第29話 家族会議にて候

 一通り泣き晴らすと俺は屋敷を出ようと門まで向かった。


 林佐渡め!


 心の中は怒りでいっぱいだ。


 家族の安否ばかりが思い浮かぶ。


 母様は? 小一はどこに? とも姉と弥助さんは? 朝日は? 頭の中でぐるぐるぐるぐると考えるも、怒りの為か考えが纏まらない。


 足取り重く門をくぐるとそこで。


「あれ、お兄ちゃん?」


 ふと声のする方に顔を向けるとそこに朝日がいた。


「やっぱりお兄ちゃんだ。帰ってきてたんだね」


「朝日!」


 俺は朝日の元に走っていた。

 着いたと同時に朝日を抱き締めた。


「朝日、朝日、良かった。無事だったんだな?」


「痛いよお兄ちゃん。どうしたの?」


 俺は一旦抱き締めるのを止めて朝日の顔を見る。

 すると朝日はきょとんとした顔をしている。


「朝日! おっ母は、小一は、とも姉は、何処にいる?」


「えっと、お兄ちゃん。落ち着いて、ね」


「落ち着いていられるか! 何処に居るんだ?」


 俺は朝日を揺さぶる。


「お、おち、落ち着いて。いた、痛いから。おに、お兄ちゃん」


「藤吉落ち着け!」


「うわ」


 俺が朝日を揺さぶっていると突然俺と朝日をまとめて抱き締める者がいた。


 小六だった。


「小六?」


「お帰り。あなた」


 そう言うと小六は腕に力を入れて抱き締める。


「痛い、痛いよ。小六姉」


「あ、ああ、ごめんね」


 痛がる朝日を見て小六は抱き締めるのを止める。


「小六」「あなた」


 小六が潤んだ目で俺を見ている。


「あなた!」


 小六が俺に抱きつこうとするが、俺はそれをかわして朝日に再度問いただす。


「朝日、おっ母達は何処だ!」


「あなた~~~」


「小六姉ほっといていいの?」


「いいから何処にいる?」


「えっとね」


 俺は朝日から聞いて駆け足でその場に向かう。

 朝日の足が遅いのでおぶって走った。


「いいな~~。あたしもおぶって欲しい」


 小六の言葉を無視して走る。


 そしてその屋敷にたどり着く。


 そこには見慣れた二人組が門番として立っていた。


「「お疲れ様です。大将」」


 俺を大将呼びする二人組を無視して屋敷の門をくぐる。

 玄関口に手を掛けたその時庭先で話し声が聞こえた。

 俺は玄関口から手を離し声のする方に向かって走った。


 そしてそこには……


「おっ母。ここの土地は硬いから無理だよ」


「何いってんだい。私の若い時はこれくらいの土、わけなく耕せたさね」


「もう母さん。無理言わないでよ。でもこうやって土をいじると落ち着くわね。そうでしょ、あんた?」


「ああ、机で書を書くよりよっぽど良いさ!」


 おっ母が居た!


 小一が居る。


 とも姉と弥助さんが笑っている。


 俺はみんなの姿を見ると力が抜けたのか、その場に座り込む。

 おぶっていた手を離したので朝日はその場でしりもちをついた。


「痛いよ。お兄ちゃん」


「良かった~~」


「あれ、兄さん」


「どうしたの藤吉?」


 小一とおっ母が俺の元に駆け寄ってくる。


「おっ母、良かった。良かった」


 俺は泣いていた。


「何泣いてんだい藤吉?」


「良かった~~」


 俺は母様に抱きついてわんわんと泣いていた。


「なんて顔してんだい」


 そう言うと母様はそっと抱きしめてくれた。



 家族との再会後にこの屋敷『蜂須賀邸』に居る理由を教えてもらった。

 そう、この屋敷は小六が織田家に与えられていた屋敷だ。


「突然屋敷に兵がやって来て『屋敷から出ていけ』て言われたんだよ」


 小一の説明によると、数日前にいつものように屋敷で手習いをしていると門の辺りが騒がしくなって何事かと向かったら大勢の兵がいたそうだ。

 兵達は槍を向けており、その中の兵の一人が屋敷を退去するように勧告したらしい。

 訳の分からない小一は説明を求めたが兵達は槍を突きつけて脅す。

 そして小一達は屋敷を追い出されたのだ。

 その時屋敷の中の家具一式を持ち出そうとした兵達を止めたのが小六だった。


「この屋敷の持ち物は蜂須賀家と前田家の物もある。勝手に持ち出していいもんじゃないんだよ!」


 小六の凄んだ声にびびった兵達は明日も確認に来るからそれまでに退去するようにと言って帰って行った。

 小六はこの時所用で外に出ていたが、屋敷の警護をしていた一人が知らせに走って何とか間に合ったのだ。


 その後話し合った結果、蜂須賀邸に厄介になることになったと。


「藤吉に言われなくてもあたしの家族なんだから当然だよ」


「小六。良くやった!」


 俺は小六の行為が嬉しくて抱きついた。


「と、藤吉。まだ日が高いよ。でも、藤吉が良いならあたしは……」


 よし、いつもの小六だ。

 スキンシップはこれくらいでいいだろう。

 小六に抱きつくのを止めると一つ尋ねた。


「寧々はどうしてる?」


 そう、もう一人の家族、寧々をまだ見ていない。


「寧々さんは城からまだ戻って来ないんだよ」


 小一が答えてくれた。


 小六は拗ねている。


「いつからだ」


「俺達が屋敷を追い出される前の日からだよ」


 もう五、六日は経っているそうだ。

 いつもなら二、三日すると屋敷に戻っていたらしいからこれはおかしい。

 寧々の身にも何か有ったのかもしれない。


 とりあえず家族の近況は聞いた。


 次は俺の番だ。


「織田家を辞めさせれらた━━━!?」


 とも姉の大きな声が部屋中に響いた。


「兄さん本当かい?」


「ああ、本当だ。城に行ったら………」


 俺は今日の出来事を説明する。


「なんてこったい。だから残ろうって言ったのに!」


 弥助さんが絶叫した。


「うるさいよ。あんた!」


 そしてとも姉が弥助さんに突っ込む。


 うん、いつもの光景だ。


「どうするんだい藤吉?」


 心配そうな顔をする母様。


「夜に話そう。おっ母」


 俺は朝日を見る。


 そんな俺を見た母様は。


「分かった。そうしようかね」


 さすが母様。俺の意図を察してくれた。

 朝日を不安がらせる訳には行かない。

 只でさえ兵達に囲まれて怖い思いをさせているのだ。

 この先の暗くなるかも知れない話を聞かせる訳には行かない。



 その夜屋敷の一室に家族が集まっていた。


 朝日が寝付いたのを確認しての集まりだ。


 ここに居るのは俺と小一、母様ととも姉に弥助さん、そして小六だ。

 小六も俺の家族だからな。

 ちょっとこそばゆい感じがするけど。


「さて、これからの事だけど」



 部屋の灯りは薄暗い。


 この時代は蝋燭よりも荏胡麻による胡麻油の灯り。

 現代の電気による灯りとは雲泥の差だ。


 しかし、この灯りは電気よりも暖かい。

 その暖かな灯りを受けて俺は家族と話をする。

 今後の俺達の行動を決めないといけない。


「織田家から離れる必要がある」


「兄さんが市姫様の右筆だったから?」


 偉いぞ小一。その通りだ。


 俺は市姫様の右筆で奉行並みの仕事をしていた。

 つまり、織田家のあんなことやこんなことを知っている危険人物だ。

 他国に走られて情報を売られると不味い人材だ。

 逆に取り込むとすこぶる使える人材でもある。

 そんな敵方の人材は取り込めないなら殺すのが一番だ。


 俺ならそうする。


 自分で言っているのもなんだが、俺もこの戦国の世に染まって来ているようだ。


「俺が生かされている理由は知らないが、直ぐに清洲を離れよう」


「何処に行くんだい藤吉?」


 母様の顔はいつも通り笑顔だった。


 もう心配していないようだ。


「一つは美濃斎藤だ。小六の伝を使えば良い。二つ目は駿河今川だ。ここら一帯で一番の強国だ。でも伝がないのが不安だ。三つ目は伊勢に向かう。これはあまり良い選択じゃない。四つ目は京で知り合った長尾家だが、向こうからの連絡待ちだな。俺は一つ目か。四つ目が良いと思う」


「私はどうしたら良いかなんてわかんないけどさ? ここに居たら危ないのかい?」


 とも姉は俺の話を真面目に聞きながら、誰も聞かない事を聞いてきた。


「分からない。さっきも言ったけど俺は殺されてもおかしくなかったんだ。でも生きてる。その理由を俺は知らない。知らないからこそ危険だと思う」


 そう、知らない事がある。


 それが一番怖い。


 特にあの信行の行動が予想出来ない。

 俺を取るに足らない農民出の成り上がりと思っているのか?

 それとも勝三郎や利久と同じくらい危険な男と見ているのか?


 それが分からない。


「あのさ~~、小六さんの意見は?」


 弥助さんが唐突に話題を振った。


「小六。お前の意見は?」


「あたしは藤吉と一緒なら何処でもいいよ」


 聞いた俺がバカだった。


 次いでに弥助さんもバカだった。


「でも兄さん。焦って動くとろくな目に合わないよ? ここは周りの話を集めた方が良いんじゃ」


「小一。お前良いこと言うようになったな!」


 小一は俺が思っている以上に優秀かも知れない。

 周りの話。つまりは情報だ。

 確かに情報は大事だ。

 俺は尾張に帰って来たばかりだからここ最近の尾張の情報を知らない。


「話ったってさ。あたしらろくに外に出てないんだよ?」


「そうそう、外は危ないかも知れないからってあれから外に出てないだろう」


「朝日は出てたじゃないか?」


 朝日は小六と一緒に外にいた。


 そう言えば何であの場所に居たんだ?


「朝日は兄さんがいつ帰ってくるか分からないからって、あの屋敷の周りを毎日通っていたのさ」


 そうなのか朝日!


 なんて兄貴思いの妹なんだ。


 兄ちゃん嬉しいぞ。


「そうか。朝日がなぁ~」


「小六ちゃんは何か知らないかい。あたしらと違って毎日何処かに出掛けてたでしょう」


 小六、ちゃん?


「ぷぷ、可愛い呼び名だな。小六ちゃん」


「もう藤吉。お義母さんその呼び方は止めてください。恥ずかしいです」


 本当に恥ずかしいみたいだ。


 小六の顔が赤い。


「良いじゃないかい。それより何か知ってるんだろ?」


「ええ、まあ。こっちに来てから色々と顔繋ぎしてましたから」


「なら、知ってることを話してくれ。特に信行の事を」


「はい、あなた」


 だから、顔を赤らめながら頷くなよ。


 小六の話は信光様と平手のじい様の話だった。

 そもそも、なぜ信光様は病気で倒れたのか?

 そして平手のじい様は本当に床に臥したのか?


 小六は佐久間家から話を聞いたようだ。


 佐久間家の佐久間盛重は元は信行付きの家老だった。

 今は市姫様、奇妙丸様に仕えている。

 その盛重が昔の伝を使って信行達を調べていたらしい。


 盛重が言うには信行が信光様を名古屋城に招待したのが始まりだ。

 招待した名目は『奇妙丸、そして市を認めてこれからは誠心誠意、織田家の為に尽くす』という話で市と自分の間に立って話をして欲しいと頼むのが目的だったらしい。

 そして、お人好しの信光様は名古屋城に向かいそこで軟禁されたのだ。


 そこから信行は信光様の兵達を脅して清洲に向かい、一気に城になだれ込み平手のじい様を捕らえた。

 清洲の城兵は信光様の兵達が応対したので不信に思わなかったらしい。

 それに信行が連れて行った兵も少ない。

 兵は百人といなかったらしい。

 しかしその兵の中には、『柴田 勝家』『滝川 一益』『もり 可成よしなり』が加わっていた。

 ちなみに林美作は名古屋城にいたらしい。


 信光様を軟禁して清洲城を乗っとるのに三日とかけていないそうだ。


 まさに電光石火。


 クーデターの見本だな。


 その後は奇妙丸様を人質にして尾張国内の掌握に至ったと。


 小六の話はこれで終わりだ。


 俺はこの時森可成の名前を聞いて思い出していた。

 浮野の戦いの時、何故数で勝る俺達が苦戦したのか?

 確か史実では可成は浮野の戦いで大活躍した人物だ。

 あの時可成はこちら側にいなかったのだ。

 名簿にも名前がなかった。

 てっきり俺は佐久間隊に居るものと思っていたのだ。

 そうか、可成は信行側に居たのか?


 これはちょっと想定外だ。


 人がいないと思っていた信行側は案外使える人材がいたことになる。

 これはますます尾張から離れないといけない。


 俺は家族に急いで尾張を離れる事を話した。


 これは決定事項だ!


 龍千代からの連絡を待っていたら危ない。

 小六の伝で川並衆と合流しよう。

 まずは家族の安全を確保する。

 それから先をゆっくり考えよう。


 このまま尾張に残るのは危険だ。


 龍千代の話が本当なら今川は年が明けたら攻めてくる。

 おそらくは田植えが終わって直ぐだろう。

 六月の頭だと思う。

 その時尾張がどうなるか分からない。

 今川が攻めてくる前に尾張を、いや年が明ける前に美濃に向かおう。


 方針は決まった。


 ぐだぐた文句を言っている弥助さんはとも姉に任せて、母様にはもう寝るように言って寝所に行ってもらう。


 残ったのは俺と小一と小六だけ。


 三人で今後の行動計画を立てる。


 小六には手下を使って蜂須賀党と川並衆に話をつけてもらう。

 そして本人は津島の堀田家に行ってもらう。

 もしもの時しばらく匿ってもらう為だ。

 堀田家は俺と小六、蜂須賀党に借りがある。

 美濃の販路だ。

 これで堀田家は大きな富を得ている。

 少しばかりその借りを返してもらおう。


 俺と小一は家族と荷造りだ。


 直ぐに移動出来るように準備する。

 必要な物とそうでない物を今のうちに書き出しておく。

 そうしているうちに辺りにうっすらと明かりが射してくる。


「もう朝か?」


「あなた。少し休んだら?」


「そうだよ兄さん。こっちに来てからろくに休んでないだろう?」


「これぐらい平気だ。城での生活はもっと酷かったからな。それに比べたら」


「そんなに酷かったの兄さん?」


「ああ。だけどもうそんな生活とはおさらばだ!」


 そうだ。


 あの城での生活に比べたらこんなの屁でもない。



 ………俺は不義理な男だな。


 見ず知らずの男を近習にしてくれた市姫様。

 それを支える苦労人の勝三郎。

 俺がこっちに来てから初めての親友又左。

 そして、そのダメな兄貴を叱る可愛い妹分のまつ。

 まつの親友で妹のように思った寧々。

 俺を疑い続けた頑固爺、平手のじい様。

 兄から甥、そして姪を支えたお人好しな信光様。


 俺はこの人達を置いて逃げ出すのか?


 でも残っていてもどうしようもない。


 俺に出来る事なんて何もないんだ。


「兄さん。どうしたの?」


「何でもない。小一。早速準備に取り掛かろう。小六、頼むな?」


「分かった。任せろ」


 これでいい。


 今は家族が最優先だ!


 俺達が部屋を出ると玄関口が開かれて声がする。


「藤吉様ー。藤吉様ー。居られますか? 居られますかー?」


 この声は、寧々!


 俺達は直ぐに玄関に向かう。

 そこには薄汚れた服を着た寧々がいた。


「寧々! 無事だったのか?」


「藤吉様。お願いです。まつちゃんを、市姫様を助けてください!」


「……寧々」


「お願いいたします藤吉様。私にはあなたしか頼れないのです。お願いいたします。どうか、どうか」


 何で俺なんだよ!他にいるだろう。


 俺はもう織田家とは関わりたくないんだ。


 俺はもう……… 何も言えなかった。


 寧々は俺に頭を下げている。

 不意に肩に手を置かれた。

 見ればそこに。


「兄さん」 「藤吉」


 小一と小六が俺の肩に手を置いている。


 その手は暖かった。


 俺は天井を見上げた。


 ……そうするしかないのか。


 俺は寧々の肩に手をかける。


「分かった。任せろ」


 寧々は大粒の涙を流して俺にお礼を言っている。


 今まで助けてもらったんだ。


 その分を返すだけだ。


 ………それだけだ。


 いや、それだけじゃないな。


 俺の家族を危ない目に会わせた埋め合わせはしてもらう。


 殺られる前に殺ってやるよ!


 見てろ、信行、林!


 俺を敵に回した事を後悔させてやる!



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