第28話 信行 織田家を乗っ取って候

 織田信行による織田家乗っ取り事件。


 その事実を知ったのは清洲城に着いてからだった。


 いきなり門番に足止めされたと思ったら奥から武装した兵士が多数やって来て俺達を囲み縄でぐるぐる巻きにされてしまったのだ。

 抵抗する暇もなかった。

 勝三郎や又左も槍や刀を向けられて抵抗はしなかった。

 唯一抵抗したのは内蔵助だった。

 しかし、内蔵助は槍で小突かれ気絶させられた。


 少しだけ、ざまぁと思ってしまった。


 これはナイショだ。


 そして市姫様とまつは縄をかけられなかった。

 『そこは男女平等じゃないのかよ!』とツッコミたかったが止めた。

 空気が張り詰めていたからだ。

 そして、俺達は謁見の間に連れて行かれた。

 そこに居たのは、忘れもしない人物。


『織田 弾正忠 信行』その人だった。


「久しいな市よ」


 声色は柔らかいがどこか冷たい声だった。


「兄上、なんの真似ですか?」


「なんの? ふふ、くくく。見てわからないか」


 信行の市姫様を見る眼は妹を見る眼ではない。

 その瞳は何も写していないようだ。

 市姫様は辺りを見回し。


「叔父上やじいは、どうしたのです!」


 当然ここに居るべき人達の所在を尋ねる。

 市姫様の声に怒気が含まれていた。

 怒るのも無理はない。

 帰ってきたら兵達に囲まれて訳も分からず無理矢理連れられて、対面したのがここにいないはずの兄だ。


「さて、何処にいるのやら。私は知らないよ」


「兄上!」


「大きな声を出すな。少しは慎みを持て。まったく、お前はどうしてこうなったのか?」


「質問に答えてください兄上」


「私がなぜ、お前の質問に答えないといけない。この兄が、妹の、お前に」


 なんだろう。


 会話が噛み合っていない。


 話が前に進まない。


「信行様。後は私が」


 今まで気づかなかったが信行の隣に『林佐渡』がいた。


「林、なぜお前がここにいる。叔父上はじいは何処にいる!」


「お答えしましょう。信光様は急な病に倒れられて後見役を信行様に譲られたのです。平手は長年の務めによる疲れからか床に臥せっております。そこで私が名古屋から清洲に参って、政務をとっております」


 これで両手を広げて『どうです。いかがですか?』なんて言ったらぶっ飛ばしてやるところだ。


 縛られて出来ないけど。


「それを聞いた私が納得すると?」


 市姫様が拳を握り絞めている。


 悔しさが俺にも伝わってくるほどだ。


「市姫様には陣代を降りてもらいます」


「何?」


「これは一門筆頭である信行様のみならず他の方々も既に同意しています」


「バカな!」


「姫様はお疲れだ。奥にお連れせよ」


 そう言うと武装した兵士が現れ市姫様を奥屋敷に連れていってしまった。


「さて、お前達だが………」


 林佐渡は残った近習に謹慎を命じた。


 俺は『信行に臣従しろ』と言われるのかと思ったが違った。

 しかし謹慎を言い渡されただけ幸運だったかも知れない。

 下手をするとあのまま殺されてしまってもおかしくないのだから。

 十分にその可能性は有った。

 だが、殺されなかった。


 何故か?


 おそらくは近習のメンバーに問題が有ったと思う。


 市姫様の近習は織田家の家臣団の次男や三男が主だ。


 勝三郎は例外だ。


 内蔵助だって三男だし、又左なんて四男だ。


 だがこの次男や三男を訳もなく殺すのは問題だ。

 武家の次男は長男の予備だ。

 長男が夭折したり戦死したり不慮の事故に会ったりして亡くなった時、家を継ぐのは次男だ。

 そしてその次男が亡くなった時は三男が家を継ぐ。


 この戦国の時代はとにかく生き残るのが厳しい。

 零歳から五歳までの死亡率が極めて高い。

 そして無事に成人を迎える頃には戦に駆り出される。

 初陣による死亡率もこれまた高い。

 常に死が身近にあると言っていいだろう。

 その為長男が生まれたからといって安心出来ないのだ。


 ではこの次男、三男を殺した場合どうなるか?


 まず殺された家族は当然信行達を恨みますな。

 せっかくここまで育てた予備を殺されては大損である。

 感情はもちろんのこと家の事を考えると許せるものではない。

 最悪謀叛を起こしてもおかしくない。

 それが二十を越える家が一斉に蜂起したら?


 また近習は人質の側面がある。


 人質は生かしてこそ価値がある。

 殺せばそこで終わりだ。

 生かして利用するのが賢いやり方だ。

 そう考えると謹慎は妥当な判断と言える。



 そして俺は……、首になった。


 首を斬られた訳じゃない。

 近習と右筆の職を取り上げられたのだ。

 これは林佐渡の判断だ。

 あまりに胡散臭い俺の存在は、彼らからしたら許容出来なかったのだ。

 しかしこれは当たり前の判断と言えるだろう。

 今までが幸運過ぎたのだ。

 俺の後ろ楯は市姫様だ。

 市姫様が失脚してしまえば当然俺もその煽りを受ける。


 俺は一人、清洲城を追い出された。


 はぁ、これからどうしたらいいんだ?


 京に居たときに龍千代の誘いに乗っておけば……、いやいやそうしたら勝三郎や利久に殺されたかもしれない。


 残った判断は間違っていなかった。


 そう思いたい。


 間違ったのは信行に対する対応だ。


 どうやったのか知らないが信光様と平手のじい様の両方を失脚させた。

 その手腕は見事だ。


 正直、信行を侮っていた。


 しかし考えてみたら信行は信長を殺している。

 それだけ家督に執着していたのだ。

 その点を忘れていた。

 尾張を早期に統一したので浮かれていたのかもしれない。

 上洛を急いだのも行けなかった。


 油断だ。


 だがしかし、今考えなくてはいけないのは今後の職と家族の事だ。

 昔の俺なら何もかも忘れて気ままに古戦場跡地を巡って気分をリフレッシュさせていた。

 しかし今は家族がいる。

 家族を食わせないといけない。

 俺はとぼとぼと屋敷に向かって歩いていた。


 そして、端と気づく!


 もしかしたら屋敷は林佐渡に没収されているかもしれない。

 奴ならやりかねない。

 奴の俺に対する態度は酷かった。

 下賎な者を相手にするのが嫌で嫌でしょうがないという感じだった。

 そう考えたら自然と足を速めていく。

 はや歩きから駆け足に変わっていた。



 そして屋敷の前に着いた。


 見れば門番をしていた二人がいない。

 俺は屋敷の中に入って行く。

 玄関には当然誰も居ない。


 まさか、まさか?


 俺はそのまま部屋を見て回るが誰も居ない。


 それどころか部屋に有った家具がない。


 居ない、居ない、居ない、ない、ない、ない!


 誰も、何も、そんな!



 俺はその場で座り込み、そして空に向かって絶叫した。

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