第二章 尾張動乱

第24話 上洛致し候

 さぁ、いざ上洛!


 とはならない。


 色々と準備しないといけない。


 まず今回の上洛の目的は将軍と会って、斯波氏に代わって織田氏に尾張守護職を認めてもらうことが第一だ。

 対外的にも織田家が尾張を支配しているのを喧伝するのだ。


 正当性の確保ってやつだな。


 そして朝廷に寄進して適当な官位を受け取る。

 こちらは副次的なもので貰えたらラッキー程度だ。

 それと織田家は朝廷を大事にしてますよというポーズを見せる。

 これを行う事で朝廷の心証を良くし、何かあれば朝廷を頼ることもできる。


 その為に必要なのは、銭である。


 現在の織田家の倉には米も銭もある。


 岩倉城を廃棄してそこに有った銭で堀田家の借金はすでに返済済み。

 利息も熨斗を付けて返したくらいだ。

 でだ、今回は証文ではなく現金を持っていく。

 山城国の商人に尾張の証文は売れない。

 せめて近江の証文であれば売れるのだが、わざわざ近江の証文を買って山城で売るなんて面倒くさいことはしない。

 現物で運べて持ち運びが便利な物は、金と銀しかない。

 今回の寄進用に銅銭としての金千貫分と銀二千貫分を用意する。

 銅銭で三千貫を運ぶより楽だ。


 金は用意した。次は人員だ。


 これは勝三郎が用意してくれるので任せる。

 日程は約一月を予定している。

 行って帰って来るだけなら二週間とかからないが、何事も余裕を持って行動しないとな。


「という訳で小六はお留守番な」


「そんな!」


 今回の上洛には何故か俺もお供を仰せつかっている。


「俺が留守の間、家の事は任せたからな」


「はい、あなた」


 汐らしく俺の言うこと聞く小六だが、母様の前だから強く言えないのだろう。


 目で自分を連れていけと訴えている。


「おっ母、行ってくる。京土産を楽しみにしててくれ」


「なんも要らんから無事に帰っといで」


「お兄ちゃん。朝日にも」


「ああ、朝日にも買ってくるからな。小一、とも姉さん、弥助さん留守をよろしく」


「大丈夫だよ兄さん。任せておいて」


「道中気をつけるんだよ」


「俺にも京土産を」


 パシンと頭を叩かれる弥助さん。


 手加減しろよとも姉さん。


「じゃ、行ってくる。寧々も留守番よろしくな」


「お早いお帰りを」


 寧々は両手を胸辺りに合わせて俺を見送ってくれた。



 京に向かう織田家一行の総数は二十四人。


 先触れとして四人が先行して後から二十人がついてくる。

 この少人数の移動は結構怖い。

 見知らぬ土地での移動は気を使う。

 しかし俺以外の人間は緊張どころか軽口を叩く余裕すら有った。


「どうした藤吉。もうへばったのか?」


「筆書き風情がついてこれるものか? 先に行くぞ又左」


「待て内蔵助」


 くそ、内蔵助の野郎。


 あいつこそ何で居やがる。


「大丈夫ですか藤吉殿。少し休みますか?」


「なんだ藤吉。これぐらいで疲れていたら先が思いやられるぞ。ははは」


 心配して声をかけてくれるまつに対してやたら元気な市姫様。


「勝三郎。早すぎないか?」


「これでも押さえている方だ」


「嘘だろ」


「まぁ、お前はよく付いてきてる。そら、次の関所だ」


 尾張国内には関所がない。


 信長が取った政策の一つに関所撤廃がある。

 市姫様もそれを継承している。

 おかげで尾張には多くの人が集まって来ている。


 人が集まれば物も集まる。


 物が有れば更に人が増える。


 好循環が生まれていた。


 そうして税が集まり織田家はますます力を蓄えるのだ。

 だが、そんな政策をとっているのは一部の大名だけだ。

 他は関所からの収入を当てにしている。

 長期的に考えれば関所廃止は税収面でプラスだ。

 しかし敵対関係の間者を取り締まれないデメリットもある。


 一長一短の政策だ。


 そして一歩国内を出ると他の国は関所だらけだ。

 美濃の関所は国境付近にしかなかったが、近江にはいると関所が数キロ単位で設置されている。


 これはあくまでも俺がそう感じただけだが、実際は違うのかもしれない。


 そしてそのやたら多い関所を俺達はフリーパスで通っている。


 本当なら一々止められて身分の証明をして銭を払うのだが、何故かそうならない。

 関所を守る兵士に呼び止めもされない。

 前を行く者が兵士に一言二言と声をかけて行っているので無視している訳ではないようだ。


「しかし本当に信長様は凄い方だな」


「まぁ、付き合わされた私は気が気じゃなかったがな」


 勝三郎は当時を思い出したのか胃の辺りを擦っている。


 実はこの関所破りを考案したのが信長だ!


 信長は元服前に京を見に行くと近習を伴い出掛けた。

 銭をあまり持っていなかった信長一行は関所を通る時にその地域の国人衆の名前を騙って通ったのだ。


『吉法師様。ばれたら殺されまするぞ』


『堂々していればばれる事はない。ビクつくな勝三郎。ふふ、ふははは』


 そして信長一行は誰にも咎められず京までたどり着いたそうだ。


『どうだ、勝三郎。何も起きなかっただろうが、あははは』


『偶然です。偶然ですよ。吉法師様』


 それで京に着いた信長は一通り京を見て回るとすぐさま帰ったそうだ。


 アグレッシブにも程がある!


 どんだけ無茶したんだ信長。


 それに付き合わされた勝三郎達近習には同情するよ。


 しかもこの話は続きがある。


 京に行って来た事を信長は市姫様に話すと、なぜ自分も連れて行かないのかとひどくご立腹した。


 信長は次の機会が有れば連れて行くと約束したそうだ。


「もしかして……」


「この上洛の話が出た時、遂に来たかと思ったよ」


 勝三郎が頭を垂れる。


「さあ、京は目の前だ。行くぞ藤吉、勝三郎!」


「あ、待ってください市姫様」


 先に馬を飛ばす市姫様にまつが嬉々として付いていく。


 やたら元気な市姫様に連れられて、いつばれるかもしれない関所破りの恐怖と戦いながら京を目指した。


 そして何事もなく京にたどり着いた。


 ………どんだけ強運なんだ、この兄妹。




 おお、麗しの夢の都『京都』に遂にたどり着いた。


 眼下に広がる光景に俺は目を奪われ…… 無かった。


 京都は予想以上に広く町並みも整えられていたが、活気が無かった。

 これまでの道中で近江の六角氏が支配していた町並みよりも人の往来が少ない。

 清洲や井ノ口の方が人も多く感じたし、活気に溢れていた。


 京都は総じて元気がないように感じる。


 さてそんな京都の町並みの中から一つの宿を取りそこを拠点に活動を始める。

 史実ではこの時『将軍 足利 義輝よしてる』は京にはいない。

三好みよし 長慶ながよし』に京を奪われ六角氏に身を寄せていたはず?

 俺もよく覚えていないがとにかくこの時期に将軍様は京に居なかったのだ。


 史実では!


 しかしこの世界の京では将軍様が居る。


 将軍様だけじゃない。


 道中の噂で知ったのだが、なんと『長尾ながお 景虎かげとら』も居るのだ。

 たしか俺の記憶が確かなら景虎は川中島で『武田たけだ 晴信はるのぶ』と戦ってるはずだ。

 しかも、雪国である越後からこの時期に上洛するなんて信じられない。

 でも、その信じられない事が現実だ。


 今はその現実を直視しよう。


 とにかく長尾景虎と織田市がこの京にはからずも一緒に居るのだ。

 これが織田市じゃなくて、信長ならと思わなくもないが仕方ない。


 しかし、長尾景虎後の『上杉うえすぎ 謙信けんしん』だ。


 自分で毘沙門天の化身と言ったり、家臣達から謀叛されまくったり、当主でいるのが嫌になって高野山に家出したりした人物だ。

 待て、列挙した事が事実なら謙信は大層な困ったちゃんじゃないのか?


 でも、それを補って余りある魅力的な人物だ。

 出来れば遠目でもいいのでこの目で見てみたい。

 史実では秀吉は景虎と会うことなんてないからな。


 一目見てみたいよな、本当に。


 だがそんな妄想をしている暇はない。

 とにかく急いで用事を済ませてさっさと尾張に帰らないと行けない。

 斎藤と今川が尾張を狙っているのだから。


 まずは将軍様に会って次いでに朝廷に寄進する。

 将軍様が今住んでいるのは斯波武衛邸だ。

 そう、なんと尾張守護職の斯波氏の邸宅を接収しているのだ。


 可哀想な斯波氏。


 京の住まいは将軍に取られ支配国の尾張を織田氏に取られた。


 これも戦国の世の成せる業。


 良かったよ俺。


 勝ち組の織田氏に仕えられて。


 でもな、この世界は史実とは違った流れに成っているからこの先の保障なんて無いんだよ。

 だから織田氏が勝ち組になるかどうかも分からない。

 安心なんてないんだ。

 そしてその安心を得る為の努力はしなくてはならない。

 その為の守護職の獲得と朝廷への寄進だ。


 将軍様のアポイントを取るのは勝三郎がやっている。

 そして将軍様とのアポイントは直ぐに取れた。

 結構暇してるのかな将軍様は?

 将軍様との面会が取れた段階で朝廷への寄進を行う。


 仲介者は以前『織田 信秀』が会った事のある公家で『山科やましな 言継ときつぐ』だ。


 この山科言継という公家は朝廷のお使いで各地を放浪して有力な人物に寄進を頼みまくった人物だ。

 それにこの人、色々と芸達者な人物で蹴鞠や和歌は勿論、漢方薬やその他薬の生成、双六等の趣味も嗜んでいる。

 そんな山科言継は尾張に出向いた時に織田家を訪問し、蹴鞠と和歌を伝授している。

 その時の相手をしたのが平手のじい様だ。

 今回のお供の中には平手のじい様の息子『平手 久秀ひさひで』が来ている。

 その久秀が平手のじい様の書状を持って山科卿と会っている。


 そして俺は、何もしていない。


 いや、何もしていない訳じゃない。


 将軍様への銀二千貫分の献上と山科卿に朝廷への寄進金千貫分を納品するのに立ち会った。


 しかしそれだけだ。


 将軍様の拝謁には同行出来ず、かといって山科卿にも会えず。

 ただ宿で皆の帰りを待つだけ。

 又左は和歌の造詣が深いこともあって山科卿と会っている。

 そしてあの内蔵助は護衛として市姫様に同行して将軍様と会っている。

 まつは勿論市姫様と一緒だ。

 俺は一人手持ちぶさただ。

 他の近習達は俺に留守番をさせてさっさと京の町に繰り出していった。

 一人ボーッと宿の二階から町を見ている。


 こんなはずじゃなかったのに!


「じゃあ藤吉行ってくる。帰ったら町を見て回ろうぜ」


「すみません藤吉殿。戻ったら買い物にお付き合いしますから」


「おう筆書き。お前は留守番がお似合いだ。はははは」


 又左とまつは優しい言葉をかけてくれたが、内蔵助め!


 こいつとはどこかで決着を付けてやるぞ!


「藤吉。すまんが留守を頼む」


「すまんな藤吉。お前しか留守を頼めんのだ」


 市姫様と勝三郎からも留守を頼まれたがこれってやっぱりいじめなのか?


 何で俺だけ留守番なんだよ。


 はぁ~、俺も京の町を見て回りたいのに。


 母様と朝日にお土産を買ってやりたいけど、その時間はないよな?

 多分皆が帰って来るのは夕刻を過ぎる。

 その後だと流れ的に酒屋に向かうか、宿で酒を飲むか。

 あっ酒を飲む一択じゃないか!

 くそ、別に留守番なんてしなくても良いよな。

 勝手に宿を抜け出すか?

 でもな、ばれたらどんな目にあうか分からないしな。


 はぁ~、ため息しか出ないよ。


 ふと視線を通りに移すと、一人の女性が複数の男に囲まれているのが見えた。


 多分、女性だよな?


 その人は小袖姿に頭から薄衣を被っている。

 明らかに嫌がる女性。

 強引に女性の腕を取る男達。


 これはヤバいのでは!


 俺は急いでその場所に向かう。

 留守番がどうのこうのは考えなかった。

 ただ急ぐ、女性の元へ。


 あ、これってどこかで……


 そんな考えが頭をよぎるが直ぐに取り払う。

 宿を飛び出し事件現場に急行し、声をかける。


「ま、まひぇ」


 うわ、噛んじまった。


 かっこ悪~。


「なんだ~こいつ」


 凄んで見せる男達の数は三人。


 俺よりは小さい。


 ふっ、これなら勝てる。


 そう思った俺が前に一歩踏み出すと。


「あででで、こいつ」


 あれ?


「この、抵抗する。いだだだ」


 おい!


「くそ、行くぞ」


 あれ~。


 男達は女性の強かな反撃にあって撤退していった。


 俺の出番は?


 固まる俺に女性が語りかける。


「助かったぞ。そなたが声をかけて注意を引いてくれたから何とかなった。礼を言う」


 お、おう。


 役に立ったみたいだ。


「いえいえ。何も出来ずに申し訳ない」


 俺は謙虚に挨拶をする。


「ふむ。今時珍しいご仁だな」


 そう言って薄衣を外して俺に笑顔を向ける女性。

 改めて見るに美少女だ。

 色白で日に焼けた後がない真っ白な肌が見えた。

 この世界に来てから美少女に会う事が多いな。


「あ、私は木下 藤吉と言います」


 なんかナンパしてるみたいだな。


「ああ、すまん。名を名乗ってなかったな。私は『長尾ながお 龍千代たつちよ』と言う。よろしく藤吉殿」


『長尾 龍千代』?


 えっと、誰ですか?

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