なつをまつ

宮蛍

私は彼と始めたい

 道を行く人々の喧騒、はしゃぐ子供たちの甲高い笑い声、ワイワイガヤガヤと賑わう音が私の耳に張り付いてくる。けど実際のところ、私がちゃんと聞き取れていたのは、二つの音だけだった。

 一つは時計の秒針の音。

 そしてもう一つは、自分の心臓の音。

 ドキドキと強く脈打つ鼓動の音は、チクタクと正確に時を刻む針の音にリズムを合わせるように、休むことなく鳴り続ける。その音が聞こえるたびに、私の身体に血が巡っているのだと自覚して、体温が上がった。意識したからか、手汗とかすごいかいてしまう。

 俯けていた顔を上げ、周囲に視線を飛ばしてみると、色とりどりの浴衣を着けた女の子たちと、Tシャツにジーパンという格好の男の子たちが写る。私もまた、傍から見ればその内の一人にすぎないのだろうと考えると、頑張って着付けてきたこの浴衣も大したものじゃないように思えて、ため息が出た。

 彼は、この浴衣を褒めてくれるのだろうか。「可愛い」って言ってくれるのだろうか。

 「遅い…」

 今日は地元では有名な夏祭りの日だった。そして私は、彼とここで六時に待ち合わせをしたのだ。時計が示している時刻は五時過ぎなので、彼に一切の非はないのだが、それでもどうしても恨み言が出てしまう。我ながら器の小さい女だ。

 けど、私にだって一応言い分はある。

 今日の約束をした日、私が浴衣を着ていくと言ったら、彼はとても楽しそうに、楽しみそうに笑っていたのだ。そして期待するような「お前の浴衣姿、楽しみだな」と言っていたのだ。

 そんなこと言われてしまえば、張り切りたくなるのもしょうがないじゃないか。彼とは初めての夏祭りデートなのだから、盛り上がってしまうのも仕方がないじゃないか。

 携帯を取り出し、LINEを開く。彼とのトーク履歴を遡りながら、文字を打ち込んでいく。

 「約束の時間、ちょっと早めない?」

 打ってから、ため息を吐いてすぐに消した。こんなこと言ったら、面倒くさい女だと思われてしまう。

 自分でも、自分勝手だと思うのだから。

 いまだに傾き切らない太陽の白光が差し込み、その眩しさに目を閉じると、瞼に焼き付いた像が見える。その姿が、どことなく彼に似ているように思った。

 「……会いたいな………」

 気づけば声が、彼への思いと共にポツリと漏れていた。でもそう言ったからって、彼がこの場に早く来てくれるわけではない。

 伝えたい思いは伝えないまま、私は彼が来るのを待つ。いつもよりスローモーに動く時計の針をじっと眺めながら、一秒が流れていくのを待ち続ける。その間も彼への思いは募りつづけて、会いたいという気持ちが胸の中で飽和していく。

 ああ、全く本当に

 早く彼との夏祭りを始めたい。

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