13
昨晩と丁度同じ時間帯。卓袱台を囲む
二人は相変わらず、夜の作戦会議を行っている模様。
昼の一件からというものの、槌納は頬と頭をずっと擦り続けている。槌納が如何に鍛えているとはいえ、流石に効いているようだ。
「……なんか……違うな……」
槌納が何に違和感を覚えているのか分からない陽。正直な所、彼はそれに対して余り興味もないのだが、取り敢えず返事を返すことにした。
「一体何がだ?」
「ん? いやー、むち打ちしたかも……」
なんなんだこいつ、と思う陽。
「――と、それは置いといて、お前の事だよ
「なんかしたっけか?」
やはり、陽は槌納の考えている事が分からない。
「そりゃ、昼間のあの子だよ。やけにお前に熱心だったあの子」
「
「いや、そっちじゃなくて、お前だよ」
「どういうことだ?」
ますます、陽の中で謎が深まっていく。だが、この様に、陽が槌納の言動に違和感を覚えている時、槌納は大抵鋭い視点を持っている。このことを知っている陽は、槌納の次の言葉を待つ。
「お前の記憶力で、あそこまで執着する女の子を覚えてないわけないよな? あと、金髪ギャルにハマってたっていう言動が凄く気になる」
「……そうかな?」
槌納は何かに引っかかり、更に疑問を口にする。
「小四か……あの時、お前がやけに何かに没頭していたよな?」
「それは、身体を動かす系ではないのか?」
「いや……違う気が……」
槌納は、ピンとは来ていない様子。
陽はそこで走馬灯のように過去の記憶をたどる。
二人の間に空白の数分があった……。
そこに、言葉という絵の具をたらしたのは陽だ。
「人間……観察か……?」
すると槌納が、バッ、と立ち上がり、
「それだ! そうに決まってる、それしかないんだよ!」
突然大声を上げ一人拳を握る槌納に陽は若干怪訝な表情をする。
「……いやいや、何も俺はその頃金髪系ばかり見ていたわけじゃないぞ? 街に繰り出したりして、様々な人を見ていたんだ。何もせずに空を見上げている人や、逆に手元の携帯端末から目を離さない人。店の上司に媚びを売る人に、モデルや俳優の様に注目を集める者――。本当に様々な人を見てきた。その上で、自分が何をすべきで、どうすれば高みを目指せるか、なんて悩んでいた頃だぞ? そんな時にギャルに現を抜かすなど……」
「正直キモいな。それはさておき、間違いないと思う。お前言ってたよな? なんで、頭が良いとかスポーツが出来る訳でもないのに、ある集団の中でカーストの上位にいる奴がいるのかって」
陽は、槌納が口にした言葉が少し腑に落ちないが、今は関係ないと思い話を続ける。
「んまあ、しばらく気になった時期もあったな。だが、それは俺の目指す所では無かったよ」
「それだよ。何処かの高校生のギャルを見てた時期があったじゃんか。彼女達は、目に見えて、これと言った才能は無くとも、人を引きつけることがある。それが興味深いって。つまり、確実にあの期間は見ていた。そうだな?」
「言われてみれば……。それじゃあ、その頃助けた子って事か?」
「そうなるな、んで、その頃お前に懐いていた子って事は、ありえるんじゃないか?」
なるほど、と槌納の推察に単純に感嘆して、言う通りにその頃をフラッシュバックさせる。
(小学四年生あたりで、女の子をいじめから助けて、それから高校生のギャルを観察していた時期か……)
槌納の推察のおかげで、絞るべきポイントがはっきりしている今、あと当てになるのは陽の記憶力のみ。なんとか、思い出そうと過去の記憶を遡る。
そこで、陽は一人の少女に行きついた。
行きついた先、彼女は――
「……りんちゃん……?」
「ビンゴだな」
「いや……でも、確かに名前の頭文字は同じだが、それだけじゃ正解か判別できないし、しかも俺の記憶の中で彼女は、昼間に会った彼女とは大違いだ……」
「寧ろ大違いだからこそ、正解な気がするぞ」
「……」
やはり、陽は槌納の言葉の意味するところが掴めない。それでも、槌納を信じていられるのは、これまで築き上げてきた関係の賜物だろう。
「
槌納がとどめの一撃とでも言うように言い放つ。
直感というのは、時に全ての過程をすっ飛ばして、結論に至る。結論を見つけた後は、それを成り立たせるために過程を埋めるだけだ。
実際、直感と云うのは、生物が皆生まれた時から持つ能力だ。しかし、殆どの人間がそれを使いこなせてはいない。寧ろ、使いこなせる訳でもないのに、無理やり理由をこじつける為に悪用する人間すらいる。
例えば、胡散臭い政治家や研究者がそれだ。彼らは自らの利益の為だけに、直感を言い訳として行使している。
だが、槌納んお直感はその精度が尋常じゃない。
本来、直感とは真理を突き詰めた結果だ。だから、頭がそれに追い付いていかなくとも、自然と身体が、真実の結論や未知の解明に辿り着くことがあるのだ。
しかし、普通に生きているのであればなかなかこれほどの精度は身につかないし、意味がある活用はできない。
ここで、槌納が直感を行使することが出来たのは、彼が普段から小さな物事でさえ気にかけ、学ぶことを止めない――努力家であったために彼が本物の直感という能力を身に付けたのだ。
長年、陽は槌納と協力し合い、彼を側で見てきたからこそ彼のその能力を疑わない。
だからこそ――
「……そうだな。よし、百合川……いや、林檎に連絡をとってみようと思う。そして、しっかり話し合ってみる」
陽は決心した。そう、半日という短時間で。しかも、槌納の推察からだ。それでも迷いはしない。
携帯端末を取り出した陽は、早速メールを打つ準備に移る。
『今日はほんとにすまなかった。先程、ふと思い当たることがあったので連絡した。詳細は後日直接話したいので、会える日はあるか?』
ピッピッ、と軽快な速度で文字を打ち送信し終える。
「お前の直感は本当に凄いな。ありがとうな」
陽は素直に感謝を述べる。それを聞いた槌納は、
「改めて感謝されるとむず痒いな。あ、でもな――」
今度は何だと、陽は槌納に向き直る。
彼は一呼吸置くと、はっきり言い放った。
「もしも、林檎ちゃんと仲良くなっても、現は抜かすなよ? そもそも、俺がここまで協力したのは、仲間に林檎ちゃんが加わることで、俺らが優位に立てると思ったからだ! けっっっっっして、お前に彼女を作らせるためじゃない! 分かったな?」
陽は、はぁー、と溜息をつき眉間を押さえる。
折角のいいムードが台無しにされてしまった。
一体何なんだ、このポンコツ童貞は、と嘆く陽。
どこまで行っても、欲にまみれている、というか、それが必ず頭にある。寧ろ、考えていない時はないのかもしれない。こればかりはどうしようもない、お手上げだというように俯くと、丁度その瞬間に、
ピロン
と無機質な音が鳴る。
如何やら百合川から返信が来たようだ。
二人で画面を覗き込み、内容を確認してみると――
『おっけー。明日なら午後の三時あたり空いてるけど大丈夫そう?』
陽は、ギャルにしては予想外にも簡素な内容に、内心驚きつつも、
『了解、ではΩの校舎の屋上で待っている』
と返信した。
「どうやら、明日が決戦の日だな」
横から意味不明な言葉が聞こえてきたが、取り敢えず無視しておこうと、陽は思った。
「ここで、強力な助っ人となってくれれば、過去のわだかまりも解消できて一石二鳥だし、今後の方針も楽に決まりそうなんだが……」
「もちろん、決めてくれるよな?」
「あぁ。まあ俺は真実を伝えるだけなんだけどな」
多少の不安は抱えつつも、なかなかの滑り出しに、期待に胸が高鳴る。
雲の少ない夜空から、月光が煌々と真夜中のナオスを照らしている。
勝利を照らす希望の光か。
はたまた、目をくらませる罠なのか。
踏み出してみなければ、分からない。
だが、残された時間はごく僅か。足踏みしている暇などない。
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