5-2

 闘技大会のエントリーは、何故か教会が執り行っていた。


 城へ行くために訪れたとき出会った神父に闘技大会の参加表明をすると、彼は困った顔をした。

「これはこれは………、わたしは一体誰に投資すればいいのだろう? これも女神レハシレイテス様からの試練だろうか」


 どうやらこの神父もマーシュン同様賭けに参加しているようだ。

 つーか神父が賭博していいのかよ。


「あ。大会は商業層エリアにある多目的スペースで行われるからね。日取りは5日後。遅刻したら失格だから気をつけてね。……………あ、そっか。賭けた選手以外潰せば――」

 最後の不穏当な台詞は聞かなかったことにし、とりあえず周囲への警戒は怠らないようにしようと思った。


「5日後か……」教会から出ると、アルニは空を仰いで一人呟く。


 それだけ期間が空いていれば、さすがにティフィアたちもこの国から出ると思うんだが。しかしそれならマーシュンが大会優勝を引き合いに出すことも、自信満々に「問題ありません」なんて言わないだろう。元情報屋なだけあって信用と信頼の重要性はよく分かってるからな、クズだけど。


 ……どうしてティフィアたちはまだこの国に残っているんだろうか。―――ああ、あの赤い大蜘蛛針ロートレチリックか? 近隣諸国でも話が上がってるとミアが言っていたし。もしかすると『勇者』だから、それに関する調査依頼でも受けたとか?


「勇者、か」

 あんなに弱っちいのが、勇者。


 たくさんの魔物を見るのが怖くて戦闘経験もないような、…………あんな、世界の黒いところなんて一切見たこともありませんと言わんばかりの無垢な笑顔を向けてくる、幼い女の子が。勇者。


「……――そういえば、魔王は前の勇者が倒したんだよな?」

 ならどうして・・・・・・―――勇者が現れたんだろうか・・・・・・・・・・・・

「……」考えても分かるわけがない。頭を横に振って、それから依頼を取りに縦覧通りへ向かった。


 それからの数日は、簡単な依頼をこなしつつ大会に向けて準備を整えていた。


 武器の調達、罠の仕掛け作り、防具の新調など。大会では回復アイテムの持ち込みも使用も禁止なので、いかに対戦相手の技を見抜いて避けられるか、そして体力を温存して決勝まで挑めるかが重要になる。


 特にアルニの戦法では相手に大ダメージを与えられる攻撃手段がないので、これが一番の課題になるだろう。魔物相手なら弱点を見いだして短剣で刺したり切ったりすればいいが、当然ながら大会では殺生も禁じられている。だとすれば戦闘不能に出来るような攻撃方法を考えるしかない。


 ――そんなことをツラツラ考えてる内に、闘技大会開催当日。


「ここ、だよな?」

 闘技大会が行われるという多目的スペースに足を踏み入れ、辺りを見回す。


 本来は祭りやバザールといった催事で使われる広場で、辺り一面芝生のかなり広々した空間である。そこに大会のために用意したであろう簡易客席が設けられ、客席近くには魔術紋陣が刻まれた柱が立っていた。おそらく試合の巻き添え防止のために観客を守る結界が張ってあるのだろう。


 ……というか予想以上の賑わいだ。王族主催だからある程度規模の大きさは想像していたけど、これほどまでとは。

 見渡す限りの人。人。人。みんな観客だ。席が足りずに立ったまま観戦しようとする人が当たり前のようにいる。


「この中で試合すんのかよ……」

 すでに人酔いでフラフラと受付で本人確認を済ませていると、「おっ、レッセイの倅じゃねーか!」後ろから慣れ親しんだ声が掛けられる。


「だから息子じゃないですよ、アレイシスさん」

 振り返って苦笑いで返せば、そうだったな! といつもの豪快な笑顔を向けるアレイシス・ビナー。受付の人が持っていた書類に彼女の名前があったから、やっぱり試合選手として出場しているようだ。


「それにしてもお前がこんなところにいるなんてなぁ……。なんだ、もしかしてあたしの勇姿でも見に来たのか? それとも金欲しさに参加――なワケないかぁっ!」

 ガハハハッと声を上げて笑われた。そうだよな、今まで大会の存在すら知らなかったぐらいにはこういう派手なイベントに興味すらなかったもんな、俺。


「ま、まあ、色々あって……その、俺も参加するんだけど」

「えっ!?」歯切れ悪く返すアルニの言葉に、アレイシスは小さい目を丸くして驚愕し、顔を引き攣らせた。

「お前、大丈夫なのか? つーか、知ってんのか?!」

 意味深な言葉に首を傾げた。


 知ってんのか、てなんだ? 賞金のことならきちんと細かく調べて――

「今回の大会は、その、『勇者』が出るって噂だぞ?」

「――――――は、あ?」

 勇者、だと……?

 アレイシスがアルニに爆弾発言をした直後、唐突に観客席の上空に巨大スクリーンが浮き上がる。そして―――


『大会出場者の腕っぷし自慢の輩共よぉ! ずいぶん待たせちまったようだが、ついにこの時が来たぜぇぇええええええッ! これがッ、貴様らの命運を別けるッ、トーナメント表だぜくそこらぁぁぁぁああああああああああああッ!!』


 広場に響き渡るやたらうるさ……テンションの高いアナウンスに耳を塞いで眉を顰めながら、現れたスクリーンに表示されたトーナメント表を見上げる。

 出場人数は意外と少なく、アルニ自身を入れても総勢16人しかいない。そしてそこに―――確かに書かれていた。


『今回の闘技大会は熱いぜッ! 例年以上に盛り上がること間違いナッシッ! 知ってる人も知らない人も聞けやゴラァッ!!―――なんと「勇者ご一行」様が大会に特別出場してるんだぜぇぇぇええええええええええ!!』


 勇者、という言葉に反応して観客たちがすでに歓声を湧かせる。……なるほど、この観客の多さは勇者を見に来たミーハーたちも含まれていたのか。

周囲の様子にうんざりしていると「大丈夫か? その様子じゃあ、克服してねーんだな『勇者』のこと。棄権するか……?」アレイシスが心配そうに窺ってきた。

 アレイシスは俺が勇者嫌いだってことは知っている。だからこそ案じてくれているのだろう。


「………」

 ティフィア。

 リュウレイ。

 ニア。


 ――まさかあいつらの名前をここで見ることになるとは思わなかった。


 だが、もし彼女たちと“対立”という形で再会したら……また俺は暴走してしまうかもしれない。ティフィアを、今度こそ殺すかもしれない。


 話がしたかった。

 あのときのことをちゃんと謝りたかった。


 彼女からすれば迷惑な話だろう、きっと近づけばそれだけで警戒するかもしれない。それだけのことをした自覚はある。それでも俺は――俺のために。けじめをつけるために。謝りたい。その気持ちだけは変わらない。


「……いや、棄権はしない」首を横に振りながら理由を伏せて答えると、アレイシスは少し驚いたようだ。

「そうか……アルニがそう言うならあたしもこれ以上は言わないけどな。――まっ、勝ち進んだとこでお前が勇者と当たる前に、あたしが勇者を倒すけどなっ!」

 ガハハハッ、と再び豪快に笑う彼女に苦笑で返す。


 それからアレイシスと別れると、改めてトーナメント表を見る。

 何度見てもティフィアたちの名前が消えることはない。


「マーシュンの野郎……分かってて仕組んだな」

 ティフィアたちが王都に残っていた理由がこの闘技大会にあったなら、確実にマーシュンはそれを分かっていたはずだ。だからこそ自信満々にアルニが大会に出場するまでは国を出ることはないと言っていたのか。


 金を払えばティフィアたちの居場所を教えてやるという取引だったが、やはりあの老人は賞金よりも賭けで儲けるのが目的だったようだ。意地でも優勝してやりたいな、糞ッたれ。


「―――に、しても……なんでティーたちはこんな大会に……?」

 そもそもティフィアたちは勇者であることを表沙汰にしたくなさそうだった。それなのに、なんでこんな目立つ大会に出てるんだ? 王家主催ってことは、このカムレネア王国主催と同義だ。国のイベントなんだから、目立つことをすればすぐ国中に噂が広がるし、なによりも他国の耳にも入る可能性が高い。

 ……まぁ、それくらいは分かってやってるとは思うが。


「お、レイのやつ一回戦目からアレイシスとか……。どっちかが勝てば次はティーと当たるみたいだな」

 二人があのアレイシスに勝てるとは考えにくいが、リュウレイは上手く魔術を使えば――もしかするかもしれない。

 一方、アルニ自身が当たるであろう対戦相手は名前も知らないやつばかりだった。勝ち進めば準決勝でニアと当たるようだ。


 ……ニアか。

 第一印象がアレなせいかあまり強いイメージはないが、鎧を纏っているのもそうだし、城でアルニの剣にも咄嗟に反応していた。ある程度強いことは予想出来る。あとは彼女の戦い方を見て、対策を練る必要があるな。


 ティフィアたちがここにいるなら戦う必要はないかもしれないが、せっかく大会にエントリーしたことだし、やるからにはやれるところまで勝とう。


 アルニが一人納得していると『――よぉぉおおおおしっ! そろそろ役者が揃ったみてぇだから試合始めっぞぉぉおおおおお!』騒がしいアナウンスが再び響く。


『まずは第一回戦! 解散したことが悔やまれるぜ、元レッセイ傭兵団アルニぃぃぃいいいい!――――でもって去年準優勝した、どこから現れたか!? 神出鬼没・流浪の旅人ロモ・ルモッコロモルぅぅぅううううう! さぁ二人とも! さっさと舞台に上がりやがれぇぇええええっ!!』


 初戦の相手が前回の準優勝者かよ! ツイてねーな………。内心愚痴りながら、アルニは観客席に囲まれた中央の広場へと向かった。

 ロモという男はすでにそこにいて、旅人然としたボロマントに屈強な身を包み、強面の顔で対峙するアルニを鋭い目つきで睨む。


 マントのせいで彼の武器エモノが見えない。しかしあれだけの筋肉量だ、力はあっても俊敏性に欠けているはず。――開始直後に先制をとって、いつものように翻弄しつつ少し出方を窺うとしよう。


『両者揃ったなぁ!? じゃあ――――開始っ!!!!』


 直後、考えていたとおりすぐに動く。足に力を入れて駆け出しながら、腰から抜いた2対の短剣を投げた。

 正面から突っ込んできたアルニに口角を上げ「ふむ。……受けて立とう」ぼそぼそ呟いたかと思ったらバサリとマントを広げた。その瞬間、キンッと短剣が同時に弾かれる。

「っ、」

 すぐにグッと腕を引いて、短剣の柄に巻き付けた細い糸をピンと伸ばし、弾かれた短剣を手の中に戻す。


「――盾、か」

 自分の体の半分くらいはありそうな大盾だ。彼はそれを軽々と持ち上げるとアルニに向かって走り出す。お互いがお互いに向かって走れば、すぐに距離が詰む。


「ふんぬぅっ!」分厚い合金の盾が振り回され、これにはさすがに身を引いて避ける。だがすぐに体勢を立て直して、短剣をロモの腕目掛けて振り下ろすが―――「っ!?」盾の隙間を突いたはずの剣先が弾かれた。


「甘いぞ、小童……!」

 ぶぅんっ! と盾が再び振り回され、これに左脇腹を直撃。軽く吹っ飛ばされ受け身をとるが、あばらが折れたかもしれない。激痛に脇を抑えた。


「……反則級の反応速度だなぁ、おい」

 あれだけ重い盾を持っていればどうしたって一つの動作毎にラグが生じるはずだと、そう考えて接近戦を持ちかけたのだが……まさかカウンターを受けるはめになるとは。


 これは想像以上にキツい初戦になりそうだ。

 アルニは鈍く光る灰黄色の瞳を細めた。

 

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