4.勇者


四つ目烏グズコの卵の殻は可燃性。そして、燃えるときにカプゴリウムというガスに気化する。このガスは単体だと普通の空気と変わらず、無味無臭無毒性のものだけど、不思議なことに唾液に含まれる水素に反応して爆発する性質があるんだ。それほど強いものではないけどね。だけど四つ目烏の親鳥は、もし卵が天敵に食われそうになったら、自ら我が子に炎を浴びせて唾液を飛ばし、爆発させて追い払うらしい。……四つ目烏が一度に産める卵は2~4個程度。一つを爆発させて、残りの卵を守るんだ。――――――――いやぁ、滾るね」


 赤く染まった夕空よりも、紅い瞳が好奇心に燃えていた。




 ティフィアとアルニによって、リーダー格の大黒鉄狼ロウジャンを撃破。


 その後リュウレイの元に戻り、魔術によって伸びた木の枝と根によって捕縛されていた黒鉄狼を全て倒し、王都へ帰る道のりで、リュウレイに聞かれてあの大黒鉄狼を倒したあらましを話した。


 ――そして、冒頭の長い説明口調である。


「お前はいつでも滾ってるな」


 初対面一発で聞いたその単語、これで何回目だっただろうかとアルニは思わず遠い目をした。


「よく分かんないけど、倒せてよかったね! 僕、もう駄目かもって何度も思っちゃったよ」


 えへへと能天気に笑うティフィアに、内心「俺もだ」と同意する。


「――この卵の殻の式法則は有名でね、初歩的な魔術を習うときにはまず最初に教わるんだ。威力はないけど、今回お兄さんがやったように敵を驚かせて隙を作れるように。分類的には補助系魔術だね。……でも実はこの式法則、裏があるんだ。とある別の式法則と掛け合わせることで、爆発の威力を劇的に、」


 二人の後ろを歩くリュウレイはまだ話し足りないようで、一人魔術のことをペラペラしゃべっている。ティフィアはいつものことだというように平然と無視しており、アルニもそれに倣って右から左へ聞き流している。


 ちなみに、そんな専門ヲタク的知識を持ち合わせていないアルニが、どうして四つ目烏の卵のことを知っていたかというと、やはりというか当然傭兵団にいた頃、仲間から聞いた知識だ。


 ……いや、聞いたというのは語弊がある。レッセイ傭兵団では遠征で野宿中、交代で見張り番を用意するのだが、たまに爆睡して遅れるやつがいた。そいつにお仕置きと称してふざけて使っていたため知っていただけである。


「そういえば、依頼って完遂したら依頼主に報告するだけでいいの?」

「ああ。一応、赤い大蜘蛛針ロート・レチリックと黒鉄狼の部位はそれぞれ採取しておいたから、依頼主に確認してもらって、金をもらうんだ」

「お金……!」


 そう言えば、とふと思う。


 今回の依頼、助けてもらった上に協力してもらったわけだから、その分け前は彼女たちに分配を多く渡すのは当然だ。だが、正直少し惜しい。


使ってしまった四つ目烏の卵は、明日再び取りに行くとして。黒鉄狼の毛皮はそのまま残しておくと、森の動物や魔物、それから同業者に荒らされる可能性が高いので、持てるだけ持っている。


「―――ねぇお兄さん、大蜘蛛針の依頼主って王族だったよね。だとしたら王城へ行かないといけないってこと?」


 1人喋り終えて興奮も冷めたのか、リュウレイが話に加わってきた。

 ちなみにずっと彼が抱えていた杖は、右耳のピアスへ収納したらしい。……どういう原理なのか分からんが、非常に便利そうだ。


「たぶんな。俺も王家の依頼は初めてやったから詳しくねーけど。街にいる兵士に聞けば、行き方ぐらい教えてくれんだろ」


 ついにあの塔のような城に入るのかと思うと、だいぶ憂鬱だ。

 後日にしたいところだが、マーシュンにお金を盗まれて無一文の彼女たちは、すぐにでも報酬金が欲しいだろう。


「カムレネア王国のお城かぁ。あの塔みたいな建物だよね!……あそこに入れるんだぁ」


 どうやらアルニとは反対に、少女は城に行くのが楽しみなようだ。


 ――そうこうしている内に王都内へ入り、帰路に魔物と出くわさなかったことに安堵しつつ先に交換所にて毛皮を売り、はぐれ黒鉄狼の依頼を出していた依頼主に報告と部位を渡して報酬金を受け取り、それぞれを山分けした。


 あれだけ苦労したのに、たったの6000トルか……。


ちなみにティフィアたちは、また盗まれるといけないとリュウレイのあのピアスの中へ収納していた。……最初からそうしてれば良かったんじゃないか、とは言わなかったが。



「―――城への行き方かい? この先にある教会で神父様から通行証をもらって、奥にある『魔術紋陣』に乗れば、すぐに着くよ」


 住居層エリアにて兵士の一人を捕まえて聞けば、彼はあっさりと教えてくれた。


 魔術紋陣とは、昔は魔方陣と呼ばれていたもので、これも魔術の一種だ。結界や転送といった本来は大掛かりな魔術を設置して固定することで、魔力さえあればいつでも誰でも使用できる。……これも当然、帝国による技術提供の賜物である。


「教会へようこそ。―――ん、依頼報告のためカムレネア城塔へ? では、これが通行証だよ。転送された先にいる兵士に見せて、案内してもらってね」


 優しげな神父から、長い紐が通された木札を受け取り、首に提げる。そうして奥にある幾何学模様の魔術紋陣が床に浮かび上がる部屋へ通され、それに乗る。神父が少し長めの羽ペンを横に振ると、魔術紋陣は淡い光を纏い、そして視界がぐにゃりと歪んだ。


「……つ、着いた?」


 さっきまでいた教会の部屋とは、まるで雰囲気の違う場所が突然視界に入り込む。城へ転送されたのだと分かっていても、何度か瞬きし息を整えると、ようやく実感できた気がした。


「お嬢、大丈夫?」


 いつの間にか尻餅をついていた少女は、頷きながらリュウレイの手を借りて立ち上がると、ぐるりと周囲を見渡した。


「なんか……すごい!」


 それにはアルニも同意せざるを得なかった。

 古びたレンガ調の壁に散りばめられたガラスが、キラキラと視界に入る。天井はなく、というか見上げても先が見えず、ただ壁に取り付けられた階段が延々と螺旋を描いて上まで続いていた。


「この城、塔って言うより筒みたいだね」


 さすがにリュウレイもこれには驚き、あんぐりと開いた口をそのままに塔の先を見上げている。


「―――カムレネア城塔は元々“祭壇”だった、という言い伝えがあります」


 笑いが含まれたその言葉に、三人はハッと我に返って前を見る。そこには街に常駐していた兵士よりも格段に丈夫そうで豪華そうな、白銀の鎧を纏った純朴そうな青年が立っていた。


「祭壇、ですか?」


 ティフィアの問いに優し気な笑みで頷き、それから三人の首に提げてある通行証を一枚一枚確認し、再度頷くとこちらへ、と階段へ掌を差し向けた。


「わたしの名前はオルド・クルオニ。この城塔の案内人です。……目的の部屋まで少し時間がかかりますので、その間にどうか少しでもこの城塔のこと、聞いて頂ければ幸いでございます」


 こんな訳あり旅人と元傭兵の賞金稼ぎ相手に、どこまでも腰が低くて馬鹿丁寧に接してくるとは……。糞真面目そうな案内人が来たものだ。

 しかもあんな言い方されると断りづらいじゃねーか、と内心愚痴っていると、青年はそんなアルニの気も知らずに話を始める。


「カムレネア城塔は、初代勇者ゼフィル・ガーナ様が創設したという記述がございます。皆様もご存じかと思いますが、初代勇者様は唯一人間でありながら女神様と対等に会話出来るお方でした。


 ですが、女神様の姿も声も我々凡人には見ることも聞くことも出来ない。それ故に、不信を抱く愚か者も当時は多かったと聞きます。――だからゼフィル様は、そんな心無き人々から女神様が誹謗されることを恐れ、この城塔を創り、女神様と人目に触れず逢瀬を重ねていたと言われております。


 そしてこの場所を女神様とゼフィル様の神聖なる場所として、祭壇と称して祀っていたのです。現在ではゼフィル・ガーナ様の子孫であるカムレネア王家の方々が住まわせて頂いていますが」


 うっとりと恍惚な表情で説明し始めた青年オルド。

 ―――前言撤回しよう。彼は糞真面目なのではなく、ただの“女神教徒”だ。


“女神教”――彼らが信仰するのは、世界を創生し生きとし生ける全ての者たちに、惜しみない慈しみと加護を与えていると言われる唯一神レハシレイテス。魔王に滅ぼされかけた世界を維持するために力を使い続け、そして彼女からの寵愛を受けた者が勇者となる――――らしい。


 正直、アルニは神の存在を信じていない。でもこの世に勇者という存在がいるのは確かで、だからこそ女神教は世界で最も大きい宗教なのだ


 女神教は、大体の信者が女神に陶酔しているため、出くわしたらうざいなぐらいにしか思わない。ただ、中には女神から寵愛を受ける『勇者』を崇める者もいる。いわゆる『勇者派

』だ。……そして、彼の口ぶりからして、どうもオルドは勇者派に属しているようだ。


「ゼフィル様は最も女神様に近いと言われていたお方です。その浮世絵離れした美しさは神々しいものだったとの記述もございます。勇者様と言えば、我々の時代ではリウル・クォーツレイ様が有名ですね。彼は歴代最強とも謳われたお方で、1人で何千何万という魔王軍を返り討ちにした、というのは有名な話かと。残念なことにそれほど腕のあるお方でも、魔王との・・・・一騎打ちの末・・・・・・相打ちになって・・・・・・・しまった・・・・のは……本当に残念なことです」


 うぜえ、と舌打ちをしたい気分だった。


 勇者。

 そして、リウル・クォーツレイ。


 この二つは、アルニにとってのトラウマであり地雷だ。


 記憶を失くしたアルニが、自分の名前以外覚えているものが、それだった。それだけだった。


 ――――憎い。


 街を舐めるように広がり燃ゆる炎。満天の星空。三つの紅い月。

 隠しもせず晒される、上がった口角と、白い肌。愉悦に歪んだ群青色の瞳。


 憎い。憎い。憎い、憎い、憎い。


 全てを壊したお前が―――――――ただ、憎い。


「―――、と。……まだ話足りないのですが、目的の部屋へ着きました。さぁ、こちらです」


 オルドの声に我に返り、階段の途中の壁に再び掌を差し向けた。そこには確かに扉があるのだが……。


「いやいや、これ開けたら外に出るだろ!?」


 この壁は城の外壁のはずだ。開けたら当然そのまま外に通じるはずだ。

 だが、含み笑いをしながら彼は扉をノックし、開けた先は――。


「やぁ、君たちだね、私の依頼を受けてくれたのは!」


 褐色の長いポニーテールを揺らしながら出迎えてくれたのは、一人の女性だった。白と金を基調としたドレスを身に纏い、気の強そうな吊り目がちの薄桃色の瞳をまっすぐ向ける。


「私の名はミア・カムレネア・フェルベルカ。現国王の7番目の娘にして、大蜘蛛針の討伐を依頼した者だ」


 広々とした空間に所々高そうな調度品もさりげなく置かれた、一等級な部屋を背景に、豊満な胸を偉そうに反らしながら、彼女はそう言った。


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