第40話「過去の追走」
急いで、来た道を戻る。
数時間かけて再び地上に戻ると、レシーバーに通信が入った。
「ようやく、繋がりましたか」
心底安堵しているような調の声が聞こえた。
「アイギスの回収任務は完了です。そちらで何か起こったんですか?」
樹里さんが手早くバックパックを車の荷台に積み込んで、するっと運転席に乗る 。
鮮やかな手並みに立ち尽くしていると、樹里さんが手招く。
「敵襲です。これまでの敵とは一線を画する脅威度の」
調の声は止まることがない。俺も急ごう。
シリンダーの詰まったバックパックを、慎重に荷台へ下ろす。
ささっと助手席に乗り込む。
シートベルトを締めて、樹里さんに頷く。
樹里さんはレシーバーを俺に手渡しつつ、車のエンジンをかけて急速発進した。
地面に大きな石があったのか車体が浮いて、また尻を打ち付ける。帰りはよく飛ぶし、跳ねるかもしれないなぁ……。
「飛ばします」
もう飛んでますけど!?
「できるだけ早くお願いします。敵は一体ですが、旧米国の軍事基地を占拠し──サーバーの情報プロテクトを解除。基地内部の核ミサイル情報を奪取しようとしているようです」
聞きなれない単語が聞こえた。かくみさいるとは……?
調が急を要しているのだから、相当に厄介なものなんだろうけど。
「核ミサイルとは、簡単に言えば大量殺戮兵器です。撃たれでもしたら一瞬で小地球を含む周囲を灰塵にきすような代物です。しかも十数年は人の住める土地ではなくなってしまうほどに放射能を放出する、人類が生み出した名実共に最強の兵器。それが核ミサイルです」
「そんなものが現存してるって言うのか!?」
調の言葉通りなら、空食に悪用でもされたら今度こそ人類はおしまいだ。
「空食に対しては核ミサイルの効果が有用ではなかったがために、あらゆる国の軍事基地には核ミサイルが死蔵されているのです。本来なら使用されることはなかったのでしょうけど、空食は核ミサイルの情報を得るために軍事基地の情報プロテクトを次々突破しています」
「残り時間はどのくらいありますか」
樹里さんがハンドルをぎゃりぎゃりと激しく切りながら言った。
そんなに切る必要あるのだろうか。
車が浮く。尻を打ち付ける。
五体満足で帰れるかな。
「樹里さんと大地さんが帰還してから作戦を始める猶予はあるでしょう。ただ……今回は樹里にも出てもらう必要があるかもしれないんです」
「……それほどまでの敵が?」
「先程も言ったように、これまでの空食とは程度が違います──」
通信越しから、調が言い淀むのを感じる。
調は心を決めるような時間を数拍置いて、言った。
「──敵性個体は、蜘蛛型の空食。しかも10年前に東京を襲ったものと同一の波長を持った個体です」
……
…
調の言葉を聞いた途端に無言になってしまった樹里さんは、車のアクセルを踏み込み続けて休憩もなく車を飛ばした。
唇を噛み締めた樹里さんにかける言葉が見つからない俺は、ただ車に乗っていただけだった。
10年前の空食と同一個体ということは、樹里さんがスカイナイトに搭乗できなくなった原因に関わることなんだろう。
小地球に帰還し、車を格納庫に止めた樹里さんは荷台からバックパックを手早く取り出した。
「……急ぐぞ」
それだけ言って、樹里さんは足早に進んでしまう。
気が動転しているわけではないけれど、焦っていることが仕草に現れていた。
落ち着いてと言っても、落ち着いていると返されるだけだろうな……。
格納庫を抜けて、校舎の職員室もとい司令室に向かう。
少し遅れて到着すると、バックパックを降ろして正面の巨大モニターを静かに見つめる樹里さんがいた。
樹里さんの顔色は窺えないが調と空に視線を向けると、ダメだとばかりに首を振る。
モニターに表示された、軍事基地の真上に陣取った蜘蛛型の空食は、微動だにしない。
蜘蛛というものは初めて見たが、細い脚が何本もあって胴体がまん丸で全体としてみれば華奢な印象すらある。
「……あの空食は百合が倒したんじゃなかったのか」
重苦しい雰囲気の中、ようやく樹里さんが一言発した。
「百合が命を賭したはずなのに……! どうしていまになって!」
爪が食い込むほどに、樹里さんが拳を握り込む。
後悔や憤怒が入り混じった姿は、普段の落ち着いた樹里さんからかけ離れたものだった。
調がそっとコンソールを操作した。
映像が切り替わって、蜘蛛型の空食の3Dデータが表示される。
「この蜘蛛型の空食は10年前の個体と波長が一致しています。以前より確実に強い個体であり、力を効率的に制御をするためであろう、球状の心臓が形成されていることも確認されています。樹里には辛いことですが、もうひとつ──」
調はそこまで言って、数拍の時間を置いた。
樹里さんに僅かながら覚悟を決めさせるような時間のあと。
「──スカイナイト0号機の波長パターンも空食内部に確認されています」
樹里さんの身体がぐらっと傾く。
「「樹里さん!」」
俺と空は、頽れる樹里さんを咄嗟に両脇から支えた。
空と頷き合って、力の抜けた樹里さんに肩を貸しながら立ち上がる。
「大地、空、すまない。ありがとう。調さん、つまりそれは……」
「波長からして、スカイナイト0号機の頭部が空食内部にあると思われます。彼らは消化器官を持たない生命体ですから……」
調は、最後に言葉を濁した。
10年前に戦闘中行方不明になった後に頭部が食われたのなら、残る部分がどうなったのか。
現在も百合さんが見つかっていないのだから、語るべくもないことなのかもしれない。
「……本当は百合が帰ってこないことなんて理解していたことだったんだ」
樹里さんはぽつりぽつりと、静かに口を開く。
どろっとして、沈澱してしまっている感情を吐露する。
「いつでも怖かった。直視したくなくて、思い出したくなくて、スカイナイトに乗れなくなってしまった。司令官だなんて取り纏める役目にもなったのに、情けない話だ。でも──」
樹里さんは目線をあげて、蜘蛛型の空食が映るモニターを強く意志の灯った瞳で見た。
「──私は百合から受け継いだものを、仲間に顔向けできないままでは居たくない。まだ1人で立つことのできない私だが、乗り越えるための力を貸してくれ」
自然に空と視線が交差し、2人で頷き合う。
樹里さんは、俺たちの司令官に相応しい人だ。苦しくても足掻いて、前に進もうとしている。
「当然、俺たちは幾らでも力を貸しますよ」
「樹里さんは、ずっと支えてくれました。今度は私たちが下から支えあげますから!」
「ありがとう。君たちのおかげで、責任を持って私は前を向くことができる」
「私もこれまで通りやりますからね? フラガラッハのメンテナンスはいつでも完璧ですから」
調が胸を逸らして、親指を立てながら微笑む。
こんな時でも自信げに、周りを明るくさせる仕草で居てくれる。
「調さんには感謝しっぱなしですよ。今回はその期待に応えられるように頑張りますから」
「はっはっは。俺からも頼んだぜ、樹里」
低音で野太く、しかし穏やかな声に樹里さんが振り向く。
職員室の扉に、頭以外を防護服で覆ったおやっさんがいた。
体付きがふくよかで樽のようなお腹をしているので、防護服がピッチピチである。
ふとしたことで破れたりしないか不安かも。
「軍蔵さん……私、百合の想いに報いるように戦います」
「十分に想いを受け継いでくれてるさ、本当にありがとうな。百合も喜んでるよ」
「いえ──そうですね」
樹里さんは否定しようとして、言葉を飲み込む。
「そう言ってもらえて嬉しいです。ありがとう、ございます」
「こうやって素直に百合の想いを考えるようにできたのも、樹里が先頭で頑張ったおかげなんだよ。もっと早くに言えるようになるべきだったんだろうけどな、もっと自信を持て。お前さんは立派に司令官をやれてる」
「嬉しい言葉です。本当に」
樹里さんが感極まったように、目を伏せた。
「もう! 軍蔵さんは自分の準備ができたからってずんずん言っちゃうんですから! 調さん、準備できましたよ!」
防護服をつけた小波さんが、自動ドアを手動で開け放ったような迫力で現れる。
その時の状態によって開く速度が変わる自動ドア。人の感情を測る装置が搭載されてるのかもしれない。
「ちゃんと着用の仕方は教えただろ」
「それだけでとっとと言っちゃうなんて聞いてませんからね! こんな服着るの、初めてなんですから!」
と言って、小波さんは防護服を手で触りながら最終チェックをしている。
傍目から見ると、当然ながらおやっさんよりスマートで内側から破れそうな気配もない。
「お疲れ様です。小波さん、あんまりぷりぷりしないでお願いします」
「ぷりぷりはしてませんが……樹里ちゃん、大丈夫?」
「ご心配おかけしました。私はもう大丈夫です。みんなが居てくれますから」
樹里さんの晴れ晴れとした微笑みは、不安なんて微塵も感じさせないものだった。
過去に怯えていた彼女は、既にいない。意志の力を持って、俺たちの前で先導し、立ち向かう戦士の姿がある。
「いい顔になったね。私も期待に添えられるようにするから、お互い頑張ろう!」
「はい。お願いします」
樹里さんの物腰に、俺は柔らかさを覚えた。
今までは司令官として肩に力を入れ、強張っていたのかもしれない。百合さんに託された言葉を、ひとりで背負っていたから。
そういったものを共有してくれたから、自分を追い込む気負いが、樹里さんから薄まっている。そんな気がした。
「ふふ、さて時間がないのは変わりないので、作戦を説明します」
「調さん、すみません。私のために時間をとらせて」
そういえば緊急事態なのだった。時間も余っているわけではない。
「必要な時間ですよ──」
調はにっこりと微笑んでから、モニターに真剣な眼差しを向けた。
今回は樹里さんにも出撃を要請するかもしれないらしく、大規模な作戦になりそうだ。
「蜘蛛型の空食は、現在も旧米国軍事基地に陣取り、子機のような役割を持つ小型の蜘蛛を生み出し、核ミサイルを解析しています」
「こちらからは止められませんか」
樹里さんがそう言うと、小波さんがお手上げと言わんばかりに両手を上げて、ふりふりと手首を振った。
「ここからハッキングしたけど、ダメね。物理的に離れたここじゃ。速度の差でハッキングを止められて締め出されちゃった」
速度さえあれば、こちらが勝っていたと言外に示していた。
大波さん、通信を担当しているだけあって機械に強いのかもしれない。知らない一面だ。
「こちらからは打つ手がないということで、軍防と小波さんで軍事基地に突入。基地内部でハッキングを停止してもらいます」
「まず2人を送り届けなきゃいけないですね」
「この任務は空さんにお願いします。アイギスにて両名を運び、アイギスは基地上で不足の事態に備えて待機してもらいます」
「頼んだぜ、空嬢ちゃん」
「お願いね」
おやっさんと大波さんも、危険な場所に出向かなければならないのに冷静だ。
2人の信頼がよく伝わってくる。
「はいっ! 絶対に守ります!」
「となると、アイギスで運ぶ前に基地に陣取る蜘蛛型の空食を誘き出さなければならないな」
「蜘蛛型の空食を誘き寄せるのは、近距離戦に秀でたレーヴァテインにお願いしようと思っています」
残るスカイナイトは、レーヴァテインとフラガラッハ。
フラガラッハの戦闘適正距離はわからないが、レーヴァテインは近距離戦に特化された機体だし、妥当だろう。
「わかった。基地に戻らないように戦えばいいんだな?」
「そうです。万が一、蜘蛛型の空食が基地に戻ってしまった場合はアイギスにフォローしてもらいますが、基本はレーヴァテインで相手をしなければならないと考えてください」
アイギスはあくまで、おやっさんや小波さんを守るために配置するということだろう。
異論はない。
「さて──フラガラッハには」
調が、ちらっと樹里さんを一瞥する。
大丈夫かどうかを、調はその一瞬で問いかけていた。
「大丈夫ですよ。成し遂げます」
「ありがとう。では、フラガラッハは狙撃位置についてもらい、レーヴァテインが誘き出した蜘蛛型の空食を狙撃してもらいます」
「わざわざフラガラッハが狙撃するのか?」
誘き出すのなら、レーヴァテインで倒すのも同じだと思うが。
「蜘蛛型の空食の外面装甲──皮膚は堅牢です。外から判断した数値ではありますが、レーヴァテインのスカイソードでも傷を与えられないでしょう」
「そんなにか」
これまでの空食なら対処できた武器が通じないとは、この空食は規格外の存在なんだな……。
「そんなに、です。なので蜘蛛型の空食の口を、レーヴァテインがどうにかこじ開けて、フラガラッハは狙撃。内部の心臓部に向け、弾を誘導、送り込んでもらいます」
「以前と違い、心臓部が形成されていると言っていましたが……口から侵入させた弾で撃ち抜くと?」
「フラガラッハと樹里ちゃんなら可能ですよ。ね?」
調の声には、樹里さんへの信頼が見えていた。
対象物が大きいとはいえ、口なんて総面積から言えば小さく、しかも狙撃となれば針を通すようなものだろう。
樹里さんはしばらく実戦に出ていないのに、大丈夫だろうか。
しかもレーヴァテインで口をこじ開けろとも言っていたし、なかなか無茶な作戦だ。
成功率は、そう高くないように思えてしまう。
「レーヴァテインで直接口に剣を突き立てるってのは無理なのか?」
調は、ふるふると首を横に振る。
蜘蛛型の空食の断面図が正面モニターに映って、血の巡りのような線が中心部に集まっていた。
あれが心臓部か。
「蜘蛛型の空食の心臓部は、強いエネルギー反応があるので位置は把握済みです。口から剣を入れたところで、届きません。フラガラッハによる狙撃、弾誘導が最も確実です。この個体は以前より遥かに強くなっていますが、強力になったあまり、自らの有り余るエネルギーを制御するための臓器が必要になったことで、内部に弱点ができました。倒せない相手では、決してありません」
調は、力強く断言する。
それは以前に蜘蛛型の空食に敗北した樹里さんを、鼓舞するためなのかもしれなかった。
自分が作戦の成否を決めてしまう。久しぶりの実戦としては、背負わされる役割が重い。
すでに停滞から一歩を踏み出した樹里さんは、淀みなく答えた。
「言ったからには、やりますよ。大地にも大変な役割を押し付けることになるが、頼む」
「果たしてみせます。樹里さんへ繋げられるように」
「ああ。頼んだ」
調は満足したように頷き、モニターに作戦開始までの時刻を大きく表示した。
「樹里ちゃん、頼みます」
深く頷いた樹里さんは、前に出て振り返る。
いつもの威厳ある姿で、響き渡るように。
「作戦開始は1時間後。夕刻の一六○○。各自、準備にかかってくれ!」
『了解!』
……
…
まだ準備が残っているとのことで、おやっさんと小波さんは司令室から出て行った。
2人は基地に入り込むから、見取り図の確認やら入ってからの流れを詰めておく必要があるのだろう。
俺も誘き出せるようにシミュレートしておくべきか。攻撃して誘導するぐらいで、蜘蛛型の空食の出方次第ではあるのだが。
「ふぅ……」
樹里さんは一息ついて、厳しい目つきで正面モニターの蜘蛛型の空食を見つめる。
気を張っているような雰囲気はないけど、久しぶりの出撃で作戦の成否を決める役割だ。樹里さんでも緊張しているのかもしれない。
「樹里さんは、休まないんですか?」
「ん。心臓の位置を確認していた。口から直進しても、この位置に心臓があると当たらないな」
「フラガラッハは、誘導弾が撃てると言ってましたね」
作戦説明中の言葉からするに、間違いないはずだ。
誘導ってことは、標的に命中させられるのだろう。いいなぁ。
「集中する必要はあるがな。フラガラッハの神話兵装が、それを可能にしているらしい」
「神話兵装ですか──色々不思議な力があるんですね、こいつには」
そう言いながら、俺は下ろしたままのバックパックを見つめる。
遺跡の中で残留思念が宿っていたこととか、常識の埒外にあるものなのだ。
神話なんて時代想像もつかないものだから、何があっても不思議ではないだろうけど。
「大地さん、樹里ちゃん、後れましたがアイギス回収任務、お疲れ様でした」
「お疲れ様!」
作戦の細かなことを話していた様子の調と空が、こちらに来る。
そういえば、終わってからすぐに蜘蛛型空食の作戦会議が始まって、報告すらしていなかった。
色々と、調には聞いてみたいこともあるのだが。
「アイギス回収時に、誰かと会いましたか?」
話を振ろうとした矢先に、調は自分で口に出した。
まるで予測していたかのように。
たぶん、知っているんだろうなと思いながら口にする。
「会ったというか、スカイナイトに似たアースナイトって人の意志の宿った喋る機械にアイギスを譲ってもらった」
「……ですか。その人は最期に何か言っていましたか?」
調は、足元のバックパックを一瞥しながら言った。
調はアースナイトにも、人の意志が宿っていることにも反応しない。元からそのような形で存在していたと、知っていた素振りだ。
あの人は、調を仲間だと言っていたな。しかも、言葉からして全幅の信頼を置いているような様子だった。
「俺たちが人類と地球を救えることを祈っている、と」
「ふふ、そうなんですね……」
切なさと嬉しさを感じる複雑な表情で、調がアイギスの入ったバックパックに手を置く。
「調──」
「わかっていますよ」
調は、問いかけを遮り、優しく言った。
「聞きたいことはたくさんあると思います。もう少し、待っていてください。空食から地球を解放したら、私のこと、スカイナイトと……あなたたちが見たアースナイトのこと、すべて明かすことを約束します。いえ──明かさなければならなくなるでしょう」
優しくはあるが、明確に時期を決めている言葉だった。
調は決めたことを曲げないだろう。何かしらの理由があって言えないのなら、待てる。調には信頼があるのだ。
「わかった。信じて待つよ」
樹里さんと空に視線を送る。
2人とも笑みを浮かべながら静かに頷いて、肯定してくれた。
「ありがとうございます」
調は、嬉しげに微笑みながら言った。
……
…
「さて、アイギスを運んでおきます。みなさんは作戦の要。しっかり休憩しておいてくださいね」
よいしょっと言いながら、調が身の丈半分ほどもあるバックパックを背負う。
いまから旅行にでも行くみたいだな……。
「アイギスがどんなものか気になるので、私もついてっていいですか?」
空が手をあげて、調に言った。
自分のスカイナイトの神話兵装なのだから、そりゃ気にもなるか。
「まだ組み込んだりしませんよ?」
言いながら、調はこくんと首を傾げる。
「でも見てみたいじゃないですかー」
「まあいいですけど、楽しくないと思います」
「自分で楽しむので大丈夫です!」
調と空がわいわいと話ながら出て行ってしまう。
なんだか朗らかだ。
「大地、少し付き合ってもらえるか」
少しの間を置いて、樹里さんが言った。
「樹里さんからお誘いって、珍しいですね」
「そうかな……」
樹里さんが反芻するように頭を傾ける。
少なくとも、俺は樹里さんに所用で呼ばれるのは初めてだ。
思えば、樹里さんと心の距離はあったのだろう。
百合さんのこと、スカイナイトのこと、複雑な心境を思えば、距離を置かれていたのも不思議なことではないのだが。
これは知ったから思えたことなんだろうな。
ふと思い至った様子で、樹里さんは自重したような表情を浮かべる。
「そうかもしれないな。私は、スカイナイトと触れる君たちを無意識のうちに遠ざけていたのかもしれない。乗ることができなかった羨望と嫉み──そんなものが心の片隅にあったのかもな」
「嫉みって、自分で言いますか」
おおよそ、良い感情から生まれ出でるものではないなぁ。
しかし、樹里さんは腰に手をあてて満足げに胸を逸らしていた。
なんで……?
「自己分析できるほどに私も自分を見つめられるようになったということさ。で、どうする?」
樹里さんの言葉は、穏やかだった。
断る理由もないし、樹里さんに誘われたらいくしかないだろう。
「いきます」
「ん、ではいこうか」
さっと歩き出す樹里さんは、ここに足を踏み入れた時と違って軽快だった。
……
…
俺と樹里さんは、視聴覚室に訪れていた。
本来は……なんだろう。映画を鑑賞するようなところなんだろうか。視聴だし。
この学校兼基地では、当然ながら部屋の中は映画を観る雰囲気ではなく、簡素な作りのアクリル板で一定間隔に仕切られた射撃訓練場となっていた。
文字から得る内部との温度差が激しすぎる。
「ここで射撃訓練ですか?」
「なんだ、知ってるのか。もう少し驚いてくれると思ったんだがな」
樹里さんは、愉快そうのしながら残念がった。
なんだかお茶目になった気がする。張っていた意識が緩んでいるのだろうか。
こっちのほうがいいな。うん。
「どうして射撃訓練場なんかに? スカイナイトのシミュレーターのほうが適切なんじゃないですか?」
スカイナイトのシミュレーターは、機体を動かしている操縦感覚があって、感を取り戻すならそっちのほうがいい気がする。
樹里さんは、狙撃台に置かれた手袋とゴーグルを自然に装着した。
「狙撃の感は、生身で感じたほうがいいんだ。スカイナイトに搭乗することで感覚は変わるし、機械が制御してくれる部分もあるが、最終的には自分の感がすべてだからな」
「ですか」
「君も狙撃訓練をすればわかるさ」
樹里さんはアクリル板で区切られた横を指し示して、ゴーグルと手袋着用を促してくる。
「レーヴァテインで狙撃することなんてなさそうですけどね」
言いつつもやってみるか、と各種を装着する。
何事もやっておくかぁ。狙撃のイロハも知らないけど。
「勝手を知っておくことは、無駄にはならないさ。息を合わせる上でもな」
「俺が次の作戦で前線に立つから、ですね」
レーヴァテインが前衛、フラガラッハは後衛で狙撃を務めることになる。
俺が空食を止めるにしても、狙撃の知識は持っておくことで連携がとりやすい。
「あまり肩肘を貼らなくていい」
「樹里さんが言いますか」
「貼り続けてきた私だからわかるんだ。まず、弾がどのようにして飛ぶのか、感覚さえ掴んでくれればいい──」
そうして、樹里さんに狙撃の要点を教わるのだった。
指導している時の樹里さんは楽しげで、心が少しでも軽くなればと思うばかりだ。
スカイブレイク・ナイト エルアインス @eruainsu
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