第38話 大高城の戦い

 なんで酒宴なんてやってんのよ?


 バカなの、ねえバカなの義元さん?


 いやいや、こっちにとっては願ったり叶ったりだ!

 貴重な時間を稼ぐ事が出来た。

 これは感謝こそすれバカにするのは筋違いだ。


 ありがとう、バカな義元さん!


 さてと、とにかく義元の本隊は岡崎でゆっくりしている。

 それなら俺達は準備万端調えてオモテナシをしようじゃないか。

 どうやら義元の本隊は止まっているが、先発隊は沓掛城の近くに来ているそうだ。

 その数約三千。

 ちょうどいい数だ。

 多すぎず少なすぎず、手を出したくなる数だ。

 今川勢の全体の十分の一の数。


 これを俺達は『殲滅』する!


 とは言ってもそれは策が上手くいったらの話だ。

 だが初戦を勝利で飾るのは士気を保つ為には必要だ。

 上手く先発隊を叩いて義元の本隊を引きずり込み援軍を待つ。


 俺達の基本方針。


 それを行う為には『織田兵強し』のイメージを植え付けなくてはならない。

 どんな形であれ今川勢を倒す。

 それが大事だ!


 さあ、第二段階だ。


 俺は山口教吉と大高城に向かった。

 連れて行く兵は百もいない。

 その代わり大量の荷物を運んでいる。

 荷物は熱田加藤家から運んでもらった物だ。

 この策の絶対に必要な肝の部分だ。


「鳴海城城主山口教継の息子教吉だ。開門願いたい」


 教吉の声に大高城の城門が開かれる。


 なんで簡単に城門が開いたのかって、それはね。

『山口親子は今川に寝返ります』との文を大高城に届けたのさ。

 その後文のやり取りを何度かして、こうして直接大高城に挨拶する運びになったのだ。


 この大高城の城主は朝比奈何とかさんだ。

 よく知らない名前なので覚えなかった。

 それに俺の知っている朝比奈さんは『朝比奈 泰朝やすとも』だ。

 今川家の重臣でおそらく今回の戦にもついて来ているはずだ。

 その朝比奈さんじゃないので大した事ないだろう。


 その証拠にこうして俺達を無造作に城に入れてくれるのだから。

 上がバカだと下もバカになるらしい。

 仕込みが楽に出来て俺達は助かる。


 教吉は朝比奈さんと話をしている。


「よくぞ参られた。治部様もお喜びなさるでしょう」


「返事が遅れたこと、誠に申し訳なく」


「何の何の、突然の出兵で我らも混乱しておりました。あなた方も聞かされてなかったはず。さぞ混乱なされたでしょう」


「正直申し上げて、我らを信用なさっていないのかと思いましたが、治部様の直接の文を頂きその疑念は晴れもうした。これよりは我ら今川の将として働かん」


「それは誠に頼もしい。して今回持参なさった荷は何ですかな?」


「実は内応するにあたって手柄の一つでもと思い、熱田の加藤家を調略致しましてな」


「なんと! 加藤家を」


「これは加藤家よりの品でして『酒』をお持ちしたのです」


「おお、これはこれは」


「これから遠路駿河から参った皆々様を歓待するのに必要かと思いまして、鳴海は敵の前ですから大高で飲むのが宜しかろうと」


「確かに。明日には先発隊がこちらに参りますからな。その時にお出ししましょう。何、治部様も戦の前の酒宴はお許しなさっております」


「左様ですか。それは良かった」


 本当に良かったよ!


 やっぱりバカな上役の下はバカなんだな。


 本当なら沓掛まで持っていこうかと思っていたが、これならこの大高で足止めが出来そうだ。


 俺達は荷を下ろしてさっさと大高を出ていった。

 そして何名かは城を見張る為に残した。



 そして、翌日には今川勢の先発隊が大高城に入った。

 斥候に残した者の報告によると先発隊の将は『岡部 元信もとのぶ』だった。

 この岡部は今川では有名な武将だ。

 着実に命令をこなし武勇を持ち、また忠義の人で知られている。

 史実では桶狭間で義元が討たれた後も、義元の首を取り返す為に戦い続けた人だ。


 俺は先発隊を率いていたのは『松平 元康』だと思っていた。

 元康は後の『徳川 家康』だ。

 出来ればこの機会に殺しておきたい人物だが、違うのならしょうがない。


 今回の生け贄は岡部さんだ。


 更に斥候の報告によると先発隊は大量の荷を運んでいた。

 おそらく兵糧だろう。

 史実でも大高に兵糧を運び入れている。

 ほぼ間違いないだろう。


 良し! ここまでは予測通りだ。


 兵糧を運び入れた先発隊を大高城ごと攻め落とす!

 先発隊を倒し更に兵糧を奪い取るかもしくは焼き払ってしまえば、後は時間が何とかしてくれる。


 俺と勝三郎は連れてきた兵二千をもって大高城に夜襲を仕掛けた。

 斥候の報告では大高城は酒宴をしており、今はグースカ寝ている。

 見張りも少ない。

 これなら上手くいく。

 俺達はなるべく音をたてないように大高城城門に向かった。

 深夜の中、月の光と城の篝火を頼りに城に取り付く。


 勝三郎の合図で塀を乗り越え城内に入る。


 大高城の堀と塀はそれほど高低差はなかったので梯子を掛けて一気に城内に突入する。


 するとそこには…… 兵の姿はなかった。


 グースカ寝ているはずの兵達がいないのだ。

 この大高城はそれほど大きな城ではない。

 元々の守備兵を合わせると四千の兵がいるはずだ。

 そして四千の兵が全て城の屋敷で寝泊まりはできない。

 あぶれた兵達が城内で寝ているはずなのに、その兵がいないのだ!


「しまった! 罠だ!」


 勝三郎の声に俺も自分達の置かれた状況を理解した。

 そして突然、太鼓の音が響くと城門が開かれる。

 そこから今川の兵が入ってくる。


 俺は今川を嵌めたはずが、自分達が今川に嵌められたのを知った。


 嘘だろ。


 罠に嵌めたはずなのにこっちが罠に嵌まるなんて笑うに笑えない。

 せっかく加藤家の印の入った酒壷まで持ってきたのに。


 何だったんだよこの二日間は!


「藤吉、これは」


「ああ、勝三郎の案で行こう」


「よし、任せろ!」


 こんな事もあろうかと、勝三郎と次前策を練っていた。

 俺の策は言わば机上の空論だ。

 実際に戦う者達の考えを知らず『こうなれば良いな』や『そうなるだろう』との予測でしかない。

 だってしょうがないだろう。


 俺は半年ほど前に首になったサラリーマンなんだよ!


 それが城攻めやら夜戦やらの戦い方なんて分かるわけないんだ。

 せいぜい予想、予測の範囲でしか考えきれないよ。

 マンガやアニメじゃないんだから失敗するのが当たり前なんだ。

 その失敗を最低限に抑えて修正するのは実戦経験者しかいない。

 この場合は勝三郎に頼るしかない。


 では、勝三郎の次前策は何か?


「直ぐに円陣を組め! そして合図を放て!」


「「「おう!」」」


 勝三郎の号令の元、織田兵は半円形に広がり板塀を背にする。

 そして兵の一人が近くの篝火を使って矢に火を付けて空に向かって何度も射る。


 大高城に忍び込んだ俺達織田兵は三百あまりだ。

 俺の策では三百で侵入して見張りを殺して門を開けて、外の本隊を呼び込んで城内を掌握する予定だった。


 そして、勝三郎の策は万が一敵の数が多く、門を開ける事が出来ない状態の時は……


 城を燃やす予定だ!


 別に俺達織田勢にとってこの大高城は必要な城ではない。

 なんせ目と鼻の先ほど近くに鳴海城があるのだ。

 この城の役割は国境線を明確にする事と見張りの為だ。

 これは俺の私見が入っているが大体合っていると思う。

 そんな城は俺達には、というか俺は必要としていない。

 拠点は必要最小限にする事で兵の集中運用が可能だ。

 逆に拠点が多いとその拠点に置く兵や物資、そしてそれを管理する人達。それらを合わせた管理費はバカにならない。

 戦力は一点集中で運用し他は必要に応じて兵の増減を行えばいい。

 無駄は省かないといけない。


 特にこの戦国の世では!


 それはさておき、俺達の前には五百を超える兵が見える。

 城の城門からと屋敷からだ。

 まだまだ奥には沢山の兵が居るみたいだ。

 遠巻きに矢を射かけられたら終わりなんだが、そうはならないようだ。

 今川勢は数を頼りにこちらを押し潰すようだ。

 これはこの大高城に必要以上の兵が居る為に弓を射るスペースの確保出来ない為だ。

 それでも矢倉から射かけているようで矢が降ってくる。

 これを垣盾を用いて防ぐ。

 垣盾は厚手の板を繋ぎ合わせて盾としている物だ。

 梯子を登る時に背中に括り付けて持ってきたのだ。

 そして持ってきているのは垣盾だけじゃない。

 大きな木槌も持ってきている。

 これは俺達が背にしている板塀を壊す為だ。


 俺が木槌を使って塀を壊し、勝三郎は前から襲って来る今川勢を相手にする。

 適材適所だ。

 俺はバットスイングの要領で木槌を塀に叩きつける!

 この木製の塀の耐久力はそんなに高くない。

 三、四回叩いただけで亀裂が走る。


 良し! 行けそうだ!


「勝三郎!」


「出来たか、藤吉?」


「こっちは良いぞ!」


「良し! 押し返すぞ!」


 勝三郎達は垣盾を使って今川勢を押し出す。

 そして俺は渾身の一撃を塀に叩きつける!

 塀は見事に壊れた。

 俺達は壊れた塀を更に広げて逃げ道を作る。


 これで退路は確保した。


 退路は確保したが肝心の本隊からの攻撃がない。

 これは外にも今川勢が居て本隊と戦っているのか?

 それだと外に出た時は今川勢に囲まれる事になる。

 しかし、塀の外には今川勢の姿は見えない。


 早く、早く、早くー!


 俺は俺達はその時を待った。そして……


「来た! 来たぞ!」


 一人の兵の声に空を見上げれば多くの火矢が楕円を描いて大高城に降り注がれた。


「勝三郎!」


「退くぞ! バラけるな。固まって動け!」


「行くぞ皆! 怪我人を置いて行くなよ」


 俺達はすぐさま壊れた塀から城を出た。


 空堀で有るために斜面を滑り落ち、怪我の確認をする事なくさっさと夜の闇に紛れ込み退却する。

 俺は振り返ることなく怪我人に肩を貸して走った。


 後ろからは大勢の悲鳴と怒号が聞こえるが決して振り返らなかった。



 この日、大高城は大火に包まれた。


 多くの人が焼け死に城はその機能を無くした。

 俺達織田兵の被害はそれほど多くはなかった。


 忍び込んだ兵三百 死亡 二十 重軽傷者 百八十


 本隊千五百 死亡 三十二 重軽傷者 百二十


 今川勢の損害は分からないが、斥候の報告を聞く限り数百の被害を出したようだ。

 そして本隊を率いていた山口教吉の話を聞くと、俺達が塀を登っている頃、今川勢が海側から現れたそうだ。

 おそらく収容出来なかった兵を船に乗せていたのかもしれない。

 大高城は海に面していたからな。

 そして海側から来た兵達はそのまま城門前で整列して門が開くとそのまま雪崩れ込んだそうだ。


 それを見ていた教吉は城に静かに近づき火矢を用意させていたら、今川勢の第二陣が海側からやって来てこれと交戦、今川勢と戦いながら何とか火矢を射ったそうだ。


 俺達は俺達で大変だったが本隊は本隊で大変だったようだ。


 だがこれで大高城をほぼ廃城にする事が出来た。


 第三段階をクリアだ!


 そして最終段階だ。



 ※※※※※※※



「それで」


「大高城はほぼ使い物にならないそうです」


「三浦」


「岡部は無事です。兵は負傷した者を合わせて」


「もういいわ」


「治部様。如何なさいますか?」


「あなた達が任せて欲しいと言うから任せたのに、この結果なの?」


「「誠に申し訳わけなく」」


「最初から全軍で向かえば良かったわね。 いいわ、今回は不問にします。 安易に許可を与えたわたくしも悪いのだから」


「「治部様」」


「では、予定通りに動きましょうか? 鳴海を潰すわよ」


「「はは」」


「でも、大高を襲った者は気になるわね。誰か分かって?」


「織田市の近習で池田勝三郎とか? 岡部より報告が入っておりまする」


「池田、ね? 楽しめそうね。オーホホホ」


 今川義元率いる今川勢は鳴海城に向かう。


 その士気はいささかも落ちてはいなかった。

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