episode 20

 かぼちゃのスープに、葡萄鷲のソテー。

 山盛りに積まれたサラダと、焼きたてのバケット。

 夢のような食事が、そこにあった。

 貧困街スラムにいたら、一生ありつけなかったようなご馳走だ。


「な……なんだこれ……」


 思わず、唾を飲み込む。


「うふふ。好きなだけ食べてね」


 これが……日常なのか?

 ファジル人のお金持ちの食事。

 正直、予想以上だった。


 俺はまず、バケットをかじる。

 香ばしい小麦の匂いが、口に広がった。

 うまい。

 俺の知ってるバケットと、違う。


 生きているという実感がした。

 こういうの、食べさせてやりたかったな。

 虚しくて、涙がこぼれそうになる。

 いいのかな。

 俺だけこんな良いもの食べて。


 ……いや、違う。

 家族の死を無駄にしちゃいけない。

 機を待つんだ。

 今、俺が家族のためにできることは、それだ。


「……レンラはさ。貴族なの?」


 葡萄鷲の味を噛みしめつつ、

 俺は気になっていたことを尋ねた。


「そうだよ」


 レンラはバケットをちぎりながら答える。

 やっぱり、貴族なのか。

 そうだよな。

 そんな感じはした。


「じゃあさ。ここは親の屋敷? 親は住んでないの?」

「……親の屋敷で間違いないわ。一緒には住んでないけどね」


 レンラは顔色一つ変えず、淡々としていた。

 周りに何もない、こんな辺鄙な場所で娘一人?


「どうして?」

「どうして、だろうね」


 レンラは表情を曇らせた。


「それが分かったら、苦労してないよ」


 微笑を浮かべたレンラは、どこか悲しげだった。

 親と一緒に住んでいない理由が分からないって。

 そんなこと、あるだろうか。

 気にはなったが、あまり深掘りしない方がいいかもしれない。


 それから、少しとりとめのない会話をした。

 どんな食べ物が好きで、趣味は何なのか、とかそういった類の。

 どうやら、レンラは読書が好きなようだ。

 ショタだのなんだの、難しい言葉を使って熱く語っていたが、

 俺には半分も理解できなかった。


 ーーバンッ!!


 そんな話をしていると、ドアが勢いよく開いた。


「おいおい。夕餉の時間早くないか!?」

「おはよう〜、皆」


 入ってきたのは二人。

 エルとピンクの髪をした女性。

 ピンクの髪をした女性は寝起きなようで、

 眠そうに目をこすっている。


「ごめん、エル。ダンがお腹空いたっていうから」

「まあ、別にいいけどよ」


 エルはどかっと席に座った。

 一方で、ピンクの髪の女の子はこちらににじり寄ってくる。


「おお。君が呪髪人ディモーの。

 私はサンタナだよ。よろしく〜」


 ぷにぷにと、俺の頰をつつく。

 楽しんでる……のか?

 それにしては、すごい無表情だ。

 この表情がデフォルトなのだろうか。


 俺は悟った。

 この人、変な人だ。


「ああ、そうだ。呪髪人ディモー、報告しといたからな! 明日、視察が入る」

「ねぇ、エル。それって、どうにか突き返さないの?」


 レンラが尋ねる。

 心配そうな声だ。


「無理だ! もし後でここに部外者を匿っていることがバレたら、俺様の首が飛ぶ!」

「でも……もしものことがあったら……」

「そりゃそこまでだ。そもそもそんな奴置いておけないだろ」

「……」


 レンラはおし黙った。

 この家の主でも、拒否権はないようだった。

 明日か。

 どうやって乗り切ろう。

 顔は向こうにバレているだろうか。

 バレていたら、どうしようもない。

 もっとも、バレていなくても殺されそうだが。

 そこはレンラに頑張ってもらおう。


「ごめん、君、なんていう名前だっけ」


 サンタナは俺の隣に座り、興味津々に尋ねてくる。


「ダン」

「ダンか〜。いい名前だね。ところでさ、ダン」

「……?」



「君、嘘ついてない?」



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