」
「……父上」
「義龍め。よき家臣がいるものよ。それに比べて……」
「申し訳ございませぬ」
「よさぬか。既に終わった事よ。上に立つものは常に次を見据えぬばな?」
「は、心得ました」
「うむ。今回はしてやられたが、次はあるまい」
「直ぐに兵を動かしまするか?」
「そうよな。次の一手はこちらが指そうぞ」
「では、例の手にて?」
「義龍よ。まだまだわしが上じゃと教えてやろうぞ。龍重、よく学ぶが良い」
「は、父上の教えしかと!」
斎藤道三の目の光は未だ衰えてはいなかった。
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