14-2

 槌納の恐るべき技術の一つに、必要外の情報を遮断するというものがある。

 この並外れた能力は、槌納自身その正体に気づいてはいない。だが、この能力により集中度が飛躍的に上昇する。結果的に戦闘能力の向上に繋がっている事は言うまでもない。

 二人の間に異様な空気が流れる。

 常人がそこに立てば、無意識に危機を察し卒倒してしまう程の緊張感。

 槌納が微動だにしない為、少しずつヤジが減っていく。

 両者は、手に力を込め剣をグッと握り直す。

 空間が静寂に支配される。

 不意にその静寂を切り裂くようにゴングが鳴った。

 ほぼ同時に地面を蹴り、二人は高速で接近する。

 ナイオルは上段から真下へ、槌納は下段から右斜め上方へと剣筋を描く。

 二つの刃が高速で接触し轟音が鳴り響く――

 かと思いきや、耳障りな音を発しながらナイオルの剣先が下へ下へと沈んでいく。

 それも、槌納には当たらない左横へ。

「な――ッ⁈」

 ナイオルは目を見開く。

 激突によるショックを予想し、備えていた彼の腕が感じているのは、重たい衝撃ではなく、ぬるぬると自分の攻撃が逸らされている感触。

 ナイオルの刃とは真逆に、槌納の刃は彼の首筋へと確実に迫ってくる。

 ナイオルは、槌納によって絶妙な角度で自分の剣筋が逸らされている事をなんとか理解する。しかし、既に勢いづいた剣を止めることは出来ない。

 ナイオルの直感の行動に場ないが圧倒される。

 彼は、敢えて剣を逸らされている方へ勢いをつけて動かし、剣先を地面へと突き刺す。

 ロングソードを起点とし、ナイオルは自身の右斜め前へと宙返りをした。

 その為、槌納の斬撃はナイオルの服を掠める程度だった。

 直ぐに態勢を立て直し、再び向かい合う両者。

「おいおい、なんだあの気もちわりぃ剣術はよぉ。危うく首ちょんぱか、大事な血管を切られる所だったぞい」

 ナイオルは剣をフラフラと振りながら、ニヤリとした表情で声を掛けてくる。

 それに対し、槌納も口元を緩めて返す。

「ふっ、完璧に躱しといて何を言うんだ。まさか、いなした斬撃を利用するとは恐れ入った」

「たまたまぜよ。俺が力を入れて、お前の計算が狂ったのが運良く俺に味方したんじゃ?」

「直感ってやつかな? だが、それが出来たのは、お前の類稀な反射神経と運動神経、そして幾戦も戦ってきた経験だろう?」

「へっ、おだてても何もでやしねぇぜよ?」

冷たくあしらわれた槌納は少しだけ残念そうな表情をし、

「単純に、感嘆しているだけだよ。それより、さっさと続きを始めようぜ、アンタともっと刃を交えたくてうずうずしてるんだ」

「同感!」

 ナイオルが言い捨てると、またしても両者が同時、いや少しだけナイオルが早く飛び出た。

 今度はナイオルが上段右方から切りかかってくる。また、それを受け流すため、に槌納は下段右方から剣筋を描く。

 また、接触と共にナイオルの剣が流される――

 がしかし、ナイオルは振り切った後、その勢いを殺さぬまま、槌納がナイオルへ刀を走らせる速度を、更に上回った速度で上段左方から切りかかってきた。

「――――――ッ⁈」

 急な剣筋の転換だった為、威力は然程無く、槌納はなんとかナイオルの剣を左方に振り払う。

 それでも、ナイオルの剣の勢いが止まることはなく、振り払われた方向から水平切りが飛んできた。

 ここでも、斜めに刀を構え絶妙な角度で上方へといなしていく。

 両者の剣はどちらも空を切るが、動きを止めることは知らない。

 このような攻防を、二三手繰り返し、槌納が動きを変える。

 敢えてナイオルの剣に刀をぶつけ、衝突の勢いを利用して、後方へ飛び退く。

 ナイオルはこれを深追いしない。

 何とか対応し始めた剣術に、まだ見ぬ領域があると考えたからだ。

 再び、向き合い静止する。

 ほんの数秒の膠着状態だが、何倍、何十倍もの時間が流れているかのように感じる。

 先に動き出したのはナイオル。

 剣をグッと引き、突きの構えを取り、高速で突進する。

 日本刀と違い、丈夫さに重きを置いたロングソードに於ける無双の攻撃。それが突き。

 熟練した使い手によって繰り出されるそれは、一撃必殺。尋常ならぬ瞬発力による突進は突きの威力を、跳ね上げる。そして、ナイオルの突きは、確実に槌納の心臓を捉えていた。

 これは避けられまい、いや、寧ろ避けたとしても確実に重傷を負わされることを本能的に理解した槌納は、刀を構える。

 身体を傾け、両手で柄を握り、腰を落とし上段の構えをとる。正面から迎え撃つ。

 ナイオルの剣先が槌納の日本刀に接触する。

先程と比較にならない威力に受け流しきれない。

 ガリガリと刃同士が擦れて悲鳴が上がり、火花が散る。

「おぉ――――――!」

 思わずうなり声を上げる槌納。

 彼は刀に込めている力と神経の全てを剣と刀が交差する一点に集中し、力の均衡が崩れないように精密に動かす。

 ナイオルの強烈な攻撃は、槌納の力を持ってしても抑え込むことが難しく、僅かに刀を動かすことも困難だ。

 そのため、僅かな刀のズレであっても、刀が耳障りな音を立て、火花が舞う。

 何とか剣をいなすも、完全に起動を変えるまでには至らず首を全力で傾け、避ける。

チッ

 ナイオルの剣が頬を撫でる。

 一瞬離れてお互いに構え直し、次の刹那には同時に突きを放つ。

「はっ――――――――!」

「だぁあああっ!」

 ナイオルは首筋、槌納は心臓とお互いに急所を狙いに行く。

 ビュッ

 空を切る音がその場に轟く。



 ゴンゴンゴンゴン――

 攻防に水を刺すかのように、制限時間の終わりを告げるゴングが鳴る。

 同時に剣戟を止める。

「……足りんぜよ」

 あからさまに不服の表情を浮かべるナイオル。だが、直ぐにけろっと表情を和らげ、

「残念だが、引き分けだぜぃ」

「いや、お前の勝ちだ、ナイオル・ムーア……」

 と、槌納が言うと彼の首筋から、つー、と細く血が滴る。

「へっ、それは違うぞ大ちん。俺は普段から使っているロングソード。対する大ちんはどうやらなれない武器みたいじゃんよ。その武器がお前の手に馴染んだモノでねぇと、お前との勝敗は決まってないぜよ」

「……何時から気づいていた? 俺が日本刀を使いこなせてないことに……」

 槌納はナイオルが既に武器を使いこなせていない事に気づいていたことに驚いた。

「最初に刃が接触した時からだぜぃ、当然だろい。お前ほどの実力があれば、俺の勘程度で、避けきれる訳ねぇんぞい」

 頭をバリバリと掻きながら、ナイオルが答える。

「……よし、決めたぜぃ……。俺の決闘内容はお前との一騎打ちだ。どうよ?」

「それでいいのか? クラスの存亡すらかかってるんだぞ?」

「おうよ。こんなんじゃ気持ちよく終われないぞい」

 先ほどまでのにやけたナイオルの表情が一転し、きりりとした目つきで槌納を見つめる。

「だけどさ、一つだけ問題があるんだぜぃ」

「なんだ? 問題って」

「それはお前だよ大ちん」

「それは、どういうことだ?」

「大ちんの実力は申し分ない。んだけど、それを相殺するかのように武器が合ってないぜぃ。しかも、当然俺は決闘の時、俺の象徴武器(スィンヴォロオプロ)で行く。んで、大ちんが普通の武器を使ったんじゃ、直ぐに壊れて面白くないじゃんよ」

「だが、今まで俺は自分に合った武器に出会ったことがない。二週間後までに見つけられる確率は低いと思う。しかも、象徴武器(スィンヴォロオプロ)に耐えられる武器なんて、そんなに直ぐ用意できるかどうか……」

「そこで俺に考えがあるんだが――」

 ナイオルは、武器を専門に扱う、言わば職人の知り合いがいるらしい。その人は普段見ない武器すら扱っているのだそうだ。ナイオルの考えとは、その知り合いを紹介するから、今日中にでも行かないかというものだ。

 願ってもない提案に槌納は直ぐに乗る。

「決まりぜよ。準備出来たら演習場の入口で集合ぞい」

 と言ってナイオルは先に退出した。

 ふぅー、と深く溜息をつき傷を負った頬と首筋から流れ出る血を手で拭いとる。

 天を仰ぎ、しばし戦闘の余韻に浸る。

「……武器……か…………」

 周りを見渡すと多数の観客が呆然としながら槌納を見ていた。

 彼らの方に目をやると、皆が皆バツの悪そうな顔をして目を逸らす。

 皆の動きに疑問を覚えるも、槌納は再び顔を上げ、しばらくの間、空を眺めた。

 長年感じてきた問題を、果たして解決できるのか、と不安を感じるも、解決の可能性は逃してはいられない。

 あと二週間も無いのだから――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る