episode 21

 俺はびくりとする。

 サンタナの目は笑っていなかった。

 な……なんだ。

 まさか嘘を見破る神器とか……。

 くそっ。

 もし、仮に呪髪人ディモーでなく、

 ファジル人に復讐することが目的だとバレていたら……。

 正直に白状した方がいいだろうか。

 でも、そうなったら間違いなくエルに殺される。

 回避できるか?

 レンラは俺を擁護してくれるか?


 いいや、待て待て。

 落ち着け。

 カマをかけてるだけかもしれない。

 とりあえず、しらばっくれよう。


「嘘なんか、ついてないよ」


 俺は笑顔で答えた。

 か……顔に出てないよな。

 自信がない。

 サンタナは見定めるように、俺のことを凝視する。


「私、昔からそういうことに人一倍鋭いんだよね〜。

 でも、安心して。これはカマかけてるだけだから」


 そう言うと、サンタナはバケットを口に放り込んだ。

 そして、何事もなかったかのように、食事を進める。


 危ねぇ。

 あやうく命の危機にさらされるとこだった。

 サンタナ。

 コイツは危険だ。

 レンラと違って、俺のことを信用していない。

 当たり前といえば、当たり前だが。


「お嬢様、お風呂の用意ができました」


 クローノが入浴を促す。


「分かった。クローノ。

 ダン。よかったら、先に入って」

「ひ……一人でか?」


 一人で入るのが寂しいとか、そんな理由じゃない。

 まして、やましい気持ちもない。

 ただ、足がないのに一人で風呂に入るのは、不可能だろう。


「ほんとは私が一緒に入ってあげたいんだけど……」


 レンラは目を伏せる。

 なんだろう。

 一緒に入れない理由があるのか?


「クローノ。一緒に入ってあげてくれる?」

「……ご命令とあらば」


 クローノは明らかに嫌そうだった。

 だが、やはりレンラの命令には逆らえないらしい。

 俺を背負って、浴場に向かった。



 ***



 あらかじめ言っておく。

 クローノは裸にならなかった。

 袖をまくりあげ、スカートの端を結び、水に濡れないようにした。

 別に期待してたわけじゃない。

 女性の裸を見れるんじゃないかって、どぎまぎなんてしてない。

 してないぞ。

 絶対に。


 浴場はやはりと言ってはなんだが、広かった。

 温かい水が湧き出る水槽。

 大理石でできた床。

 鉛でできた蛇口。

 そのどれもが初めて見たものだった。

 なるほど。

 貴族の浴場ってのはこんなもんなんだな。


「まずは体を洗うぞ」


 クローノは、俺を木の椅子に座らせた。


「? これはなんだ?」


 俺は塊を手に取った。

 灰色の塊。

 ぬるぬるしていて、少し気持ち悪い。


「石鹸だ。そうか。石鹸も知らないのか」


 クローノは馬鹿にしたように、鼻で笑う。

 とことん性格悪いな、この女。


「これで体を洗うんだ。こういう風に」


 クローノは石鹸をひったくると、俺の体にこすりつけた。

 しだいに泡が立つ。

 クローノは口こそ辛辣だったものの、仕事は丁寧だった。


「クローノさんってさ」

「ああ」

「……呪髪人ディモーが嫌いなの?」


 俺はずっと気になっていたことを尋ねた。

 ファジル人は、どうして呪髪人ディモーのことを嫌うのだろう。

 呪いの髪。

 それは確かに気持ち悪いかもしれない。

 だが、それは見た目だけだ。

 実害はない。

 ファジル人はどうして、そこまで……。

 もやもやしていた。

 納得できなかった。

 この疑問を、ずっとファジル人に尋ねてみたかった。


「嫌いだ。反吐が出るくらいにな」

「どうして?」

「……理由なんてないさ。私たちは、教えられるんだ」


 クローノは手を止めた。

 どうやら、体は洗い終わったらしい。


「ほら。髪は自分で洗え」

「……わかった」


 クローノは、俺の髪に触れたくないみたいだ。

 教えられる、か。

 やっぱり、ろくでもない人種だ。


 俺はクローノがやっていた通り、石鹸を泡立て、髪を洗う。

 なんかちょっとめんどくさいな。

 川の水ですすぐだけの方が、楽でいい気がする。


「終わったか」

「うん」


 クローノは蛇口をひねった。

 水が流れ落ちてくる。

 す……すげえ。


 俺はその水を、頭から浴びた。


「つめたっ!?」

「……ふっ」


 あれ?

 クローノ、今笑った?


 振り向いて、顔を見てみると、いつもの能面。

 俺の気のせいだろうか。

 ファジル人が、笑った。

 それも、嫌味な感じじゃない。

 俺の中に、おかしなものが渦巻いた。

 今にも飛びかかって殺したかったのに。

 人間らしい一面を垣間見て、許してしまいそうになった。


「俺は……」


 急にどうしたらいいか、分からなくなった。

 ファジル人を殺す。

 それで俺の気は晴れるのか?

 殺したところで、家族は帰ってこない。

 帰ってこないんだ。


 王。

 そう、王だ。


 諸悪の根源。

 俺の家族を殺した、元凶。

 俺がやるべきことは、片っ端からファジル人を殺すことじゃない。

 王を殺す。

 そして、仕組みを変える。

 これが俺のやるべきことじゃないのか?


 冷静になれ。

 憎しみの矛先を向けるべきは、ファジル人であって、ファジル人じゃない。


 俺はこの後、水槽に浸かった。

 どうやら、風呂というらしい。

 温かくて、気持ちよかった。

 俺は風呂に浸かりながら、自身の目標について、うだうだと考え続けた。

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呪髪のレンラ 空川 新 @tane07080915

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