俺は彼女と始めたい
「はあああぁぁぁーーーーーーーー」
ベッドに寝転がりながら、うめき声のようなため息を吐きだした。本日五回目だ。いちいちため息吐いた数を数えてるとか女々しすぎるが、それぐらいしかすることがないのだから仕方がない。近くに置いてある時計をちらっと見ると、時刻はまだ五時にもなっていなかった。彼女との約束の時間は六時なので、まだあと一時間以上の時間があるのだ。時間の流れが今日はゆっくり過ぎる。
寝返りをうち、スマホを起動する。LINEを開き、彼女とのトーク画面を見るとさっきまで打ち込んでいた文章がまだ残っていた。さっきから、同じような文章を打ち込んでは消しての繰り返しだ。乙女か。くだらないと思いながら、スマホをベッドの端に置く。
ああ本当に、今日はどうしてこうも一秒一秒が長いのだろうか。いつもはむしろ足りないくらいなのに、こういう日に限って有り余ってるなんて。
胸の中にわだかまるモヤモヤとした感情を発散したくて、強くベッドを叩くと安物なので反発し、その勢いによって端に置いていたスマホが床に落ちてしまった。明るく輝く画面の中にまだ消していなかった文章が見えた。
「約束の時間、ちょっと早めない?」
約束の時間はそもそも俺が言い出したことだった。それを当日急に変えるのは人間として申し訳ないし、彼女が浴衣を着けてくるのならその準備も色々と必要だろう。六時に合わせて予定を立てているのに、それを俺の都合で変えるわけにはいかない。
あと何より大事なこととして、そういうことを言う男は女々しい気がする。どうせなら、男らしくいたいところだ。その方が彼女の好みだろうし。
とは言ったものの、待ち遠しいのは変えられない事実で、正直今もそわそわして落ち着かない。ゲームも手につかないし、マンガも楽しめない。時計を見て、ため息をつき、LINEを開き、また時計を見る。ずっとこれを繰り返している。なんて阿呆らしいのだろう。
彼女は一体、どんな浴衣を着けてくるのだろうか。彼女の艶やかで長い黒髪はどんな衣装にも映えそうで、今から楽しみで仕方がないのだ。考えると興奮したのか、やたら手汗かいてきた。
やはり第一声は「可愛いね」だろうか。それとも「似合ってるね」とかか。もっと気の利いた台詞も考えておくべきか。「君という花は夏の情熱と輝きを余すことなく取り込んだほどに煌めいている」とか。…流石にこれはないな。
彼女に会った時のことを、今日の夏祭りのことを考える。考えて、考えて、考えて、考える。一時間に引き伸ばされたような一分のうちに、出来るだけたくさんのことを考えると、脳内が彼女の姿で徐々に埋まっていって、心が幸せで満ちていく。客観的に見ると気持ち悪い奴だ。引くほどゾッコンだ。
じれったいとは思うけど、それもまた彼女への愛を深めるのに必要な過程だと思いぐっと堪える。今言えない分、祭りのときに沢山伝えよう。
ああ、全く本当に
早く彼女との夏祭りを始めたい。
なつをまつ 宮蛍 @ff15
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます