2-4


「………オレを怒るのはお門違いだよ、お嬢。大体オレの方が怒ってんだけど」

「僕がこの人にくっついて、魔力流して怪我治したから?」

「お嬢ッ!」


 咄嗟に少年が怒鳴るように少女の言葉を止めようとしたが、彼女はそれを無視してアルニと向き合い、心配そうに「どうですか、動けそうですか?」と尋ねてきた。普通に考えればあれだけの怪我だ、1,2日は動けないだろう。だけど、そういえばいつの間にか痛みを感じてないことに気付き、まさかと思って体を動かせば、今度はすんなりと立ち上がることが出来た。


 慌てて歪に巻かれた包帯を解けば、そこにあるはずの噛み痕もなかった。


「問題なさそうで良かったです」


 へらりと力なく、だけど嬉しそうな笑みにアルニは呆然としてしまった。


 彼女は言った。「くっついて、怪我を治した」と。―――そんなことあり得ない。


少なくともアルニが知る中では、ポーションのように体力や気力を回復する薬は存在する。だけど、こんなふうに怪我そのものがまるでなかったかのように修復するのは、見たことも聞いたこともなかった。


 それにリュウレイと呼ばれていた少年の剣幕を考えると、信憑性も湧くというものだ。


「………」

 何者なんだよ、お前ら。


 そんな疑問を呑み込み、いまだ木に寄りかかってる少女へ右手を差し出した。


「アルニ。ただのアルニだ。助かった、ありがとう」

「! 僕はティフィアと言います! こちらこそありがとう、アルニさん」

「さん付けはいらねえよ。あと敬語も」


 少しヨロついたが、アルニの手を借りて立ち上がったティフィアは「わかった」と笑顔で答えた。

 そんな素直な彼女とは反対に、少年は仏頂面でしばらく二人を睨むように見ていたが、一つ溜め息を吐くと渋々名乗ることにしたようだ。


「オレはリュウレイ。そこのアホの保護者兼付添人の一人」

「ち、違うからね、アルニ! 僕の方が保護者だから!」


 いや、どちらかと言えばリュウレイの方がよっぽどしっかりしてるし、保護者っぽい。それとアホは否定しなくても良いのだろか。

 おかしなやつらだと思わず笑うと、不意にリュウレイは目を細めて杖を振った。


 その柄の模様がぼんやりと光るのを見て無意識に構えてしまうが、ここで今更アルニを脅すことも殺すことにも意味や理由はないはずだ。ティフィアも疑問に感じたのか「どうしたの?」と問うと、リュウレイは少し躊躇ったあと口を開いた。


「結界の強化と再構築。……もうずっと攻撃されまくってん」

「あ?」

「えっ!?」

「ま、オレにかかればあと半日はこのままでも問題ないんだけど」


 どや顔で言い張られたが、本当はそういう問題じゃないことは本人も分かってるはずだ。


それにこの生意気な少年の性格なら、さっさと攻撃してくる敵を嬉々として一掃しに行きそうな印象があったけど、どうやら違ったようだ。


 ――攻めるのではなく、守っていた。


 リュウレイは「ずっと」と言っていた。それは俺とティフィアが寝てる間も、ということだろう。だとすればアルニが起きぬけに見たあれも、結界の強化とやらのためだったのだろう。


……俺を警戒しつつ、結界の維持をしてた。それほど慎重になっていた理由はなんだ。


「そ、それって、魔物ってことだよね。い、いっぱい居るの? リウの結界が半日しかもたないってことは、」

「お嬢!」


 突然顔を俯けて陰鬱な雰囲気を醸し出した少女の言葉を、遮るようにリュウレイが声を上げた。それに驚いたティフィアが咄嗟に「ご、ごめんなさい」と謝って下唇を噛むのを見て、溜め息を吐きそうになって肩を竦める。


「言ったじゃん、問題ないって。大体オレがいるし、なんなら森ごと一掃したっていいよ」


 アホだと貶していた割に優しい言葉を吐く少年に、ティフィアは「う、うん」と頷いた。

 たぶん、何も考えてないんだろう。大丈夫、問題ないという言葉に、ただ安心感を求めているだけなんだろう。


 そんな二人のやりとりを、歪だと思った。


「――――――問題大有りだ。そもそも出来ねーことを口にしてんなよ、クソガキ」気付いたら、そんなことを口走っていた。


「はあ!?」とすごい剣幕でミンチ切ってきた少年に、やっぱり図星かと察する。


 アルニがどれだけの間気絶していたかは分からないが、服や周囲の血のニオイと色、固まり具合から、おそらく1時間くらいだろう。その間、リュウレイはずっと結界を貼り続け、それを維持していた。しかも、こうして攻撃の音も魔物の姿も見えないってことは、それだけ結界の規模が広いということだ。


二人の会話から彼の魔力は相当な量保有してることは推測できるが、戦う意志のないティフィア荷物を守りながらこの森を一掃できるほどの魔術をすぐに発動出来るはずがない。


「あと、ティー。お前戦えるなら戦えよ、さっきみたいに。一撃で魔物5匹倒せるなら、戦力として十分だ」

「てぃ、ティーって、ぼ、僕の、こと?」


 いきなり仕切り始めたアルニに戸惑うティフィア改めティーに「名前長すぎ」と返せば、そうかなと僅かに落ち込む。


「なぁ、勝手なこと言わんでくれん? オレ、これんでも天才魔術師なん。全然! これっぽっちも! 問題なんて!」

「ガキの言い訳ほど当てにならねーもんはねぇよ」


予想通り噛みついてきたリュウレイを鼻で笑えば、悔しそうに奥歯を噛み締めていた。今にもアルニを殺してやりたいという狂暴な視線が突き刺さるが、それを無視し。


「お前、さっきリウって呼ばれてたけど嫌なんだろ? だったら、“クソガキ”か“レイ”、どっちの愛称が好みだ?」


 リウ、という名前に二人の顔が一瞬強張ったのには気づいたが、そこはどうでもいい。干渉するつもりは毛頭ないのだから。


「まぁいいか、レイで。―――まず結界を解く前に、こいつのこと調べて欲しい。魔術で出来るんだろ?」

「……………………………………よくそんなことまで知ってんね」


 自分の気持ちの整理をつけるためにたっぷりと間を開けて、リュウレイ改めレイは、アルニが指差したモノを見て、眉を顰めた。

 それは、息絶えた黒鉄狼の背にひっついたままの、あの赤い大蜘蛛針の姿だった。


「赤い大蜘蛛針なんて初めて見た。なんで黒鉄狼に…………まさか、」


 レイは魔物の側へ近寄ると、杖を大きく振りかぶってその先端で赤い大蜘蛛針を貫いた。


【“式”による“式分析”開始】


 その瞬間ヴンッと音を立てて、レイの周囲に薄く青白い半透明の帯のようなものが浮かび上がった。


【記憶にある大蜘蛛針との差異を比較】


 見たこともないうねった文字の羅列が帯に浮かび上がり、レイは紅い瞳をせわしなく動かしながら2箇所の文字に指を向けた。


【触手の構造、そして魔力因子に異変を確認。考え得る原因は人為的な式法則の改ざんによる魔力暴走であると断定。―――式法則の修復に有力な手掛かり、不明。しかし魔力供給を断絶、或いは核を破壊することで対処可能】


 ブツブツと分析結果を口にするレイを見ながら、アルニはこいつすげえなと内心ちょっとだけ引いた。


 昔、レッセイ傭兵団に短い期間だけだが魔術師が入ったことがあった。そいつは自分への過大評価がえげつなく、いちいち魔術をひけらかすアホだった。しかし、レイは天才と自称するだけの才能が窺える。これだけ詳細な分析が出来るということは、それだけ知識があるということだろう。


「―――――まぁ、こんなところかな」そう言って杖を引き抜くと、先端に付いた血を払うように振る。それと同時に帯も消えた。


 それからレイは「で、何が知りたいの、お兄さん」と満面の笑みで聞いてきやがった。

 どうやら赤い大蜘蛛針の分析は面白かったようだ。


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