珈琲を飲みながら
和奏もなか
第2話 縁をなぞって
彼女の葬式に、出席した。両親に我儘を言って、 平日、彼女の家へと向かった。
棺桶の中にいる彼女は、本当に眠っているのではないかと思うほど、静かだった。
いや、眠っていることには違いないんだろう。ただ、永遠にその眠りから覚めることがないだけだ。
彼女の両親に声を掛けようと思ったが、辞めた。これまで育ててきた娘をなくした親の心情は、知りたくなんてない。きっと私よりも壮絶な気持ちだろう。これ以上抱えたら、壊れてしまう。私は、優しくなれない。
中途半端な優しさは人を壊していく。地獄への道は善意で舗装されている。そう言ったのは誰だったか。ぼんやりとしながら、駅までを歩く。少し先に、沙知と見つけたあのカフェをがある。寄ろうか、考えて、立ち止まる。店に入ると、人は少なくて、沙知と一緒に座った窓際の席に腰掛ける。
「ご注文は何にしますか?」
人の良さそうな店長さんが、注文をとりにきた。目じりがくしゃりとしている。
「コーヒーとシフォンケーキください。」
メニューも開かずに注文する。
店長さんは、注文を繰り返すことは無く、直ぐにカウンターの奥へと消えた。しばらくして、コーヒーとシフォンケーキが私の前に置かれた。コーヒーカップを手にとって、両手で包む。冷え性の手のひらに、じんわりとコーヒーの熱がしみ込んでいく。
白い陶器のカップの縁に口を添え、そっと、一口啜る。口に、苦味とほんの少しの酸味。それから、いつもは鼻で感じるだけだった、あの芳ばしい豆の香り。落ち着く香りが口から鼻へと抜けていく。広がる記憶。裾野に香り。明るい向かい。向かいにいるはずの、沙知が居ない。きつい夕日が、私の影を作る。私だけの影を。昨日まで、いたのに。傍にあなたが、いたのに。かなしい。こんな時に、これしかないのか。語彙力の乏しさをまた感じた。
かなしい。かなしい。さみしい。どうして。
泣きたい。けれど、涙は滲んで苦味に溶けた。あの子は滲んで空に消えた。
珈琲は、苦くて好きになれない。シフォンケーキは、あの子が言った通り美味しかった。
あの子がいなくても、味は変わらない。
それだけの事実が、たまらなく寂しくて、かなしい。
外から射し込む西陽が、余計に目に染みた。
「苺ちゃんへ」
そう書かれた手紙が届いたのは、あの子が消えて二ヶ月がたった時。白い和紙風の封筒に、可愛らしい黒猫のシルエットのシール。
中身は、なんだろう。
珈琲を飲みながら 和奏もなか @wakanamonaka
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