1-7 修行 一

 私はいつも(土日を除いて)朝八時頃に目を覚ます、なぜならその時間帯になると家から誰もいなくなるからだ。

 兄は大学へ、父は仕事場へ、母は近所の付き合いへ、そんな感じで家には誰もいなくなる。

 その時間帯に私は、お風呂に入り朝食を済ませる。

 これが私の朝のルーティン。昨日私が部屋からは出たくないと言ったのは、誰かが家にいる状態では、出たくないという意味合いでの言葉。

 そしていつもならここで、ベッドに潜り込むのだけど、今日からは違った。

 部屋の中に突然現れたドア。

 異世界と私の世界をつなぐドア。

 私を異世界へ連れて行ってくれるドア。

 そのドア開く。

 そしてドアの中に入っていく。

 真っ白な世界。

 白以外は何もない世界を、私は真っ直ぐに走っていく。

 そして私が、走って行った先には一つのバス停が、そして一台のバスが止まっていた。

 昨日は多少不気味に感じたバスだったけど、今よくよく見るとただのバス停。ただのバス。少し行き先が変なただの普通のバスにしか見えないようになっていた。

 私がバスの前に立つと、バスのドアは自動で開いていく。

 そしてそのまま私は、バスの階段を上がり運転手さんに挨拶をする。

 とても人間とは思えない。思いたくない。人間以外の何かの運転手さんに挨拶をする。

 人間の挨拶をする。


「おはようございます。運転手さん」

 運転手さんは、今よくよく見ても不気味というか、怖いというか、まぁ人間じゃないのでそう感じてしまっても仕方ないのかも知れないけど。

 すると運転手はこちらをみて(目がどこについているのかもわからないので、本当にこちらを見ているのかも怪しい)挨拶を返したくる。


「シキ ユリか。二回目も来たんだね。リリーは気に入ってくれたかい?」

 無表情でしてきた質問を、私は満面の笑みで返答する。


「とーーーっても楽しかったです!」

 これは本心。

 だって楽しいことだらけだった女の人しかいない世界、魔法、刀、エルフ、ドラゴンまだまだ私の知らないことだらけの世界が、楽しくないわけがない。


「そうか。それは良かった」

 そう無表情で言うと(表情という概念があるのかも怪しい)そのまま話し続けた。


「昨日言い忘れたことがあったよ。君の世界。人間界から何か物だったり、動物だったり、はたまた人だったりその他諸々、異世界への持ち込みは禁止だからそのつもりで、例外的に君の服だけは大丈夫だけどね。異世界で裸になったら大変だしね」

 それも絶対昨日言わないとダメでしょ! と心の中でツッコミを入れておいて私は、当然の疑問を抱いたので、質問する。


「もし私が持っていったらどうなるんですか? 例えば人とか」

 私の質問に運転手さんは、何か溜めるわけでもなくすんなりと答え始めた。

 もう何回も説明し慣れているかのように。


「消える。人だろうと動物、物だろうと何だろうと、消える。元の世界からはいなかったことに、無かったことに、元からいなかったようにその世界は回っていく。ただそれだけ」

 何かとても怖い話をされたように、体がゾワっと震える。

 ルールを破ると消される。その世界からはいらなくなる。

 怖がっている私を見てなのかは、わからないけれど運転手さんが、フォローをしてくれる。


「物に関しては、君が持ち込まなきゃいいだけだし。動物人間に関してもあのドアは、見えないし触れない。だから君が故意に連れ込まない限りは、誰も消えたりはしないから安心していいよ。一応言っておかないといけないことだから説明しただけだから」

 その説明を受けて私は、多少ではあるけど安心はできた。

 そもそも私の部屋に入ってくる人なんて、一人しかいないのだ。

 その人にだけ気をつけていれば何も問題はない、そう思えるだけで大分楽にはなれた。

 その後席に着いた私に運転手さんは、最後の質問をしてきた。


「下ろす場所は昨日君が、切符を使った所でいいのかい?」

 そんなのも調べられるかーっと感心しつつ私は返事をする。


「はい!」

 と。

 私が返事をすると同時にバスは動きだした。

 そして動き出したと同時に、私はニクスの家に立っていた。

 この移動したという感覚がない移動は、二回目でもなれはしなかった。

 けれど下りた場所が昨日とは違って、多少なりとも見慣れた場所なのは、やっぱり助かった。

 これで別の所に下されて、もう一度ニクスを探さないといけないなんてなったら、笑い事じゃすまない。

 そんなことを考えていると、階段から寝起きのニクスが、下りてきた。

 どうやらタイミングはバッチリだったようだ。


「おはようニクス」

 私はニクスを見つけるやいなや真っ先に挨拶をする。

 すると寝起きのニクスは、一瞬誰? という顔で私を見てからすぐに気づいたようで、眠気を放り出して私に抱きついてくる。


「ユリー!! ユリ! ユリ! ユリユリユリユリー!」

 嬉しそうなニクスに、私はなんだか微笑ましくなってくる。

 だって挨拶するだけで、名前連呼してくれてこんな嬉しそうにしてくれて、そんなの嬉しいに決まってるじゃん!

 するとニクスは、忘れていたと言わんばかりに私に挨拶を返してくれた。


「おはようユリ!」

 なんかもうこれ実質結婚してない?

 その後、私はニクスと半無理矢理手を繋がされて台所? リビング? 名称はわからないけどご飯を食べる所に行くとリリさんが、料理を作っている最中だった。


「おはようございます。リリさん」

 迷惑かな? と思いつつも来たことを伝えるのに挨拶抜きで喋り出すのもおかしな話なので、とりあえず挨拶はしておく。

 するとリリさんは、私に気づくと料理していた手を止めて、とてもびっくりしながらも挨拶を返してくれた。


「お、おはよう。シキちゃん」

 流石に戻ってくる時間帯ぐらいは、伝えておいた方が良かったかもしれないと反省しつつ、私はさっそく手持ち無沙汰になってしまった。

 料理は手伝えないし、家事全般できない私にはこの状況でやることがなくなってしまった。

 そんな私を見てユリが、私を引っ張っていく。


「ちょ、ちょっとどこ行くの?」

「まぁまぁ来て」

 そんな返事で、昨日のことを思い出しながら、引っ張られて行くと家の裏庭と言うのだろうか? そんな感じの場所に連れてこられた。


「こっちこっち」

 そう言って連れてこられた場所には、二つのお墓があった。

 日本風のお墓ではなく、海外のお墓平べったい石に名前が彫られているようなやつ。


「これは?」

「この右のが私のおばあちゃん。エミリッサのお墓で、左のが私のもう一人のお母さんシャロットのお墓」

 私への質問が、終わるとニクスは目を瞑って両手を合わせた。

 私もニクスに習って、目を瞑り両手を合わせた。

 お墓参りなんて何年ぶりだろうか。


「一応これから修行で、しばらくは来れなくなるからユリにも挨拶しておいて欲しくて。私の運命の人だよって二人に紹介したかったしね」

 私が戻って来た時よりも何倍も嬉しそうに、話すニクスがどんな話をおばあちゃんとお母さんにしたのかを、想像しながら家に入っていく。

 その後私は、二人が朝ご飯を食べるのを見て過ごした。

『シキちゃんも食べれば?』とリリさんには言われたが、さっき自分の家で食べてきたばかりだったので、断ってしまった。

 こんなことなら食べてこなければ良かったと、後悔もした。


「それじゃあ行くか!」

 そう言ったのはニクスだった。

 食べ終わってすぐにそう言ったので、私は慌てて昨日預けておいたお菊、刀を手にとりニクスについて行く。


「ユリー! 早くー!」

 そんなニクスの急かす声が、聞こえてくるのでなるべく早く準備をして、リリさんに二人で一言言った。


「リリさん行ってきます!」

「お母さん行ってきます!」

「はい。行ってらっしゃい」

 まるで私のお母さんでもあるかのような、リリさんの返事だった。

 私は少し寂しさを感じながらみ、ニクスの家をゆっくりと出て行く。

 ニクスと微笑み合いながら出て行く。

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