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***


 ティフィアたち勇者一行が部屋を出たのを見送ったあと、ミアはさっそくとばかりにドレスの中に隠していたペンダントを取り出し、爪先でコツコツと二回突く。その瞬間、紫水晶のペンダントから魔術紋陣が浮かび上がり、それを確認してからミアは一人の名前を口にする。


クローツ・ロジスト・・・・・・・・・


 刹那、何かが繋がったのを感じた。


「――――久しぶりだな、クローツ。息災であったか?」

『……相変わらずですね。あれほど急に連絡するのは止めて欲しいと言ったのに。―――少し待ってください』


 ペンダントから不意に響いた男の声は一度遠くなり、その間に部屋の前にいたオルドにお茶を持ってくるよう頼み、優雅に紅茶をすすりながら待つこと数刻、声はようやく戻ってきた。


『ミアさん、お久しぶりですね』

「忙しそうだな、クローツ。さすがミファンダムス帝国の親衛隊隊長・・・・・にして新皇帝陛下の右腕・・・・・・・・だ」

『茶化すために連絡したわけではないでしょう? 貴方のおっしゃる通り、僕は忙しい。……本題は?』


 ちょっとした戯言すら許さないところ、お前も相変わらずだなと肩を竦め、ミアはつい先刻のことを思い出す。


「お前の“娘”が来た」


毛先が青味がかった銀色の髪と、黒曜石のような瞳。気の弱そうな幼い少女だと、正直最初は侮っていたが、頭を下げてきたときに向けられた瞳には、それはもう強硬な芯があるように見えた。


 ―――あれが、“選ばれし勇者”か、と。


 だがクローツの反応は思っていたのとは違った。


『娘?……どれのこと―――ああ、出来損ないの方かな』

「まったく、ひどい言い草だ」


 オルドのような女神教の勇者派のやつらが聞いたら、今すぐにでも殺されかねない不用心な一言だ。

「ニアも一緒にいてな。金に困ってるから姉妹のよしみでいくらか貸してくれと頼みに来たよ。てっきりニアはお前の元にいると思っていたから驚いたぞ」


 自分とは正反対に、生真面目なあの双子の妹は剣の道を歩むと決めてこの家を出て、流れ着いた帝国で拾われてからクローツに忠義を尽くしてきた。だから、勇者と一緒にいるのも彼の指示なのだと思っていたが。


『ニアが? 多少勇者派に偏ってるとは思っていましたが……。まさかティフィアと一緒にいるとは』

「おいおい、部下の動向くらいしっかり把握しておかないとな。しかも私の愛妹いもうとだぞ?」

『……、こちらにも色々と事情があるの、分かってて言ってますよね?』

「お前が連絡寄越さないからだろ。私はずっと待っていたのに」


 今回話のネタが出来たからこっちから連絡することにした。

 もちろん、想い人からの連絡を胸を焦がして待っていた、とかそんなものではない。


 ミアとクローツは相互契約を結ぶ、ただの利害関係だ。


「で?――――――ヴァルツォンは見つかったか?」


 そしてミアにとっての、本当の意味での本題はこっちだ。


『残念ですが、連絡出来るほどの収穫はありませんよ。指名手配にして各地に検問を敷き、巡回兵も増やしているのですが、なにぶん帝国領は広いもので。しかし確実に国内にいることは分かっています。いくら巧妙に隠れていても時間の問題ですね』


「ふふっ。そうかそうか」


 ヴァルツォン・ウォーヴィス騎士団長。

 国家反逆罪と皇帝暗殺の罪で、帝国軍が現在血眼になって探している人物である。


 そしてミアが一方的に想いを寄せている相手でもある。


『……ところでミアさん。ティフィアとニアは二人きりで旅をしていたのですか?』


 もうじきヴァルツォンが自分のモノになると喜んでいたミアは、探るように聞いてきたクローツの言葉の意味をあまりよく考えずに答えた。


「いや? リュウレイとか呼ばれてる小さい子供もいたな。見た感じ魔力濃度も濃いし、魔術師っぽかったな」


 アルニはこの国で偶然知り合っただけの様子だったので省いたが、あの生意気そうな少年のことは口を軽くして話す。


「黒い髪に紅い瞳で、………そう言えば誰かに似てる気が、」


 誰だったか、とぼんやりと記憶の彼方で霞むように見えるその人物は、どうしても思い出すことが出来なかった。だが、クローツはミアに聞こえない程度にくつりと笑みをこぼす。


『“リュウレイ”、ね。―――ようやく見つけた』

「ん? なんか言ったか?」

『いえ、どうやら僕が知らない仲間を引き入れているようで、勇者一行っぽくなったなぁ、と』

「なるほど、確かにそうだな!」


 勇者とお供の、しかも女二人の旅なんてただ危うさを感じるものだが、これから仲間が増えればもっと頼もしい存在になるだろう。


『それでミアさん、実はお願いしたいことがあるのですが』

「なんだ? お前にはヴァルツォンの捜索をしてもらってるからな、私に出来ることなら大体のことはしてやろう」


 紅茶を一口口にし偉そうに言い放つと、姿は見えずともクローツが苦笑いしているのが思い浮かんだ。


『ティフィアを、勇者だと大々的に宣伝して欲しいのです』

「……ん? それだけか?」


 そんな簡単なことだけで良いのかと聞き返せば、彼は肯定した。


『ええ、それだけでいいんです。それだけで――――あとは我らが唯一神、女神レハシレイテス様がお導きになる』


 全ては運命のままに。


『世界を救うためには、勇者が必要なのですから』


 クローツの言葉に、ミアはなんの疑問も抱くことなく頷く。

 その通りだと、彼女も思っているからだ。


 それが“勇者”という存在なのだから。



***



 やってしまった、とアルニは宿の一室で大きく溜め息を吐く。


 ちなみにマーシュンの宿ではなく、商業層エリアにある宿だ。黒鉄狼の毛皮を売って得た収入で少し無理をして一晩借りることにした。

 さすがにさっきの今で顔を合わせることは出来ないし、下手したらニアに殺されかねないし。……とりあえず城には、もう近づけないな。


 もう一度溜め息を吐き、ベッドへごろりと横になる。


 今日のことを思い出すと憂鬱なので、別のことを考えようと思考を切り替える。

 明日は短剣を買い直して、四つ目烏の卵の殻をまた獲りに行って。


 ……依頼はどうするか。一人だとリスクが思っていたよりも大きいことは今回のことでよく分かったし。やっぱりどこかの傭兵団に入れてもらった方が良いのかもしれない。一番良いのはルシュのところか。


「………―――くそっ、なんで」なんでティフィアが勇者なんだよ!


 どうしようもない事実に悪態を吐く。


 きっと時間にしたら数時間だけの短い付き合いだった。でも、それでも、とアルニは思う。


 三人で行った共闘も、そこから王都への帰り道も、存外楽しかったのだ、と。


 ……結局、考えることはそこに行き着いてしまう。

 自嘲しつつ、アルニは強引に目を閉じた。忘れよう。


 考えるべきことはそこじゃない。


 ティーのことも、レイのことも、もう二度と会うことのない人物のことを思い返したところで、どうしようもないのだから。

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