5-3


「ぬんっ!」


 近づいてきたロモからなるべく距離をとりつつ、何度も短剣を投げ飛ばしながらロモの動きを注視する。それほど遅くも早くもないスピードだ。だが、近接して彼の間合いに入った瞬間、ありえないほどの動きを平然とこなしてくる。


「っ、くそ!」

 今も死角を突いての背後を狙った攻撃も、いつの間にか盾で防がれてしまう。


 なによりもえげつないのが攻撃を防がれたあとの速攻カウンターだ。これは互いの距離が近く体勢も整っていない状態で来るので、ほぼ確実に直撃を免れないと言っても良い。


「……レッセイ傭兵団の一員ともあろう者が、この程度とは」

 痛む左わき腹に加え、左肩を押さえながら膝を着くアルニを見て、失望したような眼差しを向けてくる男に、小さく笑った。

「悪ぃな、期待に応えられなくて」


 そもそもアルニに純粋な強さはない。

 魔族相手に一人で追い払ったレッセイや、あのデカい黒鉄狼の頭をかち割れるティフィアのような、圧倒的な力を持ち合わせていない。

 周囲の状況を使い、魔法や罠を仕掛けて上手く立ち回る、そんな戦い方が主流なのだ。だから強さで言えばレッセイ傭兵団の中では一番弱い。


 そしてだからこそ1対1の戦闘で、なおかつ周囲に利用出来る地形がない状態のこの場において、アルニに勝ち目などほとんどないと言っても過言ではないだろう。


「でもな、これでもずっと傭兵団の中にいたんだよ。レッセイたちに混ざって、強ぇ魔物を倒してきた。魔物の群れに襲われて、絶対絶命のピンチに陥ったこともあった」

 アルニは右手をそっと、地面に触れた。

「――地の精霊よ、揺らせ!」その瞬間、アルニとロモの足元が言葉通り震えるように揺れる。だがロモは体勢を低くどっしりと構え、地震をもろともせずにアルニからの襲撃に備えているようだ。


「こんな地震で―――」

「いや、そろそろタネ明かしの時間だぜ?」


 アルニは地面に触れていた右手を、何かを掴むようにして握り、そして勢いよく引き上げる・・・・・・・・・

 その瞬間、ぎゅるっという音と共に、虚空にピンと糸が何本と引かれ、地面に無造作に突き刺さった短剣が唐突にロモに向かって飛びかかってきた!


「ぬぅぅううううっ! これしきぃぃいいい!」

 ロモは右足で今だ揺れる地を踏みしめ、盾を振り回す。

 盾に弾かれ、あるいはその風圧で吹き飛ばされ、次々に短剣が防がれていく。不安定な足場で、よくそこまで動けるなと感心しつつ、唐突にアルニは小物入れから黒くて小さな球体を取り出し、ロモに向かって投げた。


 当然のようにそれに気付いたロモはその球体も盾で防ぎ、再び襲い掛かる短剣を弾いてると、何故か観客が騒がしいことに気付く。それを訝しんでいると、

『な、なんだ――――ッ!? なんなんだこれは!? ロモ・ルモッコロモルの周囲に、なんか浮き上がってきた――――――ッ⁇』

「なっ!?」

 アナウンスの声に驚き、慌てたようにロモは自分の周囲を確認した。


 そこには、合金の盾の他に、鉄製の薄い盾が全部で四枚、ロモの半径1メートルの範囲に浮かんでいた。


「鍛冶師に大金掴ませて、武器特性を付与したってとこか?……まぁ、予想通りで良かった。これで対処のしようがある」

 地震が納まった直後、アルニは風の精霊を使ってロモに向かって駆けだす。それに気付いたロモが盾を繰り出すが、

「ハッ! 遅ぇ!」


 一枚の盾が横向きになり、それがアルニの横っ面を目掛けて飛んできたのをスライディングで避け、上から降ってくるように落ちてきた盾を急停止して後ろへ一歩下がることで避けると、落ちた盾に隠れて現れた盾を短剣で弾き、再び走り出す。


「ぐ、ぬぅぅぅううううううううううっ‼‼」

 一気に形勢が逆転していることにロモが焦りを滲ませながら、近づいてきたアルニに合金の盾と鉄製の盾を差し向けるが、盾の一つに足をかけてロモの頭上を飛び越え、背後をとったアルニが彼の首筋に剣先を添える。


「ぬ、ぐ……ぅ」

『試合終了――――――ッ‼ 第一回戦、勝者アルニぃぃぃいいいいいいいい‼‼』


 ワッと歓声が沸き、一部では罵倒の声が聞こえるが、どうせ賭けで負けたことに対してなので無視しながら、アルニは短剣を納め、こっそりと安堵の溜め息を吐いた。


 さすがにロモにこの程度かと言われたときは、正直カチンときた。

 しかし、確かにこんなところで負けたら、解散したと言えどレッセイ傭兵団の名折れだと思ったのだ。だから勝てて良かった。……予想外れてたら、マジ危なかった。


そんなことを思っていたら、申し訳なさそうな顔をしたロモが近づいてきたことに気付いた。

「……完敗だ。試合中での無礼な言葉、撤回させて欲しい」

 ちょうど今思ってたことだ、とアルニは苦笑しつつ「他のメンバーなら、もっとうまく立ち回ってお前ごとき瞬殺だったぞ」と出かけた言葉は呑み込んだ。


「それと聞きたいのだが……あの黒い球体、中身はレス気体だな。どうやって手に入れた」

 レス気体。これは鍛冶師くらいしか持っていないだろう、武器特性を消す効果を持つもので、普通市場には出回っていない代物だ。まぁ、魔物相手にはあまり使うことはないので、普段必要とすることもないのだが。


「悪いけど、そう簡単に教えられるほど安くねーよ」

 咄嗟に目を逸らしたことを、何故かロモは不思議そうに、かつ残念そうに背中を向けて去って行った。


 ……まさか巨鬼ギガンの屁だとは、さすがに言いにくい。


 レッセイ傭兵団のみんなで、最後に仕留めたあの魔物だ。尻の肉を削いでるときに偶然屁をこいたので、一応取っといたのだ。

 知り合いの鍛冶師にでも売ろうかと思っていたのを忘れてて、そのままだったのを昨日思い出して用意したのだが、正解だったようだ。


 本当は、紛れ込んでいるであろう王国軍の騎士に使うつもりだったんだけど。……あいつら絶対チート級の武器と防具使ってくるだろうしなぁ。他になんか対策練っとかねーと。

 つーか、本当に持っておいて良かった。さすがに特性で見えなくなった武器相手じゃあ、避けようがないからなぁ。


 それからアルニは選手用の観客席に向かいながら、次の対戦相手に思いを馳せる。

 名前はライカ。一回目の対戦相手が突然試合開始前に逃げ出したらしく、不戦勝で上がってきた人物だ。なんだか怪しいやつだな、警戒しておこう。


「―――あ、お兄さん。死にたくないんなら、あっちの席に行かん方がいいよ」

 不意にかけられた言葉に後ろを振り向けば、そこには生意気そうな笑みを浮かべたリュウレイの姿があった。


「レイ……」

「久しぶり、お兄さん!…………ちょっと話そうよ」

 笑顔なのに笑っていない紅い瞳に促され、二人は人混みから少し離れたところへ来た。


「あー……、その、この間は」

 悪かったと頭を下げようとしたところで、手で制された。


「謝る相手違うし、それはどうだっていいんだ。……お兄さんにだって、色々あるんでしょ? オレたちだってそうだし」

「………」

「とりあえず聞きたいんだけど、お兄さんはお嬢と会う気、ある?」

「あ、ああ。謝りたいと思ってた」

 だからこそ、マーシュンと取引したのだから。


 そこでふと気付く。そういえばコイツ、ティフィアに対して過保護なヤツだった、と。ティフィアを殺そうとした俺が彼女に謝りたいだなんて、そんなこと許すはずがない―――

「そっか。うん。お嬢も話したいって言ってたから、良かった」

 ―――こともなかったようだ。


 ……レイが警戒する判断基準が分からん。


「つーか、え、ティーが話したいって言ってたのか?」

 誰と?……俺と?

「うん。でもそれ以上は本人から聞いて。―――で、こっからが本題なんだけど。お兄さん、棄権してくれん?」

「は?」


「お嬢がせっかく自らの意志で決心して行動してるのに、お兄さんが死んじゃったらお嬢立ち直れなくなるかもしれんし」

「おい、ちょっと待て。……意味が分かるように説明してくれ」


 俺が死ぬって、なんだそれ。

 この闘技大会では、殺生はもちろん禁止されているはずだ。


「お兄さんが、あのおばさ……ニア姉さんを、本気で怒らせちゃったからだよ」

 リュウレイは肩を竦め、首を横に振った。

「あの人けっこう融通利かんからさぁ。たぶん、お兄さんを視界に入れた瞬間、斬りかかってくるんじゃない?」


 思ってなかったわけじゃなかったが、やっぱりティフィア第一な過保護キャラか。リュウレイよりも激しい感じの。

 そして、観客席に向かっていたときにかけた言葉を思い出す。確かニアって人も選手だったし、観客席にいたのだろう。……さっきもロモと戦ってたし、名前まで出てるからバレてるだろうけど。


「お兄さん、どうせお金欲しくて出場してるんでしょ?――はい、コレ」

 そう言ってリュウレイが取り出したのは、金貨が入っているであろう布袋だ。


「三人でこなした依頼の褒賞金……の分け前。これだけあれば、一か月は余裕で生活出来るよね。……お嬢とは大会が終わったあとに引き合わせてあげるから、早く棄権の手続きして会場から離れた方がいいよ」

 布袋を押し付け、用は済んだとばかりに背中を向けようとするリュウレイを、アルニは慌てて引き留めた。


「待ってくれ!……一つだけ、聞かせてくれ。お前らはなんで、こんな大会に参加してるんだ?」

 純粋に疑問だった。ティフィアたちは、なるべく勇者一行であることを隠しているように感じていたのに、それを突然勇者であることを表明して、王国主催の闘技大会に出ている。

 大会自体それほど規模は大きくないとは言え、「勇者が王国の闘技大会に出場した」なんて事実、あっという間に各国へ噂として広まるだろう。……それをティフィアたちが本気で望んでいるとは思えない。


「―――お兄さん。分かってて聞くのは、野暮だと思うよ?」

 そう言い残して、リュウレイは今度こそ去って行った。


 一人取り残されたアルニは、それもそうだな、と思った。ティフィアが馬鹿であることを、アルニはよく知っている。

「………ありがとな、レイ。おかげで、やる気が出た」


 きっとティフィアがミアに直談判したのだろう。城での騒ぎをなかったことにして欲しいとか、そんなことを。そしてミアが条件を出してきて、それが勇者であることを明かして大会に出ろとか、優勝しろとか、そんな感じのことを突き出してきたのだと思う。


 それならば、これは俺の問題でもあり、責任でもある。

 ―――だったら、勝ち抜くしかないだろう。

 そして、優勝する。


 勇者と勇者の仲間を打ち破った、俺の名前を轟かせて、勇者の存在を霞ませてやろう。……こうなったら意地でもやってやる!


 そうしてアルニが会場へ戻ると、ちょうどニアが対戦相手の男を屈服させていたところだった。それを見ていたら、視線に気付いたのかニアもアルニを見る。

 隠すこともしない、純粋な殺意が滲む、薄桃色の瞳。

 アルニは背筋が冷たくなるのを感じながら、彼女が目を離すまで、じっと見返していた。


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勇者が死んだ世界を救う方法 くたくたのろく @kutakutano6

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