1-8 修行 二

「それで、ニクスはなんであんなに、行くの嫌がってたの?」

 家から出た直後、昨日話をされた時からずっと気になっていたことを私はニクスに質問した。

 会って初日だけど、あの嫌がり方は異常だった気がする。


「単純に私が、あのバカ師匠のことが苦手ってだけだよ。苦手ってよりかはもう一生会いたくない相手だけどね」

 ニクスは後ろに手を組みながら、淡々と説明をした。

 そこまで!? とツッコミを入れたい気持ちを抑えて、色々と他のことも聞いていく。


「どうして? そんなに苦手なの?」

「うーん。なんというか。過剰な愛? って感じ」

 ニクスの言葉で、私は首を傾げる。


「過剰な愛? なにそれ」

 私がニクスにもっと詳しく説明を求めると、ニクスは話すのも嫌なのか、苦々しげな表情で喋りだした。


「あの師匠、とにかく私にくっついてくるんだよ。頬ずりしたり抱きついてきたり、ましてやずっと手を繋いできたりさ。とにかく私を子供扱いするから、苦手」

 過剰の愛の答えは、なんとも可愛らしい答えだった。

 側から見ているととても微笑ましいことのような気もするけど、当の本人、ましてやニクスのこと。そういうのは苦手なのだろう。

 まぁニクスも私に対して、同じようなことをしているような気もするけど、そんなこと言えるわけもないので、とりあえず納得したように返事をする。


「なるほどね」

 するとその時。その瞬間ニクスは苦々しかった表情を、真剣な表情に変え体ごと向きを変えた。

 ニクスが見ている方向にあったのは、昨日ドラゴンの子が襲われていた路地と同じで、人気がない場所だった。

 そして路地にいたのは、昨日魔物に襲われていたドラゴンの女の子、その子自身だった。

 そしてそしてその子は、今日も魔物に襲われていた。誰もいない路地で、一人で襲われていた。


「ユリちょっとまってて」

 ニクスはそう言うと私では、真似できない速さで走り出すと腰元の鞘から、短刀を抜きその短刀を魔法で纏った。

 魔物までたどり着くと、ザシュ、ザシュ、ザシュと斬り、魔物をあっという間に倒してしまった。

 魔物とわかっていても魔物自体が、人型なのでそれが斬られているというのは、決して気分がいいものではなかった。


「ふぅー」

 ニクスがそんな風に息をついている間に、ドラゴンの女の子は今日もまるで私達から逃げるように、私の横を通り過ぎて行ってしまった。


「魔物ってそんなに頻繁に出ててくるものなの?」

 ニクスが路地から戻って来ると私は、すぐに質問をした。


「出て来るには出て来るけど、大半は人気のある場所だったりだから巡回してる人が倒してくれる。まぁそれもそもそもここにいる人全員路地なんか行かないってだけだけどね」

 ニクスは、淡々と説明をし終わるとまた歩きだした。

 私は何か腑に落ちない感情を残しながらも、二クスについていく。


 そしてそれから数十分歩くと、目の前に大きな壁、そして大きな二つの門が現れた。

 その門と壁、今私達が立っている場所の間には、川が流れていてそこには石の橋と木の橋が、片方ずつ門に伸びていた。

 何かの仕切りのような雰囲気の門と壁を見上げていると、いつのまにかぼーっとしてしまったようで、ニクスに肩をトントンと叩かれた。


「ユリー。戻ってきてー」

 ニクスの呼び声で、正気に戻った私は勢いよく指をさして質問をした。

 初めて見た門に興奮しながらだった。


「なにあれ! あの大きな門!」

 これでもかと大きな声で、聞くとニクスは両手で私を落ち着かせながら、説明し始めた。


「詳しく説明すると長くなっちゃうから、とりあえず簡単に説明するね。あの門は、簡単に言うと人間領の領地を示す門というか、あの先が人間領ですよー、って感じかな」

 ニクスは、多分本当に簡潔に説明をしてくれたのだろう。

 今私達が、いる領地の名前がわからないけど(そもそも名前があるような感じがしない)ここと人間領を行き来するための門ということだと思う。

 なんか凄いファンタジーっぽい。

 そんな感情を抱きつつ私は、ニクスによって無くなった興奮が、もう一度戻ってくるのを感じた。


「早く行こ! 門の中入ろ!」

 まるで始めて大きな遊園地に来た子供のように、はしゃぎながらニクスの手を引っ張って走り出す。


「ちょっとまって」

 後ろから戸惑いの声が、聴こえてくるが私は、そんな声を無視して走り出す。

 昨日のニクスのように。

 そのままの勢いで、石の橋を渡ろうとすると鎧を着た人に、剣。私が持っているような日本刀ではなく、洋風の剣。直剣を前に出され走っている勢いを止められてしまった。


「ここを渡るには、お金を出してください。もし無理矢理渡ると言うなら即刻斬り捨てます」

 鎧の中にあってこちらからは、見えない目から確かに睨まれている。

 本気で人を斬れるそんな睨みかた。そんな目だった。

 するとさっきまで、私に引っ張られるがままだったニクスが、私を庇うように前に出てきて喋りだした。


「ごめんなさい。ごめんなさい」

 ニクスは何回も何回も頭を下げて謝罪をしていた。

 ニクスの後ろにいても伝わってくる鎧を着た騎士達の、睨み、眼光は私の世界ではまず見られないそれほどに、鋭く恐怖を感じるものだった。

 私が怯えている間にも、ニクスは謝り続けてくれたようで、だんだんと騎士達の睨みは消えていった。

 ニクスは謝り終わると私の方に体戻すと、そのまま私の手を握り騎士達のから離れていってくれる。


「もうダメだよユリ、勝手に走っちゃもう少しで殺されてたよ」

 本当に自分の子供に言い聞かせるように、ニクスは私に言った。

 私はなんだか自分が、情けなくなって涙が出てくる。


「ごめん。」

 昔まだ私が男の人が大丈夫だった時、お母さんに同じような叱られかたをして、同じように泣きながら謝った。

 そんなことを思い出しながらの謝罪だった。

 あの頃から何も成長していない自分に、情けなくなっての涙だったのかもしれない。


「泣かないでよ。私が教えてなかったのが原因なんだから」

 泣いている私を優しく抱きしめて、ニクスは慰めてくれる。


「ごめん」

 私は最後に一言謝って、なんとか涙を流すのを止めた。

 私が落ち着いたのを見てから、ニクスは私から体をゆっくり離すとそのまま説明をしてくれた。


「あの騎士の人達も言ってたけど、あの橋を渡る時はお金出さないと渡らせてもらえない決まりなんだよ。それはどの領地でも一緒のルール。それにそもそも私達が行く人間領は、あっち」

 そう言いながらニクスは、私が渡ろうとした石の橋ではなく木の橋を指差した。


「あっちの木の橋、和の人間領が私達の目的地だから」

 そう言い終わるとニクスは、私の手を掴むとそのまま歩きだした。

 そして言い忘れたとばかりに、言葉を付け足した。


「ちなみにさっきユリが渡ろうとしてたのは、洋の人間領ね」

 和と洋まるで人間界と同じような概念というか、考え方というかやっぱり言葉が同じだと考え方も似てくるようなものだろうか?

 もしかしたら人間界自体にも、私みたいな異世界人が来ててその影響を受けていたのかも。

 そんなことを考えている間に、隣の木の橋についていたようで、ニクスは橋の横に立っている人にお金を渡していた。

 石橋のところにいた人とは違って、木の橋に立っている人は和服を着て腰には刀を差し、靴は下駄というか草履というかそんなようなのを履いていて、正に侍。武士といった風貌をしていた。

 もちろん女の人だけど、女の人を侍って言っても大丈夫のはず。

 そもそもこの世界女の人しかいないから、良いも駄目もあるわけがない。


「じゃあ行こう」

 お金を払い終えたニクスは、優しく包み込むように私の手を握ると、ゆっくりと歩きだした。

 私もニクスについていくように歩き出す。

 門をくぐったら私が異世界にきて初めて他の、国? 領地? のような場所に足を踏み入れると思うと、ワクワクとドキドキで胸の高鳴りが止まらなかった。


「楽しみ!」

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