第四章 群雄蠢いて候
第44話 家に帰りて候
弘治から永禄に
年号も代わったのでこれからはゆっくりしたい所である。
しかし、俺達右筆衆にゆっくりとか、まったり等の言葉は存在しない!
奇妙丸様の尾張守就任イベントを無事終えてもイベントは続いているのだ!
そう、山科卿の接待イベントが!
お使い山科卿は信行のクーデター騒ぎから半年近くも尾張で足止めされていた。
本来なら京に戻らないといけないのにまだ尾張に居たのだ。
この人は事の顛末を見届けるまで残ると明言されて津島で豪遊されていた。
その支払いは当然織田家に押し付けられ 、帰りに山科卿は『お世話になったでおじゃる』と軽い挨拶をして帰って行った。
大量の借用書を残して………
その資金の確保に奔走する右筆衆。
本来なら勘定方の仕事なのだが、勘定方は勘定方で支払いに四苦八苦している。
それだけではない!
関所の廃止や熱田加藤家に対する支払い等、仕事は山積みだった。
しかし、資金の方は領地没収になった林家から手に入ったので何とかなった。
林家は前々から今川と繋がっていたようでかなりの資金が手に入った。これで財政は立て直せる。後、山科卿の作った借金も。
そして資金が手に入れば次は資材の確保だ。
燃やしてしまった大高城の再建や、鳴海城の修復等に資材が必要だ。
これには津島、熱田両方に依頼を掛けて資材確保をしてもらっている。
それだけではない!
先の戦は桶狭間山の近くであった為に『桶狭間合戦』と呼ばれている。
その桶狭間合戦に勝った織田家に、近隣の大名や国人衆に寺社勢力等がひっきりなしに挨拶に現れて、その対応にも追われていた。
今川に勝つという事がどういう事か分かる出来事だ。
これは織田家が近隣諸国に認められた証拠なんだが、それもいいけど誰か代わってー!
本当にこの三ヶ月間は倒れんるじゃないかと思うことしばしばである。
しかし何とか持ちこたえた。
そして俺はやっと家に帰る事が出来る。
この三ヶ月の間、俺は一切家に帰っていない。
仕事が忙しかった事もあるがそれだけではない。
今家には『今川 長得』と『蜂須賀 小六』、『前田 まつ』に『浅野 寧々』の四人が居る。後おまけで『前田 利家』が。
今川長得は今川家の姫様で元今川家当主でもある。
彼女は何らかの取引の末に俺の屋敷に預り処分となった。
何の取引をしたのかは俺は知らない。
しかし市姫様が大層ご立腹あそばしたそうである。
その今川の姫様が俺の屋敷でどのように過ごして居たのか?
松さんに聞こうにも城では全然会えず、寧々も同様だ。
小六は混乱している美濃の様子を調べる為に、美濃と尾張を行ったり来たりしている。当然会えていない。
そのため、たまにやって来る小一に聞く事にした。
ちなみに小一は足軽組頭となって俺に代わって蜂須賀党三百と、それとは別に二百人の足軽達を統率している。
まだ二十歳前の小一ではあるが『前野 長康』のフォローもあって何とかやっているようだ。
出来る弟を持って俺は大変嬉しい!
その出来る弟の報告によると………
「長姫の世話はおっ母がしてるんだ」
「おっ母が!」
何でそんな事になってるのよ?
「おっ母は長姫に行儀作法や和歌や詩を習ってんだ」
「行儀作法に、和歌に詩?」
「おっ母は楽しそうにやってるよ。朝日も習ってんだ。とも姉さんは苦手にしてるけどね」
「そ、そうか」
母様が行儀作法に和歌なんて、………想像出来ない。
「それでおっ母は姫様に何か粗相してないだろうな?」
「それなんだけどさ。おっ母が教えてもらってばっかじゃ悪いってんで」
「悪いってんで?」
「姫様と一緒に、 ……畑をいじってんだ」
「のおおおおおおお━━━━━━━」
「兄者! 落ち着いて」
小一は俺の事を兄さんから兄者と呼ぶようになった。
それはどうでもいい!
姫様に農作業だって!
「おま、お前、これが落ち、落ち着いていられるか! 相手は名門今川の姫様なんだぞ! その姫様に農作業なんて、お前これが周りに知れたら」
「兄者! 大丈夫だから。姫様はおっ母と楽しそうにしてるから、無理矢理やってるわけでも、嫌々やってるわけでもないから」
「本当か?」
「本当だよ! とも姉さんや朝日と一緒にやってんだから。後、小六姉さんやまつさんに寧々ちゃんもやってるよ。又左衛門さんは嫌々やってるけど」
母様凄すぎだよ。姫様相手に農作業なんてあり得ない。
それに小六達も付き合わせてるのか。
又左のやつは嫌々やってんのか?
あいつ最近城に来ないと思ったら家の屋敷でサボってやがったのか。
後で勝三郎と一緒に絞めてやろう!
「あ、それでこれ。おっ母から兄者に」
小一は俺に文を渡す。
その文には………
「藤吉。仕事大変だろうけど頑張ってな。家の事は心配いらん。おっ母がちゃんと皆の世話をしとるから何も心配せんで仕事に専念してな。体を壊さんようにちゃんと食べて、ちゃんと寝るんだよ。あんたは直ぐに無理するからおっ母心配で心配で。仕事が一段落したら帰っておいで。お前の大好きな『蕎麦がき』作って待ってるからね。おっ母より」(現代語訳)
おっ母………
俺は不覚にも涙を流していた。
その文は拙いながらも暖かみを感じる字で書いてあった。
多少間違えて訂正した跡が有ったがそれも母様らしいと思った。
よし、これは俺の宝物だ!
家に帰ったらあっちの世界の物と一緒に大切に保管しよう!
「ありがとな小一」
「いいって兄者」
そして、今俺は屋敷の前に立っている。
門番はいつもの二人だ。
「「お帰りなさい 大将」」
もう突っ込むつもりもない。
だって俺、足軽大将だし。
門をくぐって直ぐに庭に向かう。
小一が言ったとおりなら、今頃は皆畑に居る筈だ。
「あ、お兄ちゃん!」
庭に向かうと真っ先に気づいたのは朝日だった。
「「藤吉様!」」
そして、頭に手拭いを巻いているまつと寧々。
「あなた~」
俺に気づいて駆け寄って来る小六をいなしておっ母の所に行く。
「あんた小六にもっと優しくしたらどうだい」「そうだぞ藤吉」
とも姉さんと弥助さんは相変わらずだ。
「ただいまおっ母」
「お帰り藤吉」
俺は優しくおっ母を抱き締め、土の香りのする髪に顔を埋める。
ああ、俺は帰って来たんだ。
俺を迎えてくれる暖かい家族の居る所に………
そして、ふと見ると見慣れない家族?がそこにいた。
「お帰りなさい。藤吉」
土に汚れたその顔に満面の笑みを浮かべた長姫がそこに居た。
さて家に帰ったのは家族に会いに来ただけじゃない。
といっても家に帰って来るのは当たり前だよな?
ずっと城に居たから城が自分の家みたいになっている。
これはおかしい! 労働の改善を要求しよう! よし、次の目通りの時に直訴しよう!
そんな事を考えながら自室で人を待っていた。
待っていたのは小六と小一の二人と話をするためだ。
この二人は俺が今川と戦っていた時に『斎藤 義龍』を煽動して謀叛を起こさせた。
その為、その時の様子を報告させた。
この事を知っているのは俺と小六と小一、それに津島の『堀田 道空』しか知らない。
桶狭間合戦で一緒だった勝三郎も知らない。
そもそもこの策は信行のクーデターの時に保険として仕掛けていた物だからだ。
まさか本当に火が点いて爆発するとは思っていなかった。
だが、そのお蔭で今川との戦いに勝てた。
まさに義龍様々だ。
では、小六達の話を聞こうか?
小六達は井ノ口城で直接義龍と会って話をしたらしい。
会ったのは小六で小一は城下で噂を流していた。
小六は義龍に『斎藤 山城守 利政』が義龍の弟『斎藤 孫四郎
元々義龍は斎藤山城との仲が良くなかった為にこの話を信じた。
いや、信じたかったのかもしれない。
それに弟の斎藤龍重も兄義龍を軽んじる態度を見せていた為にこの話の信憑性に拍車をかけていた。
さらに小一の街中の噂がより効力を増していた。
こうして、義龍は前々から斎藤山城に協力的でない国人衆に連絡を取り決起したのだ!
ここまでは俺の予想通りに事が運んでいた。
ここまではな、はぁ~
決起した義龍は井ノ口城(稲葉山城)に籠城して斎藤山城を迎え撃った。
これに斎藤山城は井ノ口城を包囲して動かなかった。
この時義龍側 五千 斎藤山城側 八千
斎藤山城の兵が減っているのは方々に使いを出していた為だ。
義龍側は味方の西美濃国人衆を待っており、斎藤山城は東美濃の遠山家の援軍を待っていた。
先に援軍が現れたのは義龍側だった。
『稲葉 良通』に率いられた西美濃衆三千あまりがやって来た。
これで数の上では互角であったが斎藤山城に慌てた様子はない。
しかし、斎藤山城側の援軍は結局現れなかった。
この時には東美濃の遠山家は武田に服属していた。
その後、長期戦を嫌ったのか斎藤山城は井ノ口城を強襲する。
井ノ口城の裏手から兵が雪崩れ込んだ為に城は落ちた。
義龍は間一髪で逃げ出しそのまま西美濃に逃れた。
西美濃に逃れた義龍は居城を大垣に構えている。
井ノ口城を取り戻した斎藤山城だが東の遠山家がどう出るか分からない為に追撃出来なかった。
噂ではこの時斎藤山城は血を吐いたと伝わっている。
この噂は小六達も知っているがデマかもしれないと言った。
敵を油断させる為の噂かもしれないが本当だったら……
この後犬山城の『織田 信清』が斎藤山城に寝返っている。
もしかしたら信清は斎藤山城が攻めて来たときに寝返る手筈だったのかもしれない。
織田家の兵が引いてしばらくして寝返ったので多分そうだろう。
やはり油断出来ないな蝮は!
大体の話はこれで終わりだ。
今や美濃は三つに別れている。
この事を近隣諸国はどう見ているのか?
だが、今の俺は一介の足軽大将だ。
何か決める決定権が有るわけではない。
精々上の無茶振りを注意する事しか出来ない。
俺が織田家の当主ならどうするだろうか?
義龍と結んで斎藤山城を攻めるか?
それとも斎藤山城と交渉して犬山城を返してもらって義龍を一緒に攻めるかな。
いや両方が戦って疲弊した所を美味しく頂くのはどうだろう。
……アホらし。こんな事考えても一緒だな。所詮侍大将ごときでは何にも出来ない。
やっぱり上を目指さないとな!
とりあえずは何かしら大きな手柄を立てて、給金を上げて貰ったり領地なり貰わないと話にならない。
その為には……
「じゃあ兄者。おいらはこれで失礼するよ。おやすみ」
「あ、ああ。おやすみ小一」
考え事をしていたら小一が去って行った。
そうだな。今日はもう遅いから寝ようかな。
「小六。もう遅いからそろそろ寝ようと思うんだが」
「やっと二人きりになれたわねぇ」
そう言うと小六は俺に体を預けてくる。
「ちょっ小六」
「あたし、もう我慢出来ないの。いいでしょう」
小六の胸が俺の体に押し付けられる。
う、凶悪過ぎる! このままでは俺の理性が……
しかし、これはかの有名な据え膳食わぬは男の恥なのでは?
「こ、小六」 「藤吉」
俺は意を決して小六の肩を両手で抱き小六の顔を自分の方に向ける。そして………
スパーンと戸が開けられる。
「な、何?」「ちっ」
「小六さん話が違います!お話だけのはずです!」
「え、えと、その、小六姉さんは卑怯だと思います」
そこには仁王立ちする女性と、その後ろから控えめに顔を出している女性がいた。
長姫と寧々だ。
「そもそも小一さんと一緒だから遠慮したのです。それなのに」
「小六姉さんは寧々に嘘を付いたんですか?」
「ふ、うるさいねぇ。あたしは機会が有れば力ずくで掴み取るのさ!」
あ、小六の奴開き直った!
「きー!小六さん、なんですかその態度は!」
「小六姉さんはそんな人だったんですね」
「あー、もう、うるさい。うるさい!」
「うるさいのはお前らだー!」
「あんたが一番うるさいよ!」
ポカッと頭を叩かれた。振り向くとそこに……
「あんた達今何刻だとおもってんだい!いいから早く部屋に帰っておやすみ!」
「「「はい!」」」
母様の号令に三人はそれぞれの部屋に戻って行った。早いなあいつら?
「あ、あのおっ母?」
「藤吉も疲れてるだろ? 早く休みな」
「……はい」
この屋敷で母様に逆らえる者はいない。
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