妻の日記(おもいで)

ことのは もも

妻の日記(おもいで)

 六十三歳で逝ってしまった妻が夢の中に出てきた。

 何でもマメに書き留める癖があったが、結婚した頃から書き留めていた日記があるので探して欲しいと言う。


 四十九日を無事に済ませ、ホッと一息ついた頃だったのでお礼も兼ねて会いに来てくれたのか?

 そんなことをうつらうつらと考えていたら、目が覚めた。


 遺品にはまだ殆ど手を付けてなかったので、これは良い機会だと他見に嫁いでいる娘も呼んで、二人で片付けをすることにした。


 だが家計簿をしまっていたリビングの引き出しにも、洋服ダンスにも整理ダンスにもそれらしき物が見当たらない。

 一息つこうと娘がお茶を淹れるためキッチンへ向かうと、

「ママの結婚指輪を見つけたよ!」と弾んだ声で言った。

 そういえばずっとつけていたものだが、最期に入院するときに外していたのだろう。

「あぁ、ここにあったのか」

 指輪は調味料入れの棚の上の隅にちょこんと置かれていた。


 妻の指輪には小粒のダイヤが埋め込まれているのだが、それが当時と変わらぬ程輝いている。

「そう言えば、指輪はママが希望するものを選んだんだけど、ダイヤには拘っていたなぁ」


「えー?どういうこと!?」

 娘がその秘密を早く知りたいと、キッチンのテーブルを軽くトントンと叩いた。


 娘が指輪を間近で興味津々と眺める。

 そして次に俺が手にした刹那、ふぅ……と安心したように息をして、俺のはめている指輪とくっついてキスをした……ように見えた。


『あなたへ。そしてユイへ』


 妻の声がふと聞こえてきた次の瞬間、ダイヤの部分が映写機のように光を放ち、リビングの壁にメッセージを映し出した。


 よく見ると特殊な細工が施してあり、指輪の内側には回るダイヤルが埋め込まれていた。

 今まで気が付かなかった!


 俺は急いでその指輪を動かぬよう丁寧に固定した。


「この日記は長いので時間のある時に適当に見てください。でも一番見て欲しいのは、あなたとの結婚式の時の私なの(笑)」

 すこし照れた声が聞こえてきた。


 妻は結婚生活で楽しかったこと俺とケンカをしたこと、子育ての様子、猫を飼ったこと、パートの仕事のこと、娘の進学から結婚、俺が退職した日のこと、そして繰り返した入退院のことまで事細かに書いているようで膨大な日付とタイトルが表示された。


「じゃあママが一番見て欲しいと言ってる、結婚式の時のを先ずは見ようか?」

 娘は賛成した。

「俺たちの時代は、まだビデオがそんなに普及してなくてな。だから写真しか残ってないんだよ。それは見たことあるだろ?」

「うんうん」娘は頷く。


 ”カチリ” 結婚式の日付に合わせた。


 すると、ウエディングドレスを纏い全ての仕度が終わり、俺が部屋に入ってくる場面から始まった。

 これは妻があの日に見た光景だ──。


「お母さん綺麗……」


 あぁ、なんて輝きに満ちてるんだろう……。

 あの日の記憶が鮮明に甦ってきた。


 式は大きなトラブルもなく滞りなく進み、そして両親に感謝の手紙を読んで花束を渡している。

 その花束を抱えている妻の手が震え、感動で大粒の涙を流していた。

 そう言えばこの時泣いていたな……。そう思った次の瞬間、フワッと百合の香りが漂ってきた。


「この時の花束は百合だったんだなぁ。あぁそうか、ママが伝えたかったのは人生で一番幸せだった日なんだな。そしてこの瞬間だったんだな」

 俺がそう言うと娘が、

「えー、私が出来たときか産まれた日じゃないの?」と少しふて腐れた。


「なんだお前知らないのか。この時初めてお前がお腹の中でピクッと動いたって式の後で言ってたぞ」

「えー?嘘~!?聞いてないよ‼」

 彼女は新たに知った母親の秘密が嬉しかったのだろう。妻ソックリな表情(かお)で、少し涙ぐみながらそう言った。


「しかしなんでここに置いてたんだ?」

「うーん、なんでだろうね?でももしかして、日付ごとにその日一番記憶に残った匂いがしてくるんじゃない!?」


 娘の言う通り、日付をカチカチと変えると、ミルクの香りやカレーの香り、飼っていた猫の肉球の匂い、そして雨上がりのアスファルトの匂いや俺のスーツの臭いがしてきた。


 日記は、妻が一日の大半を過ごしたキッチンでの出来事も多く書かれていたので、きっとここに置いていったのだろう。


 俺たちはその夜、酒を飲みながら夜が更けるまで、それを見続け泣いて泣いて、そして笑った──。


(了)


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妻の日記(おもいで) ことのは もも @kotonoha_momo

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