14-1


柔法じゅうほう

 それは、槌納いぬいが編み出した独自の武法。

〈柔らかく、そして、取り込む〉を基礎に、相手と対峙する。

 柔を用いた技法ではあるが、多くのそれと異なるのは、武具を用いてもそれを一切変わらずに行使することが出来る点である。剣術や槍術といった武具を利用した武術において、境地の一つとして挙げられるのは、武器を身体の一部として意識し技を繰り出すことだ。その点に於いても、槌納の柔法は境地に達していると、言わざるをえない。

 ナオスに来て三日目。

 槌納は演習場に立っていた。

 演習場は時間によって、利用内容が変わってくるが、この時間は、どうやら一対一で戦闘の模擬演習をする時間帯となっているらしい。しかも、勝ち越しによる連戦が可能だ。

 槌納の目の前に構えているのは、同じ『Ω』のナイオル・ムーア。

 両者は互いにそれぞれの戦闘態勢を取り、間合いを計る。

 一瞬の静寂の後、演習開始のゴングが鳴った。

 ほぼ同時に剣が振るわれ、両者の刃が激突した――



 時は少し遡り、午前。

 その日は、陽のメールの件があり、また、お互い他の興味もあるだろうということで、二人は早朝から別行動をすることとした。

 予定を立てていなかった槌納は、おもむろに携帯端末を取り出し、本日ナオスで行われる講義などの日程を確認する。

「……どうにも情報が無さ過ぎて、何をすればいいのやら」

 講義の項目を開くと、各学生が開く講義の予定と概要が書いてはあるのだが、それが自分に必要であるのかは、分からない。

 講義を受けるのは諦めて、今から参加出来そうなイベントを探し始める。

 基本的にイベントは事前の登録を済ませ、初めて出ることが出来るのだが、中には参加人数が無制限で、時間さえ有れば飛び入りで参加できるものもある。

 基本的には事前に登録を済ませた学生や参加中の学生が優先されるため、長時間待たされることが多い。その為、飛び入り参加する者はなかなかに少なく、自分の研究に熱心な学生などは、そもそもイベント参加すらしない。

 だが、この様なイベントは研究テーマも決まっておらず、一日という長い時間を持て余してしまった槌納にはうってつけなのである。

 イベントを探し、画面を下の方へ移動させると――

『一対一のガチンコ対決』

 と書かれた、名前にセンスの欠片もない簡素なイベントを発見した。

 何故だかそのシンプルさに変に惹かれて、詳細を見る。

 そこには、

『参加資格等は一切問いません。どんな学生でも腕試し可能です。更に、勝ち抜きによる連戦を採用しているため飛び入りでも、何度も戦えるチャンスが! 不定期開催の大人気のイベント! 研究に疲れてストレス発散したい方、暇を持て余してしまった方必見です! 参加方法は、第一演習場売り場にて我々の試作商品を購入するだけ!』

 目にして、ニヤリと口角を上げる。

「ここ数日まともに身体を動かしてなかったしな……」

 既に参加する気満々の槌納。

 一応、怪しいモノがないことを確認し、早速演習場に向かう。

 どうやら、このイベントの主催者自体が『戦闘補佐科』内の一つの団体であるため、新たに開発した新商品のPRに活用されているようだ。

 なるほど、と槌納は納得する。

 ナオスでは主に十分に支給された研究費を普段の生活に用いたりもするが、それでも足りない分を、このように商業を営むことで稼いでいる学生もいる。その中でも、イベントを用いた宣伝は効果的だ。戦闘をしたい学生は自分で会場を押さえる必要もなく、また、押さえた方の団体も新商品のサンプリングと宣伝が出来るため、お互いに利益があるのだ。

 しかも、このイベント自体は勝ち抜きであるが、制限時間もある。それ以内に決着がつかないと引き分けとなり両者退場となる。この仕組みにより、早く対戦を回すことが出来るため、軽く発散したい学生でも、全力を出してスッキリした後、直ぐに研究に戻ることが出来る。また、武器は主催者が貸し出したモノに限定されるため、武器によるハンデが殆ど無い。そのためか、かなり多くの学生から人気を呼んでいるらしい。

 ここでも、商業戦略というものがあるという事に驚きを覚えつつも、槌納は内心主催者の腕を称賛したくなった。

 そうこうしている内に、時計の針は真上を指していた。

 適当に用意しておいたサンドイッチを頬張り、水で流し込み、第一演習場を目指す。

 第一演習場は、ナオスの施設の中で最も大きい建造物の一つで、敷地の中心部に位置している。その為、ナオスのどこから向かってもさほど距離は無い。直ぐに到着し、売り場に並んでいる商品を購入しようと品物を見る。

 主催する団体は補給食の開発をしているようで、そこに並ぶ補給食は一粒数百キロカロリーで沢山の栄養が豊富に含まれているのだとか――。見た事のないモノではあるがそのどれもが第一層ではあり得ないものばかり。適当にチョコレート味の物を買って、エントリーしようとすると、

「では、直ぐに案内しますね」

「……ん? どういう事? 流石に直ぐはないんじゃ……」

 思わず聞き返す槌納。飛び入り参加の槌納は一時間以上待たされてもおかしくはないからだ。

「えーっとですね、本日は予想外の方がいらっしゃいまして――」

 受付の女性の話によると、大物が来て皆が挑戦するも、そのことごとくを倒してしまった為に、もう挑戦しようとする学生がいないらしい。

 槌納はどんな相手か、と期待に胸を膨らませる。

 武器庫に入り、イベントのルールに則って武器を一つ選ぼうと周囲を物色しながら――

 目に映った武器は一振りの日本刀。

 それは、近接に於いて万能の武器。剣の様に突きの動作もとれ、刀の様に相手を叩き切ることもできる。達人の域に達した者は、ソードブレイカーの様に相手の武器を真っ二つにすることもできるとか――

 今まで自分の直感に適合した武器に出会ったことのない彼は、一目で業物と理解できる程の日本刀を選び取った。

 業物――それは強力でありながらも、使い手を選ぶ。何故なら、強力過ぎる故、扱いに慣れない者が使用した時、最悪の場合使い手をも傷つけるからだ。

 そのためか、他の参加者の何人もが業物と理解しながら選ばないのは、扱ったことの無い日本刀の真価を半分も発揮できないと思ったからだろう。

 だが、この槌納はこの刀を選ぶ。

 確かに槌納も、この刀の実力全てを発揮させられるわけではない。

 だが、全く使えないということもない。

 どの武器を選んだとしても、槌納は武器の真価を出しきることが出来ない。それならば、少しでも武器によるハンデを得るのが得策だろうと考えた結果だ。

 業物を手にし、闘技場内へ入る。そこで彼に対峙した相手は――

 ツンツンとした茶髪にグラサン。しかし、はだけたシャツの奥には引き締まった肉体が見える。欧州では一般的な武器とされる長剣――ロングソードを手にした男が中央に立っていた。

 男はこちらを見やると、少しばかり驚いた表情をし、直ぐに、ニヤリ、と口角を上げる。

「おいおい、俺らの対戦は二週間後じゃなかったゾ?」

 そう言った男――ナイオル・ムーアは笑いを溢す。

「んー、俺は身体を動かす為に来たんだが、まさかお前がいるとはな……」

「まあ、今回は楽しむとしようぜぃ。あの日、一目見ただけだったが、お前らのオーラがかなりの異彩を放っていたことを覚えているぞい。戦いたくてうずうずしてたぜよ。思わず名乗り出ちまうほどにな!」

「そんな買いかぶらないでくれよ。まあ、お互い知りたいのは相手の実力だろ? なら、さっさと交えるのが早いんじゃないか?」

「へへっ、分かってんじゃんか」

 一度近づいて、握手を交わす二人。

 直ぐに、距離を取り開始位置へと移動する。

 槌納は刀を抜き、両手持ち、下段の構えをとる。

 対するナイオルは、両手持ち、上段の構え。

 試合開始のゴングはまだ鳴らない。

 だが、二人の間には既に攻防が始まっている。

 お互いに視線を逸らすことはなく、じっと見つめる。呼吸、僅かな動き、瞬き、そして構え。その全てからから放たれるであろう攻撃を予測する。

 三手いや、その程度では足りない。五手、十手、更にその先……。

 観客が集まってきた。

 既に、ナイオルの独壇場かと思われた演習場に、ノーネームの命知らずが現れたからだ。

「誰だあいつ?」

「一度も見たことないぞ」

「あ、アイツうちのクラスにきた転入生の一人だ」

「あー、あのクラス一つひっくり返そうってバカ共の片方か?」

「それだけ自信があるんだろうね」

「相当な加護でもついているのだろうか……」

「いやいや、【神の信託を受けしものエムフィスティスニ】で解放はゼロの雑魚だよ」

「なんだよ、それ。ただでさえ『Ω』も大変なのに、かわいそうだな」

「おーい、せめて面白くしろよ!」

 けらけら、と見下した嘲笑の声が飛び交う。

 それらが、槌納の耳に届くことは一切ない――

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