第25話 人助け致し候

『長尾 龍千代』聞いたことのない名前だ。


 長尾姓を名乗っているのだから『長尾 景虎』の関係者と思って間違いないと思う。

 他にこの辺で長尾姓なんて俺は知らないしな。

 しかしもしかしてこの子が長尾景虎本人なんて落ちはないよな?



 改めて彼女を見てみる。


 歳は二十歳前だろうか?

 かろうじて十代に見える。

 身長は俺よりちょっと低い百六十五から八くらいだろうか?

 体格はスレンダーだ。

 出るとこ出てるが大き過ぎず小さ過ぎずといった所。

 肌は真っ白、まるで雪のようにシミ一つない。見える範囲だけど。

 そして長い髪。

 その艶やかな髪は市姫様に勝るとも劣らない。

 それからなんと言っても眼だ。

 目力が凄い。

 今も俺を見ているがじっと見つめられると思わず目を逸らしたくなる。

 まるで胸の奥を覗き込まれるような錯覚を受ける。

 唇は血のように紅い。

 肌の白さも手伝ってその紅さを際立たせている。

 市姫様とはまた違った強さを感じさせる女性だ。

 それに龍千代さんの方が歳上だしな。


「人の顔をじっと見るのは不作法だな」


「あ、これは失礼しました。余りにも美しいと思ったもので」


 いかんな、確かに不作法だったな。


「ふ、正直に謝るのは美点だ。だが私を美しい等初めて聞いた。世辞も過ぎれば嫌味になるぞ」


「いえいえ、俺は世辞等言いません。本当の事を言ったまでです」


 そうだ。世辞は言っていない。


 美しい者をただ美しいと言っただけだ。


「本当かな?」


 そう言うと龍千代さんが近づいて俺の目を見る。


 近いな。


 鼻息が聞こえるんじゃないかと思うくらい近い。

 思わず息を止めてしまった。


「う~ん、どれどれ。ふむ、…………」


 龍千代さんはぶつぶつ言いながら俺を見ている。


 長い。


 息を止めているので正直苦しい。


 頼む、早く解放してくれ!


「ふーん、どうやら嘘ではないようだな」


 納得してくれたのかやっと離れてくれた。


「ぶは、ぜぇぜぇ、はぁはぁ………」


「なんだそなた。息を止めていたのか?」


 俺は手を差し出してちょっと待ってくれと目で訴える。


「ぷ、ぷは、はは、はははは」


「そんな、笑うこと、ない、でしょう。うく」


「いや、だって、そんな。ぷふ、はははは」


 腹を抱えて笑う彼女は実に楽しそうに思える。


 そしてその姿は年相応に見えた。



 龍千代さんが一通り笑い終わると何で絡まれていたのか聞いてみた?


「私は簪や櫛が売っている場所を聞いてみただけだ。そうしたら奴らが……」


 なんのことはない。


 道を聞かれた。


 美少女だった。


 ならナンパしよう。


 そして俺参上。


 彼女に撃退された。


 俺が笑われる。


 こんなところか?


「それは災難でしたね。それで目的の場所は分かりましたか?」


「答える前に手を捕まれたからな。収穫は無しだ」


「そうですか。何なら宿の人に聞いてみましょうか?」


「それは助かる。お願いできるだろうか? どうも私が聞くとさっきのように襲って来るか怯えるかのどっちかだ。襲って来るのは稀だが、いつもは尋ねると皆怯えて逃げてしまうのだ。本当に困っていてな」


 襲ってしまうのは分かる。いや、俺は襲わないけどね。


 数がいればこんな美しい女性を放っては置かないだろう。

 だが、一人だと彼女の眼にやられる。

 怯える気持ちも分かる。

 だってあれにまともに直視されるのは慣れないとキツイだろう。

 逆に慣れると本当に美しいと思える。


 俺は宿の人に小物を売っている店を教えてもらった。

 この宿の通りを真っ直ぐ北に行けば在るそうだ。

 案外近くに在るんだな。


「すまんな助かった」


「いえいえ、困った時はお互い様と言うじゃないですか?」


「ふむ、そう言うものなのか?」


 あれ、通じてないのか?


「ならばそなた。何か困っていないか。私が助けてやろう」


 うん? 通じたのか。


 さて、助けてもらうねぇ~。


 俺は腕組みをして考える。


 そう言えば彼女の名前は教えてもらったが素性は知らない。

 俺も自分の素性を話していないから当たり前か。

 なら聞いてみるか?

 いや、彼女が答えてくれるだろうか。

 素性を聞いたらいきなり怒り出したりしないだろうか。

 でも名前を教えてくれたくらいだ。

 素性を聞いても大丈夫だろう。

 だが、もう少し話をして自然に聞いてみるのはどうだろうか?

 それに彼女、櫛と簪を買うみたいだし俺も母様や朝日に寧々、次いでにとも姉さんに小六のお土産を買わないと行けないしな。

 恐らく他の奴らはまだ戻って来ないだろうから時間は有るはずだ。

 一緒に買い物をしようとお願いしてみますか。


 よし決めた!


「それではお言葉に甘えて……」


 俺と龍千代さんは一緒に小物を扱う商家に向かった。

 歩いて四、五分もしないうちに着いた。

 道行き何か話そうと思ったが、何か真剣な顔をしていたので話をする切っ掛けがなかった。


「ほう、これは中々」


 店の中で物を物色する俺と龍千代さん。


 店に置いてある品は流石京のお店といったところか。

 派手な装飾が施されている物も有れば、綺麗に漆の塗ってある艶の有る物等、派手好きな人もそうでない人も選べる品ばかりだ。

 これは当たりの店だなと俺が思っていると……


「う~ん。困ったな」


 龍千代さんは首を捻って悩んでいる。


 確かにこの品の数々を見ると悩むのは分かる。

 でも俺は四人の好みは知らないが選べる事は出来る。

 母様は実用性の有る櫛を、とも姉さんには漆塗りの簪を、朝日はとも姉さんと同じ漆塗りの櫛にした。

 寧々は朝日と同じ櫛だ。

 お揃いにしたら二人とも喜ぶだろう。

 簪も考えたがまだ寧々には早い。

 さて小六はどうしようか?

 少し迷ったが少し派手めの簪に決めた。

 小六には派手な衣装と派手な簪が似合うだろう。

 服は帰ってから買おう。

 ここだと高すぎるだろうからな。

 何せ櫛と簪の代金がちょっと言えない額になっていた。


 お土産買うのも苦労するよ。


 そして俺が買い終わっても龍千代さんはまだ選んでいた。

 どうやら簪を買うのに迷っているようだ。


「決まりましたか?」


 俺はなるべくそっと聞いてみる。

 急かすとあの眼で見られる。

 それは勘弁してもらいたい。


「う~ん。どれが良いのかよく分からなくてな? そなたならどっちを選ぶ」


 見れば凝った装飾の簪と渋い感じの漆塗りの櫛が置いてあった。


「そうですね。どなたに贈られるのですか?」


「あ~、私の姉だ。今度子供が産まれるのでそのお祝いなのだ」


「お祝いの品ですか。ちなみに……」


 よし上手く聞き出せた!


 龍千代さんの故郷はやっぱり越後だった。

 景虎の上洛に付いて来たのだ。

 将軍様との謁見は終わっていて後は帝に朝見するだけとの事。

 しかし、帝との朝見まで数日掛かるのでその間にお土産を買おうとしたのだ。

 将軍様と謁見して、帝に朝見出来るのか。

 やっぱりこの世界の長尾景虎も凄いようだ。

 もうちょっと深く聞いてみたいが止めておく。

 これだけ聞き出せば十分だろう。

 ちなみに俺も正直に自分達の事を話す。

 嘘は多分通じないだろう。


 あの眼がそう言っている。


「そうか。そなたはあの尾張の登り竜の者か」


「尾張の登り竜?」


 何、その渾名?


「この京に来てから聞いたのだ。公家どもが面白そうに尾張織田の娘がやって来たと」


「それが何で登り竜なんですか?」


「公家は噂好きよ。尾張をまとめた虎の娘は竜であったとな」


「それで登り竜ですか」


「ふふ、私も会って見たいが長い時間皆と離れて行動出来んのでな」


 そう言った時の龍千代さんの姿は残念そうに見えた。


 しかし尾張の登り竜か!


 ぷふ、後で又左達に教えてやろう。

 どんな反応を見せてくれるかな?


 おっといけないお土産を選ばないとな。


 俺は派手な装飾の物よりも落ち着いた感じの物を選んだ。

 もうすぐ母親になるのだから派手さより落ち着きだよな。

 これは俺の勝手な思い込みだが龍千代さんはそれで良いと行ってくれた。


 買う物買ったので店を出た。


 これで龍千代さんとはお別れだ。


「龍千代さん。ありがとうございました。おかげで家族に良いお土産が買えました」


「いや、こちらも正直助かった。京は二度めだがそなたがいなかったら土産を買えたかどうか?」


「お役に立てて光栄です。龍千代さん」


「ふむ、そなたは私より歳上だ。私のことは龍千代。いや、龍でよい」


「いや、それは」


「ならば私はそなたを藤吉様と呼ぼうか?」


 龍千代さんはいたずらっ子のように無邪気な笑顔を見せる。


 こんな笑顔反則だろう。


「分かりました。でもいきなりは言えないので龍さんで良いですか?」


「駄目だ。藤吉様」


「はぁ。……龍」


 少し小さな声で言ってみた。


「ふむ。少し小さいがそのうち慣れるだろう」


「いきなり、その、名前を呼び捨てにするのはどうかと」


「私は近しい者、親しい者には龍と呼ばせている。藤吉も慣れよ」


 しかし、これは慣れないよ。

 だって会ってその日に呼び捨てなんて。

 うん? さっきから慣れろって言ってるけど何でだ。

 俺と龍千代さんはじゃなかった。

 龍とはもう多分会わないはずだけど?


「あの~、龍。さっきから気になってるんだけど」


「なんだ藤吉」


 しかも俺の事は簡単に呼び捨てかよ!


「俺と君はここで別れるよね。多分」


「何を言っている藤吉。お前も来るんだ」


「は、何処に?」


「決まっている。越後だ!」


「は、はい━━━━」


 何で、俺が、越後に?


 もしかして俺、スカウトされてるの?


 俺、スカウトされることしましたっけ。

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