14-3

「遅ぇじゃんよ、大ちん」

 槌納が入口に着くと、待ちくたびれたという表情を隠そうともしない仏頂面のナイオルがいた。

 槌納は小走りでナイオルの所まで駆け寄ると、

 「すまん、少し考え事をな」

 「考え事ゾ? 大ちんにんなもんあるのか? 相談くらい乗るぜよ」

 「いや、大したことじゃないんだ。気持ちだけ有難く受け取っておくよ。……というか、さっきから、大ちんって俺の事だよな?」

 「ぜよ! 大ちんとの戦いが俺のココを熱くさせたぞい。こんなん久しぶりだぜぃ。俺の勝手だが、そう呼ばせてもらうぜよ」

 ナイオルは自分の左胸――心臓辺りを親指で刺しながら言った。

 「まあ、嫌というわけじゃないからいいけど……てか、今からどこに行くんだ?」

 「補佐科の校舎だ」

 「補佐科?」

 話は聞いたことがあるが、二週間は決闘に集中する予定だった為、実際に見学し、話を伺う予定等は一切考えすらなかった。その為か少しばかり驚きを覚える。

 「ん?知らんぞい?」

 「いや、情報としては知っていたが、行く予定はな……」

 「寧ろ、上目指すんだったらあっちとの連携は必須になるぜぃ」

 団体戦闘やイベントの模擬戦などで好成績を残すと、補佐科の方から直々に武器や防具の製作や手入れをさせてほしい、という申し出があるらしい。その申し出を受けることで、個人や団体専属の職人を得られるという。

 だが、新参者やノーネームの学生は当然別だ。

 彼らは、自分で相手を見つけなければならない。

 また、金銭的問題などで、自分で武器を見繕う学生もいたりする。

 だが、自分で武器を見繕えない学生は、新参者同様に自ら補佐科の学生に声を掛けて協力関係を組むしかない。

 今回ナイオルが槌納を連れていく場所にいる者は、補佐科の中でもかなりの技術があり、評判を得ているらしい。そのためか、その学生が専属で提供して武器の廉価版は、かなりの学生が購入するそうだ。

 そして今、その学生は様々な武器の試行を行おうとしているらしい。そのためにある程度武器を使いこなせる学生を集める必要があるのだが、面倒なのか未だに全く集めていないらしい。

 そこで、ナイオルがある程度使いこなせそうな槌納に声をかけたわけだ。しかも、槌納にとっては複数の武器を試してみることが出来、双方にメリットがあるみたいだ。

「……なるほどな…………やっぱ情報源は確保しないとな」

「俺でよかったら、ある程度は教えるぜよ?」

「まじか! 助かる!」

「まあ、それは今度な。それよりさっき大ちんが使っていたやつ教えてくれぃ」

「ん、あー『柔法』の事か?」

「名前はよく分からねーけど、教えてくれよい」

 とりあえず、柔法の説明をすることにする。

 端的に言うと、自ら編み出したモノ。複数の武術を収めた末に辿り着いた境地。そしてどの様に技を繰り出しているか。

 それを聞いたナイオルは、少し考えた末に、

「なんか気持ちわるいぞ。戦闘中にそんな集中力持たないっていうか……。ひょっとするとちょっとした刺激で崩れるんじゃ?」

「気持ち悪いは心外だな……。何かよくわかんないけど戦闘中はそれ以外の事が頭に入ってこないんだよな」

「なんそれ? まあ、俺は自分の感覚で戦うのが性に合ってるぜよ。一つ共感できるのは自分で辿り着いたってとこだぜぃ。結局人それぞれだから、一つの武術を修めようとしても、合ってなければ辿り着きようがないぜよ」

「お前も武術かなんかを?」

「いや、剣術はやったが、あんな堅苦しいのは性に合わないぜぃ。剣は自分の好きなように振るのが一番ぜよ」

 へへへっ、と笑いながらナイオルが答える。

 それを聞いて槌納は、ナイオルの強さや応用力の高さの秘訣が垣間見えたような気がした。

 数々の戦闘経験や本能が、直感として彼に最適な動きを悟らせているのだと。

 ぐぅー

 あれやこれと話していると、突然槌納の腹の虫が鳴いた。

「ん――、どうやら戦闘で予想以上にカロリーを消費していたみたいだな」

「大ちんは最初に買った補給食まだ食ってないゾ? ありゃすごいぜよ」

 ナイオルが太鼓判を押してくるので、取り出して飲み下す。

 すると、一気に腹が膨れ空腹感がなくなり、寧ろ力が沸きあがるように感じる。

「……なんか、この感覚。気持ち悪い……」

「はははは! 当然ぜよ! 一瞬で身体が驚くほど大量のカロリーを吸収しているんだぜぃ!んだけど、食って直ぐ実感なんてヤバいよな、しかもかさばらんぞい。あの連中はいつも面白いんだけど、使えるやつばかり開発する凄腕達なんだぜよ」

「まあ……確かに空腹感は無くなったしな。とんでもないのを作るな」

 何気なく買ったモノが、自らの想像を絶するもので、胸の中で畏敬の念を払う。

 彼は、たった数日だが、ここに来たのがなんだかんだ正解だったと実感する。

 気づくと目的地の校舎に来ていた。

 ナイオルが先行し、槌納がそれについていく。

 とある部屋の入口の前でナイオルが足を止め、その中を覗く。中には、薄暗い空間が広がっているようだ。ぼぉっと淡く光っている机の上で何かがもぞもぞと蠢いている。

「おーい、ヘザ公! 生きてっかー?」

「死んでるわけないやい!」

 ナイオルが声を掛けると、ちっちゃい少女が飛び出してきた。

「たまに、一週間近く完徹して、死にそうになってるじゃんよ」

 かかか、と笑いながら少女が連続で繰り出すパンチを軽々と避ける。

 少女は疲れたのか、はあはあ、と息を切らし動きを止める。

「まったく、オル君は、会うといつもアタシをおちょくりおって……にしても、アンタが来るなんて珍しいじゃん。なんか用?」

「まあ、頼み事みたいなもんだぜぃ。そういう、ヘザ公は新作武器の試行が貯まってるんじゃ?」

 うっ、とナイオルの指摘に狼狽える少女だが、

「オル君には関係ないやい! 用はそれだけ⁈ そんなことより、頼み事って?」

「まあまあ、そう怒るんじゃないぞい。ヘザ公の悩みを解消できる奴連れてきたんだぜよ」

 どうどう、と両手で少女を抑えるナイオル。

 そう言われた言葉が気になったのか、少女は動きを止める。

「解消できるって、どういう事?」

「この大ちんよ!」

 と言うと、ナイオルは槌納の両肩を掴んで、グイッ、と少女の前に突き出した。

 ヘザーは目の前の槌納をしばらく眺めると、

「ほーん、一応初めてみたいだし、名前だけでも言っとくわ。アタシ、ヘザー・コルトって言うの。よろしく」

「槌納大地だ、よろしく頼む」

 手を差し出すと、軽く握り返してくれた。

「見聞きしない名前だね。んー、オル君はやけに親しげだけど何時からの付き合い?」

「今日の昼だぜぃ」

「今日ね……って、ほぼ初対面じゃない! なによ、大ちんって!」

「大ちんは大ちんだ。俺が認めた男ぜよ」

 ケラケラ、と笑いながら楽しげに応えるナイオル。

 ヘザーはそれに対し、まったくもー、と溜息をつく。

「にしても、聞いたことない名前ね……」

「ん? あー、大ちんはこの前転入してきたんだぜよ。んだけど、なかなかやる奴だぞい」

「ほほー、アンタがそんな推してくるとはねぇ。てか、転入生? もしかして……?」

「そのもしかしてだ、俺らのクラスひっくり返そうって奴ぜよ! ほんとおもしれぇにゃぁ」

「いやいやいや、なんで代表して戦うアンタが仲良くしちゃってるのさ! さてはアホか! いや、アホだった……」

 頭を押さえ、呆れ返るヘザー。

「まあ、普通そう思うよぜよ。んだけど、今日の戦闘イベントでこいつと対面した時、すげぇわくわくしたぞい。久々だったぜこんな感じ。つまり、クラスの事とつるむのは別って事ぜよ!」

「もういいや、てかこの子色んな武器使えんの?」

 ヘザーは一つ溜息を吐くと、ナイオルに向き直ってそう尋ねる。

「参考までにだが、大ちんは使い慣れている訳でもねぇ日本刀で今日の戦闘イベに参加して、俺と引き分けたぜぃ」

 それを聞くと、小さな手を顎に当て、品定めをするかのようにこちらを見始めた。

「ふむふむ、オル君はそん時何使ったん?」

「俺はもちろんロングソードだ」

 ヘザーはそれを聞いてさらに興味を示し、槌納をまじまじと見定める。ふと、何かを思い出したような表情をして、

「そういえば槌納だっけ? アンタ女の子に反撃された?」

「ん、あー、昨日ともう少し前に凄いの食らったけど。それが?」

「いやいや、何でもないよ」

 ヘザーは何故だか急に怪しげな笑みを溢し始める。

「よし、いいよ。アタシの試作品大量にあるから、結構時間かかると思うけど、それでもいい?」

「よしきた!」

「それで頼む」

 ナイオルが槌納以上に喜び、ガッツポーズをとる。

「んじゃ、こっちきてー」

 手招きされた方に進むと、目の前のかなり広めで頑丈そうな部屋に通された。

 壁は演習場と似た素材で作られており、おそらく床も壁と同じ素材が使われている様だ。

 ナイオルも来たことがないのか、槌納と一緒に驚く。

「ここが試作品の実験場ね。結構凄い衝撃とか出るから頑丈じゃないとダメなのよ」

「おいおい、こりゃぁ演習場と造りが似てねぇか?」

「あー、ここしんちゃんに作らせた所だからかな? まあ、そんなことは置いといて、準備するから、しばらくまっとれー」

 神ちゃんって誰だと疑問に思う二人を他所に、せっせと準備を進めていくヘザー。

 一先ず、槌納とナイオルも手伝うことにした。

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双雷、闘幻郷ニ轟ク たけのしいたけ @takenoshiitake

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