第14話 悲しみと怒りと
スローモーションを見ているようだった。
倒れる直前、風間の虚ろな目が理恵をとらえた。
『逃げろ、坂本』
そして、両目を閉じると、風間天はカミナリに打たれた巨木のように、地面に突っ伏した。
その様子を見た松本は、地面に落ちていた木の葉を拾うと、刀にべっとりとついた血を拭いた。
理恵はあまりのショックで身体が硬直し、声も出すことができない状態であった。
振り向いた松本と目があう。
松本は、勝利を喜ぶというよりは、何か大事なものを失ったかのうな寂しげな顔をしていた。目が少し潤んでいるような気もした。
松本がこちらに向かってくる。
理恵は緊張した。
松本の手にはまだ刀が握られている。
後方には、鳥居の手前でピクリとも動かない風間の姿が見えた。
そのとき、理恵の心の中で怒りが沸々と湧き上がった。
理恵は、
「この人でなし!」
と叫ぶと、持っていた下駄を投げつけた。
下駄は松本の胸のあたりに命中した。
松本は地面に落ちた下駄に視線を落としたが、前を向くと、再び歩き始めた。
松本が僅か2メートルほどの距離まで迫っていた。
理恵は死を覚悟し、両目を閉じた。
しかし、松本はすれ違いざまに、
「急所は外した。すぐに手当てをすれば助かるはずだ」
と理恵に告げると、そのまま漆黒の闇に消えていった。
松本の姿はもう見えなくなったことを確認した後、理恵は倒れた風間のもとに駆け寄った。
理恵が駆け付けたとき、仰向けで倒れていた風間は虫の息だった。
焦った理恵は携帯電話を取り出し、救急車を呼ぼうとした。
すると、
「やめろ」
と風間が声を振り絞るようにいった。
「だ、だって」
理恵が反論しかけると、風間は倒れたまま右手で糺の森の方角を指さした。
風間が指さした方を目を凝らして見ていると、聞き覚えのある重低音の唸り声とともに、草木を踏みしめる音が近づいてくる。
鞍馬で見た、あの巨大な虎であった。しかも、今回は2頭いる。
1頭の虎の背には、腰に刀を差した喜三郎が乗っていた。
虎は風間に近づくと、風間の横顔をぺろぺろと舐めた。
虎の背から降りた喜三郎は、無言で風間の左腕を自分の首に回すと、理恵を見た。
「おい、手伝わんか」
理恵は慌てて風間の右腕を首に回すと、喜三郎と息を揃えて風間を立たせた。
風間の右肩から腹部にかけて斜めに大きな傷があり、浴衣の上からでもはっきり分かる程おびただしい量の血が流れている。
風間が立ったことを確認すると、喜三郎を乗せていた虎は足を曲げ、腹を地面につけた。
風間は片足をあげ、虎にまたがると、その大きな背中にもたれかかった。
その後ろに喜三郎が乗り、
「いくぞ。お主も乗るのじゃ」
と理恵に命じた。
理恵は固まった。
もう1頭の虎が近づいてくる。
『く、食われる』
虎の鼻息が感じられる距離に近づいたとき、理恵は失神した。
気づいたとき、理恵はベッドで寝かされていた。
横を見ると、風間もまた別のベッドで静かに寝ていた。
鞍馬の暗殺者 Karasumaru @kennyblink360
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。鞍馬の暗殺者の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます