第13話 鳥居前

理恵が糺の森の入り口に着いたとき、風間の姿は既に見えなくなっていた。


理恵は迷った。


風間を追いかけるべきか、帰るべきか。


風間の様子は明らかにおかしかった。


一緒に宵山を楽しんでいたと思ったら、急に緊張の面持ちで先に帰ると告げたのだ。


風間が誰かと連絡を取った形跡はない。


『急に私といるのが嫌になったのかな。いや、そんなことはない。風間君は、確かに楽しんでいた。それならなぜ』

理恵は疑心暗鬼に陥った。


理恵に別れを告げたとき、風間の顔には、ある種の焦燥感が漂っていた気がした。


理恵は先ほど四条通りで風間と自撮りした写真を携帯電話の画面に表示させた。


満面の笑みの理恵と苦笑する風間天。


「風間君・・・」


理恵が小さな声で呟いたとき、森の奥の方から断末魔のような叫び声が聞こえてきた。


理恵は迷いを捨て、糺の森に向かって走り始めた。


しばらく走ると、理恵は何かに躓き、転びそうになった。


「何なのよ!」

理恵が後ろを振り返ると、そこには全身黒尽くめの忍装束姿の男が倒れていた。


「きゃーー!」

理恵は思わず叫び声をあげた。


そして、ある考えが脳裏に浮かんだ。


『まさか、風間君・・・』

理恵は恐る恐る倒れている忍の男に近づいた。


男は顔をしかめ、肩のあたりを手で押さえている。


丸顔に無精ひげを蓄えたその顔は風間天のものではなかった。

「よかった」

理恵が思わず漏らした無神経な一言に男が反応した。

「よ、よかったって、あんた、ひでえな」

「ごめんなさい。私の知り合いかと思ったんです」

理恵は素直に謝り、

「救急車を呼びましょうか?」

とつけ加えた。


そのとき、前方から砂利を踏みしめる音が聞こえてきた。


4人の忍装束の男がこちらに向かってくる。全員がそれぞれ何かしらの怪我をしているようだ。ある者は腰を押さえ、ある者は手首をさすっていた。

「救急車はいらない。俺たちがこいつを運ぶから大丈夫だ」

「何があったんですか?」

理恵はリーダー格と思われる男に尋ねた。

男はしばらく考えを巡らせたが、

「分からない」

と首を横に振った。

「さっきまで松本さんと宵山を楽しんでいたんだが、気づいたら、こんな衣装を着て、しかも若い男と真剣で戦っていたんだ」

『風間君だ』

理恵は直感でそう思った。

そして、松本というのは、俳優であり、風間の実の父の松本隆二のはずであった。


理恵は嫌な予感に襲われた。

そこで、思い切って尋ねてみた。

「それで、その若い男は今どこに?」

男は自分たちが来た方角を指差し、

「たぶん、松本さんと神社の鳥居の前で斬り合ってるよ」

といった。


理恵は再び走り出した。その瞬間、左足の下駄の鼻緒が切れてしまった。


理恵は両足の下駄を脱ぐと、右手で拾い上げ、走り始めた。


足の裏が痛かったが、そんなことに構っている余裕はなかった。


30メートルほど進むと、朱色の鳥居が見えてきた。


下鴨神社こと、賀茂御祖神社の鳥居だ。


そして、その鳥居の前では、二人の長身の男が真剣で斬り合っていた。


『風間君』

理恵は全力で走った。


10メートル程の距離に近づいたとき、風間が長い腕を活かし、刀を突き出している姿がはっきりと視界に入った。


刀が相手の懐に吸い込まれていく。


しかし、無情にも風間が放った突きの一手は届かなかった。


風間は慌てて伸びた両腕を戻そうとした。


その動きに合わせて相手の剣士が、刀を高く振り上げる。


『やめて!』

理恵は思わず叫んだ。


その瞬間、男の動きが止まったかと思ったが、男はすぐさま刀を振り下ろした。


風間は男の袈裟切りを右肩からもろに浴びた。


理恵のいる場所からでも、風間の肩のあたりから血しぶきが飛ぶのが分かった。


風間の手から刀が落ちる。


そして、風間は膝から崩れ落ちるように前方に倒れた。








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