エピローグ――エブリデイ・ヒーロー――

 夕方のニュース番組はどこもしきりに昨夜起きた“大決戦”について報じている。

 なぜか都合よく報道のヘリが飛んでいて、なぜか都合よく近場にいた警察が近隣住民の避難を手早く終え、なぜか“人体怪盗”を捕まえた憑喪については伏せられていた。

 九十九市を震撼させた“人体怪盗”の逮捕、彼が造り出した巨大ロボット。

 そして光を纏ったヒーローに人々は沸いた。噂が飛び交い論争が起きるほどに。

 映像にははっきりと20メートルを越えるロボットの姿が映っている。対してヒーローは光の点となって浮かんでいるか、動きが素早すぎて軌跡が残像となっていた。

 これだけ大々的にメディアが報道しているのに誰もヒーローの正体を知らない。

 事件を解決したのが廿楽事務所だということが伝わることもなかった。

 人知れず、恐怖の“人体怪盗”を捕まえた一同は事務所に集まっていた。

 才悟がテレビを消す。満足そうに頬が垂れている。成果は上々。

「あれ、才悟さんの手回しですよね」

 耶依も家で散々ニュースを見た。憎き仇の逮捕を知った兄の表情は一切が失われていて喜んでいるのかどうかも分からなかった。ただ、毒気は抜けている。

 奪い返された体は無事に持ち主に返され元通りに接合されたと彼らは聞いていた。

 でもニュースは真実を語らない。なぜなら耶依の兄同様、見つかってない体もあるからだ。下手に知らせれば動揺と怒りに油をかけて火をつけるはめになる。

 捕まったばかりの造は何も語らないらしいので取り返すのにしばらくかかるだろう。

「ああもちろん。私が呼んでおいた。君たちの大活躍は世界中が知っているよ」

「そのわりには事務所の宣伝をしてないですよね。どんな裏があるんです?」

 耶依の言いたかったことを善之助が代弁した。彼女と通じ合ったことで彼も成長――いや変化している。正義は単純でも、人間は違う。特に才悟は。

 彼がやることには彼の目的に沿う裏がある。善之助もいい加減認める気になっていた。

「裏もなにもないさ、あれは宣伝だよ。もっとも政府に対しての、だけどね。事務所の名前を出せば私たちは有名人になるが、敵も増える。面倒事は勘弁だ。だから謎の“ヒーロー”にした。政府だけ察してもらえば十分。ほら」

 隣に侍る愛に首を倒すと彼女が政府から届いた書類を二人に見せた。

 今回の実績を褒め称える文言と相応の額の報酬だ。世間を震撼させた憑喪を逮捕し、街が破壊されるのを防いだにしては安すぎると才悟は思ったが、善之助は眼を丸くしている。

「善之助くん、体は大丈夫なのかい? 神化の影響は?」

「ありません。普通の何もできない子供に戻りました」

「ならよかった。影響があるようなら調べてみたくなるからね」

「才悟さん!」

 研究者としての目を耀かせる才悟を耶依が睨む。彼に手出しはさせないと牙まで剥いた。

 二人の関係性の改善、能力の向上、物事が思い通りに進んだ充実感に才悟は頷く。

 本題はここからだ。廿楽事務所がどうなるか、彼らがどうするのか。

「それで、二人はこれからどうする?」

 善之助と耶依は互いに見合わせた。呼び出された理由を知っているのは耶依だけ。彼女は契約をするとき、復讐を果たすまでと言ってあった。才悟はそれを確認したいのだろう。

 一晩休んでいる間に答えは見つけていた。いや、戦いが終わったときにはもう。

「耶依くんとの契約は復讐を果たすまで。一応“人体怪盗”を捕らえることで完了したといえるだろう。善之助くんは、ただの子供だ。耶依くん次第では必要ない」

「私はまだお兄ちゃんの脚を取り返していませんよ」

「ああそうだ。でもその情報なら辞めても教えてあげるよ。それぐらいのアフターサービスは心得ている。君は、君たちは十分困難な敵に立ち向かった。私としても手離すのは心苦しいが、君たちが――」

「私は残ります」

「僕も残ります」

 二人はフリーを挟まなくも心を通じ合わせることができていた。

 微笑みかけながら揺らがぬ決意を灯した眼差しで才悟を見つめる。彼の腹は読めている。一見優しく辞めるのを促して、こちらのやる気を煽るつもりだ。それに乗ってやろう。

 耶依が一歩、前に出る。

「世の中にはまだ悪質な憑喪が大勢いて、泣いている人たちがいる。私はそういう人たちを助けたいんです、才悟さん」

「へえ、面白いことをいうね、まるで善之助くんみたいだ」

「ええ。ヒーローには私の助けが必要ですから。ね?」

 善之助も一歩、前に出る。二人の指が絡み合った。

「はい。僕たちは二人で一人のヒーローなんです。世界はまだヒーローを欲している」

 善之助は己の正義がちっぽけで自己満足なことを思い知った。一人では戦えない。せいぜい街の不良を懲らしめるくらいだ。そんなのはヒーローじゃない。

 本当に、救いを求めている人たちに手を伸ばす。それが、ヒーロー。自分の、正義。

 彼女は戦いを経験して彼を、彼の正義を信じることにした。だから共に戦う。

 二人が退かないことを確認するように才悟はわざとらしく間を開けた。

 右を見て、左を見る。最後に愛を見た。

『思惑通りですね、才悟さん』

『ああ、そのようだ』

 頭で会話してから才悟は二人に向かって頷いた。これで強力な手駒を残せる。

「二人の決意は分かったよ。なら正式に社員として迎え入れよう」

「ありがとうございます」

「よろしくお願いします!」

「でさっそくなんだけど二人に仕事だ」

 辞めてもいいように促したくせに準備万全だった。二人はおかしくて笑ってしまう。

「次はどんな悪ですか?」

「今度は“人体怪盗”より酷いよ。一切報道されていないが死者が出ている。殺人鬼の憑喪だ。命の危険もある。どうする?」

 今回だって有り余って危険だったが切り抜けられた。二人なら立ち向かえる。

 耶依は自分を助けるといった善之助に全てを委ねた。彼は当然の如く真っ直ぐ頷く。

「任せてください」

「よし。ならここは善之助くんの流儀で命じよう」

 才悟なりの彼への賛辞だった。革張りの椅子を引いて立ち上がる。

 両手で思いっきり机を叩いてから人差し指を突き出した。

「【ユウシャイン】、出動せよ!」

「「了解!」」




 光あるところに闇が生まれ、

 闇あるところに悪が育ち、

 悪あるところに正義が現れる。

 絶対正義の名の下に、少年と少女、一人のヒーローの戦いは、終わらない――。

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ヒーローになりなさい! @karino_zin

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