第14話 マルくんと殺害宣告

「黒の言環理師。そう言っていたと?」

「はい」

 それはジョージ・ハクストンが子供たちのもとへ来訪した日より、数日ほど前のこと。

 大きな執務机をはさんで、二人の男がむかい合っていた。

 やり取りされたのは短い言葉。

 だが、その言葉には、直接言い表されたこと以上の意味が込められていた。

 本来であれば、語られた内容は驚愕をもってむかえられるはずのものだ。しかし二人にそこまでおどろいた様子はない。

 ここはグレイブリッツ家の屋敷。その主の執務室。

 現当主ユーリ・グレイブリッツと、むかい合っているのはカリウス。

 二人の間にはかねてから、暗黙のうちに共有している推測事項があった。

 独断で暴走し、ロイとアリスを手にかけたアレニウスが、それでも自分の行動に正当性を認めさせることができると考えていたはずだ、ということ。

 確かに協調性に欠けるきらいがあり、派閥の中では一匹狼だったアレニウスだが、主の意向を一切無視するようなことはなかった。何か寄る辺があったはず。

 ハービル修道院派の白の言環理師メイは、護衛と共に辺境の街に隠遁している。もといた修道院併設の孤児院を争い事から守ろう、という意図はわかる。

 だが、そこまでして白の言環理師を手放さない、修道院長ジョージ・ハクストンの意図はわからない。

 そのころすでに、自派閥にむかえ入れたいという、いくつもの申し入れがあったのだ。それに応えればすむはずなのに、わざわざ人手を割いて抱え込む。その態度は様々な憶測を生んでいたが、どれも決定打に欠け、真相は藪の中。

 そしてその護衛は少数だが力は確かで、正面から事を起こすのをためらわせるには十分だった。

 ジョージ・ハクストンの真意がわからないこと、白の言環理師をむかえ入れたい勢力が多くあることなどの条件も重なり、そこには膠着状態が生まれていた。

 そこでアレニウスは独断で、護衛の言環理師ロイを手にかけた。ロイはその名を知られた赤の言環理師で、グレイブリッツ派の中では相当の手練れであるアレニウスでもかなわないと思われていたのだが、計略を持って打ち倒した。

 領袖のユーリの許可も得ず、一つまちがえば派閥の不利を招く独断専行。

 だからこそ計算高いアレニウスが、勝算もなく行動に移ったとは思えない。

 そのような行為が不問になるほどの、大きな秘密をかぎつけていたはずだ。そして、白の言環理師の存在よりもさらに大きなものといえば、その候補は限られる。

 そのうちの一つが、黒の言環理師だった。

 二人は内心、その可能性があるとふんでいたのだ。それが暗黙の推測。言葉にして語り合ったことはないが、おたがいがそれを考えていることはわかり合っていた。

 今、カリウスが報告に来たのは、その疑いが的を得ていたということ。

 秘密主義を貫き計画を進めていたアレニウスだったが、その肥大した自意識と独善的な気質は、自分の抱えた秘密を完璧に秘匿しておくにはむいていなかった。深酒にはまった時、思わずぽろりとこぼしていたのを聞き覚えていた人間がいたのだ。

 カリウスは調査の中でその情報にたどり着いた。聞いた人間はアレニウスの日頃の行いから、酔った時の冗談としてとらえていた。

 それだけ荒唐無稽な話だからだが。

「その酒場で一言もらした以外に、何か証拠はあったのか」

「いいえ、直接的なものは他には……。ただ、外部の情報屋などとのやり取りを確認すると、黒の言環理師の存在に、かなりの確信を持っていたであろうことがうかがえます」

「お前はどう思う」

「黒の言環理師は最近かの地にむかえ入れられた、ロイとアリスの息子マルトだと思われます。私は両親をよく知っています。二人が別れ、アリスが姿を見せなくなったことは疑問でした。それに気づいたアレニウスは真実にたどり着き、ロイ、アリスを手にかけたのでしょう」

「なるほどな……」

 ユーリは考え込んだ。これは一番事態を複雑にすると恐れていたことだった。

 ジョージ・ハクストンの不可解な行動。各勢力から寄付をつのる修道院の立場からして、今までは育てた言環理師は各派閥のバランスを見ながら就職させている。そういう点では白の言環理師メイの一番有力な預け先は王宮騎士団だと考えられた。騎士団もそれを欲し、幾度となく申し入れを行っている。

 しかしジョージ・ハクストンはなぜか色々と言い訳をつけながら、ここまで承諾してこなかった。さらに辺境に強力な護衛をつけて隠遁させたのは、周りから見れば王宮騎士団に歯向かうような奇異な行いだ。

 ここに黒の言環理師も加わるとなれば、事態はますます複雑になる。

 グレイブリッツ家として一番望まないのは、ハービル修道院そのものが力を持ち、それを行使する事態である。

 白の言環理師の隠遁の時点でも、ジョージ・ハクストンが権勢を求めているのではないかという声がちらほらとあった。本人の性格、言動はそのような野望とかけはなれていたので、その声は主流にはならなかったが、だがもし同時に黒の言環理師まで擁するとなれば別だ。戦力バランスが一気にハービル修道院へとかたむき、その疑いに信憑性が増す。

 同じく白の言環理師サアラ・グレイブリッツを擁している身としては、今までの三すくみならまだしも、一気に権力を掌握されるわけにはいかない。

 ユーリはじっと、腹心の部下カリウスを見つめる。

 心のない戦闘機械とよく評されるこの部下は、自分の出身の孤児院が権勢を求める状況になっても信頼することができるのか。

 カリウスへの問いにはその部分もふくまれている。ユーリはうなずいて、寡黙な部下に先をうながした。

「マルトが生まれたころにはすでに私はこちらにお世話になっていたので、くわしい情報を持ち合わせていませんが、年齢から常識的に考えて、その素質を伸ばし切り強大な戦闘力を持つのは、まだ先ではないかと思われます。これは白の言環理師メイについても同様です」

 ここまでは、カリウスの言う通り常識の範疇。その先の評価が聞きたい。

「ですが逆に言えば、二人が育ち切ってしまい、その素質を開花させてしまえば、戦力的にはハービル修道院が圧倒する状態になるでしょう」

「それだけの素質を持つと?」

「白の言環理師についてはわかりません。ですが、黒の言環理師の両親はあの二人です」

「……ふむ」

 カリウスの言いたいことはわかる。優秀な言環理師の両親からは、優秀な子供が生まれることが多い。

 父親のロイは、カリウスと共に派閥間で争奪戦の起きた才能だった。戦力の少ないハービル修道院派に手出しをするのがためらわれたのは、当代随一の彼の火力を恐れてのことだ。

 母親はすぐに息子と隠遁し、表舞台では名は知られていないが、カリウスの口ぶりからすると、若いころからかなり優秀だったのだろう。実際、グレイブリッツすべての配下の中でも有力な言環理師、アレニウスと刺し違えたのだ。

 その二人の子供だ。確かに油断はできない。

「今後については?」

「今までは白の言環理師が三人ということで動きが取れずにきました。ですがそのバランスが黒の言環理師の存在によってくずれた。三すくみでにらみ合いをしていればしているほど、未来は我々の不利となるでしょう」

 動くなら今しかないと、カリウスはためらいなく告げた。

 ユーリはその瞳をじっと見つめる。

 情を持たないと思われているこの部下の真意を読み解くことは、本当に難しい。ただ、育った孤児院に対して過剰な思いを抱いてはいないようだ。

 今動くという言葉の中には、妹弟たちの身に害がおよぶ可能性がふくまれている。

 一番いいのはおさない子供二人の身柄をこちらで抱えてしまうこと。グレイブリッツ家に従うように育てれば、この国の覇権を確たるものとすることができる。

 だがそれは難しいだろうということも、ユーリにはわかっている。

 すでにこちらは相手を殺めている。黒の言環理師の両親。他の者とも家族同然に暮らしていたという。協力的な姿勢は望み薄だ。

 となれば、まだ戦力が大きく育ち切っていない今、排除してしまうことを視野に入れなくてはいけない。

 それについてカリウスには、ためらいがないように見える。

 ユーリは決断した。

「ではその通り動くとしようか。戦力を集める。お前にも働いてもらうぞ」

「御意のままに」

 カリウスは頭を下げた。

 その表情は、やはり変わらぬままだった。


「ほっほーう! 黒の言環理師たあ、面白いことになってきやがったぜ」

 ロードフォートの屋敷にその情報が届いたのは、グレイブリッツに遅れること数日後。

 その知らせを聞いたエイバル・ロジェスはニヤリと笑った。口元から見える八重歯は、まるで獰猛で狡猾な肉食獣の牙のよう。彼自身の性格も、その風貌に似合ったものだ。

「いいぜ、いいぜえ。そういう、場を混乱させる駒が出てくるなあ大歓迎だぜ。そうなれば、俺の勝ちの目も増えるってもんだ」

 エイバル・ロジェスは戦災孤児である。気に入らない孤児院をぬけ出し、薄暗い街の片隅で生き延びてきた。その出自が彼の思考形成に大きく影響している。

 戦力的にロードフォートは、王宮騎士団にもグレイブリッツにも到底かなわない。

 だが生まれた時から弱者の立場で生きてきたこの男にとって、そんなことは問題ではない。確かに、自分を白の言環理師と見ぬいてこの家に招いたにもかかわらず、派閥の長老たちが権力争いに今一つおよび腰なのには辟易としているが、それで戦意がそがれることはない。真っ向勝負でかなわないのであれば、策を練ればいいだけである。

 この三すくみの状況の中でも、エイバル・ロジェスは打てる策を打ってきた。

 相手を出しぬくためには、情報が必要だ。そしてエイバルは、何かが起きていそうだということをかぎつける嗅覚に優れていた。うすのろでは戦後のすさんだスラム街で生き延びることはできない。その嗅覚をたよりに、他の派閥に比べ少ないリソースを集中させる。人の裏黒い側面をよく知るエイバルは、街のどこに情報が転がっているかを熟知していた。

 グレイブリッツの中で何かが起きていることは、以前からかぎつけていた。探りを入れていくと、領主ユーリ・グレイブリッツの指示を聞かずに独断専行した男がいること、部下にその男の足取りを追わせているということがわかった。そのままグレイブリッツの城下町に情報提供者の網をめぐらせ、探りを入れ続けてきたのである。

 カリウスが調べた酒場での一件は、当然店の者も周囲のテーブルの人間も聞いている。それを探り当てたのだ。

「単なる与太話かと思っていたが、グレイブリッツは遠征団を組もうとしてるらしいじゃねえか。そういうのは街の商売にすぐ影響が出るから、かくすことはできねえんだよな。これだけ大がかりとなると、どうやらこいつは本物だ。面白いことになりそうだな」

 文字通り、舌なめずりをする。その表情はまさに肉食獣。

 よく誤解されるのだが、エイバル・ロジェスにはふつうの意味での権力志向はない。ただ、目の前にぶら下げられた餌があれば、それを手に入れる。おさないころからそうして生きてきた。そういう行動原理も動物的だ。

 自分が白の言環理師であるから、それで取れるだけ取る。自分の力でロードフォートが権力をうばう可能性があるから、取れるだけ取る。ある意味とても単純なのである。

 だからその障害の排除についても、単純に考えている。邪魔なものがあれば、まず直接排除できるか考える。だめなら知恵をめぐらせ迂回する。それだけだ。

 おさない白と黒の言環理師二人は、エイバルにとってはただ力の弱い獲物に過ぎない。命をうばうことになるとしても、まったくためらうことはない。

「ただ、まあなあ」

 髪をガシガシとかきむしり、エイバルは頭を振る。

 そうシンプルに生きているからこそ、リスクの計算について真摯であった。

「やつらが三つ巴になって争い、戦力がけずれたところで一気に全員ぶっ殺しちまうのが一番なんだが、タイミングを見計らったとしても、うちの戦力じゃどうも心もとないよなあ」

 あくまで問題は、失敗するリスク。おさない子供の命など、歯牙にかける様子もなく、エイバル・ロジェスは策をめぐらせるのであった。


「黒の言環理師だと?」

 王宮の執務室。机の上に置いた小さな連絡水晶を使っていたグレン・ファレルの声は、動揺をかくしきれていなかった。

「グレイブリッツはそれをどうするつもりなのだ。……それでも大戦力を用意しようとしているのだな。……細かい計画まではわからないのか。わかった、ご苦労。引き続き連絡を待つ」

 報告していた男の姿が連絡水晶の上から消えると、グレンはそれを懐にしまった。

 立ち上がり、うろうろと部屋の中を歩きだす。爪をかみながらぶつぶつと小声で独り言をつぶやく。

「ここにおよんで黒の言環理師……。ジョージめ、さては最初からこれをかくしていたのか……」

 グレイブリッツの屋敷でユーリとカリウスが密談をしていた、その数日後。

 エイバル・ロジェスとほぼ同じタイミングで、グレイブリッツ陣営にひそませたスパイからの連絡を受けた、王宮騎士団の長にしてこの国のすべての言環理師の頂点に立つ、灰の言環理師グレン・ファレル。その内心は大きくざわめき、疑心暗鬼に満ちていた。

「ジョージめ……。そんな戦力をかくし持っていたのであれば、度重なる王宮騎士団の白の言環理師むかえ入れの要望に応えなかったのがわかるというものだ。その存在でもって、この国の権力を簒奪しようというのか……」

 グレン・ファレルの思考はある一定の方向にむかって進んでいる。それはいわゆる「投影」というものだ。

 若いころから権力志向があり、言環理の才能にめぐまれていたグレン・ファレル。数々の権謀術数をめぐらしこの地位を得た。自分がそうであるからこそ、相手もそうであろうという考えになびいてしまうのだ。

 その権力欲によりきたない仕事にも手を染めて、闇に葬り去った事件は数知れず。それは彼にとっては当然のこと。

 当然過ぎてその悪どさを意識できないので、それをかぎつけたジョージ・ハクストンが、まだおさなく自分の身を守れない白の言環理師メイを、グレンの手の届くところに送ろうとしなかったのだ、という事の真相には気がつかない。己の悪事を知るグレンだけが、他の者には謎めいて見えるジョージの真意に手が届くのに、そちらに思考がむくことはない。

 そして道を外れた思考に、さらなる重大情報が届けられたのだ。グレイブリッツが大軍を集めているという。あの青二才め、いったい何を仕掛けようというのか。受けた報告の真意を探ろうとする。

「正面からハービル修道院派に勝負をいどむ……。いや、それでは自分の派閥の貴重な戦力もけずられる。その後のロードフォートや王宮騎士団との争いに支障をきたすだろう。ならばなぜあれほどの大軍を用意しているのか……。大兵力でもって威圧し、ジョージに譲歩をせまるつもりか。白と黒の言環理師を自分の派閥に招き入れる……? いや、だめだ。そんなことはさせてはいけない。それではグレイブリッツが一気にこの国の勢力争いの覇権をにぎってしまう」

 事態の急変に悩むグレン・ファレルには、一つ大きな問題があった。

 白の言環理師を、自身の属する王宮騎士団にむかえ入れるわけにはいかないのだ。

 王宮騎士団自体はグレイブリッツ、ロードフォートそれぞれの派閥に白の言環理師がいるのだから、自分たちにも欲しいと思っている。

 そしてそうなったとき、自然と騎士団の中ではその子を団長に担ぎ出す気運が生まれるだろう。当たり前だ。白の言環理師である。まがいものの灰の言環理師で我慢している必要がなくなるのだから。

 メイをむかえ入れると、グレンが用済みになってしまうのである。

 強い権力欲を持つグレンには、そんなことは我慢できない。

 彼の望みは白の言環理師の抹殺。

 白の言環理師メイがまだおさないというのを口実として、ジョージは王宮騎士団に彼女をわたそうとしていない。そしてそれと同様の理由から、三人いる白の言環理師のうち、だれが言環理師の頂点に立つべきかという問題も先送りされている。

 この猶予期間のうちに、グレンは他の三人のライバルを排除しなければならないのだ。

 しかし王宮騎士団の戦力を使うことはできない。このような個人的な理由により、おさない少女の抹殺をたくらんでいるなどと知れようものなら、むしろグレン自身が騎士団から追放されてしまうかもしれない。

 彼自身の性格から、グレンの人望はかんばしくない。それもメイをむかえ入れてトップを交代させたいという、多くの団員の願いの元になってしまっている。

 グレンは十分それをわかっているので、騎士団の外に自分の使えるネットワークを作り上げていた。そうしてグレイブリッツ、ロードフォートの情報を探っていたのだった。

 だがそのため、自分の手元の自由に使える戦力はどうしてもとぼしい。強力な言環理師が護衛についている、おさない白と黒の言環理師の抹殺は非常に困難だ。

 それでもますますグレンの思考は先鋭化していく。

「殺すしかない……殺すしかないのだ……」

 爪どころか自分の指先までも食いちぎる。血がしたたっていることにも気づかず、グレンはぶつぶつとつぶやき続けていた。


 同時刻、グレン・ファレルに殺すしかないと宣告された少年マルトは、そのグレン・ファレルと同じように、大きく動揺していた。

 自分が黒の言環理師だった。

 その事実についてではない。

 マルトは言環理師の世界の事情にうとい。白の言環理師についてでさえ、ついさっき知ったのだ。黒の言環理師なんて聞いたこともない。

 アリスは我が子をその情報から遠ざけるように気を配っていた。マルトには知りようがなかったのだ。

 だが、黒の言環理師について知らなくても、マルトを囲む人たちの様子を見れば、多少なりとも見当はつく。

 さっきまで優しかった院長先生の、厳しい眼差し。

 ナーナ、マイラ、サキの、心配そうな顔。

 そしてメイの、おびえた表情。

 特にメイだ。マルトを見る目付きは、今まで知らないもの。恐怖の色が、その瞳に浮かんでいる。

 マルトは生まれてこれまで、人からそんな視線をむけられたことがなかった。メイの恐怖が、自分にも伝染するような気がした。黒という色がよくないものなのだと、これ以上なく思い知らされた。

 ジョージが言葉を継いだ。

「黒の言環理師は、伝説の中の存在だ。実際に乱世を引き起こすのかどうかも、伝承でしかない。ただ、その色のイメージもあって、世の言環理師から喜んで受け入れてはもらえないことは確かだ。もっと積極的に、その存在を亡き者にしようとする者もいるだろう」

「亡き者って……殺されちゃうってこと?」

 マルトの問いに、ジョージは静かにうなずいた。マルトは胃袋をぎゅうっとつかまれたような気分になった。初めての体験だ。当たり前だ。小さな男の子が名指しで殺意をむけられることなど、そうはない。

 血の気が引き、真っ青になったマルトの様子に、マイラがたまらず口をはさんだ。

「大丈夫だよ、マルくん! そんなことはさせないよ! だから私たちがいるんだから! ロイ兄さんだって、アリス姉さんだって、マルくんを守るために……」

 サキが眉根を寄せて、きゅっとマイラの裾を引く。その合図で、マイラはあわてた自分が口をすべらせたことに気づいた。

 それは落ち着いて考えれば、いつかはマルトが自分で気がつくことかもしれない。

 だが、今、無防備な状態で気づかせてはいけないことだった。

 マルトの目に、見る間に涙がたまり、あふれだした。

「もしかして、お父さんとお母さんが死んじゃったのは、ぼくのせいなの……?」

 みんな言葉がかけられない。何と言っていいか、わからない。

 その無言の肯定とも取れる沈黙に、マルトは身をひるがえした。

「あっ、マルくん、待って……!」

 部屋を飛び出したマルトを、みんなが追う。マルトは二階の自分の部屋にもどり、扉の鍵をかけた。

「待って、マルくん、ちがうの! 今のは……」

 追いすがる声を振りはらうように、マルトはベッドに身を投げた。そしてわあわあと大きな声をあげ、枕に顔をうずめて涙を流した。

 自分のせいで、二人は死んでしまった。

 自分の中に眠る黒の言環理が、大好きなお母さんを失ってしまった原因だったのだ。

「お母さん……! お母さん……! お母さん……! おかあさ……」

 その悲痛な泣き声に、扉の外のみんなは再び、かける言葉を失った。

 ただ立ちつくし、扉を通して廊下にもしみだすマルトの悲しみを感じることしか、できなかった。


〈続く〉

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マルくんのおことわり かわせひろし @kawasehiroshi

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