2-2
アルニは短剣を両手に構え、全方位から次々と襲い掛かる
これほど間を置かず連続で攻撃し、防がれるとすぐに後ろへ下がられてはこちらとしても防戦一方になるほかなかった。
「ちっ、黒鉄狼ってこんなに賢かったか……!?」
レッセイ傭兵団にいた頃、依頼で黒鉄狼の群れを討伐したことがあったが、こいつらはそれほど知能はなかったはずだ。手当たり次第に攻撃してきて、それをひたすら返り討ちにした覚えしかない。今はアルニ1人だからというのもあるかもしれないが、一匹殺すだけでもここまで手こずりはしなかった。
「っ!」
足に噛みつこうと地を這うようにやってきた一匹の側頭部を蹴りつけ、腹目掛けてやってきた一匹の顔面に肘鉄を浴びせ、頭上に飛び込んできた一匹は、体を少しずらしてそのまま短剣を向ければ自重で腹を掻っ捌く。
―――これで7匹目……っ!
臓腑を飛び出させたその一匹の尾を掴んで振り回せば、襲いかかろうとした黒鉄狼とぶつかり、間合いから外れる。それからアルニは即座に火の精霊を使い、自分の周囲に炎を出現させる。火に弱い黒鉄狼はそれが消えるのをじっと待つように、炎の切れ間から覗くアルニの姿を睨みつけていた。
それを見返しながら、青と緑の薬瓶を開け、一緒に口に流し込む。これで魔力回復は最後になる。
「……はぁっ、くそ………このままじゃジリ貧だ」
薬瓶を適当に放り、口の端に零れたポーションを手の甲で拭いながら考える。
アルニの魔力がもっと多くて強力な魔法が使えれば、炎で簡単に一掃出来たかもしれない。だが、現状は自分の周りにこんなちゃちな炎を数分熾すことしか出来ない。しかも回復出来ない以上、魔法自体乱発は控えるべきだ。
――なら、どうすればいい。
多勢を相手取るなら、本来は罠を仕掛けるのが得策。でも、当然だがそんな間も与えてはくれないだろう。
あとは、おそらく指示してるであろうリーダー格の撃破。――そんなことは最初から考えていた。だが二匹のリーダー格の黒鉄狼は、一匹はだいぶ離れたところでアルニを見据え、もう一匹はいつの間にかいなくなっていた。自分たちの価値を、よく理解してる。
魔物のくせに、やけに小賢しい。
もしかすると、罠にかけられたのはアルニの方だったのかもしれない。依頼でのこのこやってきた人間が村に入ったところに多勢で押し寄せ、確実に仕留めるために。
胸糞悪くなって舌打ちをすると、炎の勢いが弱まってきたことに気付く。あと僅かでまたあの激しい戦闘に見舞われる。手汗をマントで拭い、短剣を握り直す。
策。
なにか策を考えないと。
このままだと、本当に死ぬ。
……俺が死んだら、近くの町村が襲われるかもしれない。
ならばせめて、もっと数を減らさないと。
“――いいか、アルニ。どんな強ぇ奴でも窮地に立たされることなんてザラにあらぁ。でも、そういうときにこそ、脳に酸素送れ。そんで、一つ一つ状況を整理しろ。………まぁつまり、とりあえず落ち着けってことだ!”
不意にレッセイの言葉が頭に過ぎった。
……確か、拾われて間もない頃だ。魔物を倒すみんなの姿に憧れて、俺も剣を握るようになって。それでも最初の内なんて足手まといにしかならなかった俺は、焦って先走り、結果的に仲間たちを傷つけてしまった。それを後悔して落ち込む俺に、レッセイは言った。テメェのやれることをやればいい、と。
言われた当初は、幼過ぎてよく分からなかったものだ。
「……やれること……状況……」
息を吸い込み、吐き出す。自然と上がっていた肩の力を抜き、
どんどん小さくなる炎。その向こうで黒鉄狼が今にも飛びかかってこようとしている。7匹はなんとか仕留めたけど、まだまだ数は多い。
離れたところに尾が二本の黒鉄狼がいる。その背中にはあの赤い
「大蜘蛛針………、森?」
確かに右手側には森がある。……燃やすか?――いや、それこそ近くの村に飛び火したり、森の中にいる他の魔物を炙りだすことになりかねない。
森に入って戦う。……いや、障害物が多い分、死角が出来やすい。
「―――いや、待てよ」
何か思い出しかけて――――影が落ちた。
反射的に顔の前に右腕を構えれば、そこに黒鉄狼が噛みついてきた。「っ、~~~~~!」仕込んでいた鉄板を貫き、食い込んでくる牙に息を呑む。が、すぐに短剣で脳天を串刺しにする。でも、これで終わらない。
小さな火を跨いで次々とやつらは牙を、爪を向ける。
腕に引っ付いて絶命した黒鉄狼を振りほどき、すぐに風の精霊を使って間合いを取り直し、短剣を構えるが。
「っぅ……!」
思ったよりも右腕が痛んだ。利き腕だというのに力が入らない。
その隙を見過ごすはずもなく、黒鉄狼はあっという間に距離を詰め、襲い掛かってきた。
「風の精霊よ、地から舞い上がれ!」
ぐぉっ、と周囲に巻き起こった風は、アルニと黒鉄狼との間を隔てるように舞い上がる。火ではないためにそのまま突っ込もうとした黒鉄狼もいたが、その風は地面の砂を巻き込んでいた。目に砂が入り悲鳴をあげる魔物たちを背に、アルニは森へ飛び込む。
それを目敏く監視していたリーダー格の黒鉄狼が「ウォォオオオオン!」と吠えながら、アルニの後を追うようについてきた。
「っ、はぁっ、」
木々を掻い潜り生い茂る草を踏み荒らし、飛んでくる牙と爪を避けながら、アルニは漠然と実感した。
死ぬ。
右腕は感覚を失くし、流れ過ぎた血に意識は朦朧としてきて、魔力ももう尽きてしまった。
分かっていたけど、内心どこかでなんとかなると思っていたのかもしれない。
今まではそうだった。レッセイ傭兵団にいた、あの頃は。
でも、―――違う。
1人だ。
いつも誰かしら構ってきた仲間たちも、
――――――もう『独り』なんだ。
「ぐっ、ぅうっ!」
激痛に崩れるように倒れると、左足首に黒鉄狼が噛みついていた。すぐに短剣の柄で殴り、足首から外れたところで目と脳みそをぶっ刺す。
すぐにアルニは立ち上がり、足を引きずりながら森の奥へ進む。
意識がチカチカと飛ぶ。黒鉄狼の声も遠い。
死ぬ。
こんなところで。
独りで。
死ぬのか、俺は。
「ま、だだ……!」
歯を食いしばり、前へ前へ進む。
そうして視界に映った緑色に手を伸ばしたとき、――――後ろからの衝撃に倒れた。
首筋に感じる荒い鼻息に、アルニはふっと力なく笑う。
終わった。
「俺の勝ちだ」
力が出ない右手で掴んだ、緑色の大蜘蛛針。驚いて飛び出した全身の針に、割れた薬瓶と緑色の液体が絡まっている。
アルニの背中に飛び乗っていた黒鉄狼が唐突に「クヒュッウァン!?」と謎の奇声をあげて後ずさり、そしてふらりと倒れた。ドサドサッと何かが地面に倒れる音に、近くにいた何匹かも道連れに出来たようだ。
「ふはっ、ざまぁ……!」
アルニの右手の甲が串刺しになったが、まぁどうせ死ぬんだったら些細なことだ。
―――昔、ルシュからどうして大蜘蛛針を食べてはいけないのか、聞いたことがあった。
大蜘蛛針は体力回復用ポーションの原材料であるメグノクサを主食としている。メグノクサは森に行けば大抵どこにでもあるのだが、実は生のままだと毒素が強いのだ。
大蜘蛛針にとってもそれは同じで、だからこそ、大蜘蛛針は食事をする前に、己の魔力を周囲にまき散らし、その毒素だけを分解する働きを持つ。
だが、黒鉄狼にとって、その魔力こそが毒なのだ。
大蜘蛛針のまき散らす魔力は、すごい濃厚らしい。鼻の利く魔物は少しでも吸うと卒倒するくらいには、なんかすごいらしい。人間はそこまで敏感ではないから問題ないようだが、食べてしまうと、体内で大蜘蛛針の魔力と人の魔力が干渉して、激しい嘔吐ののちに死に至ると言っていた。
「……あー、だりぃ」
気が緩んで瞼が重いが、アルニはなんとか体を起こす。とりあえず魔力が尽きたらしい大蜘蛛針を殺し、それから近くに倒れる黒鉄狼の首に短剣を突き刺していく。
左手使えるようにしておいて良かった。
……これで何匹倒せたんだろう。そもそも何匹いたっけ。
倒れている黒鉄狼の中に、尾が二本のやつが一匹紛れていたことに安堵しつつ、そういえば残りの一匹はどこに行ったんだ、と考えていると。
「ウォオオゥン!」
唐突に、目の前の茂みから5匹の黒鉄狼が飛び出してきた。その内一匹は尾が二つある。
「―――――」
魔力はもう尽きてしまって魔法は使えない。ポーションも全て使い果たし、さっきの策も使えない。血を流しまくって無理に動かしていた体は、こんな状況なのに動かなかった。
ただ、茫然と。
目前から向かってくる『死』を抗うことも出来ずに見据え、
それを遮るように、文字と文字が多重に重なりあった円陣が展開する。
「は、」
驚きに短く息を吐くアルニの前で、まるで透明の壁にでも衝突したかのように黒鉄狼の体が弾かれた。そして地面に着地する間もなく「ふっ!」勢いをつけるために短く息を吐いた少女が剣を振り下ろすと、血しぶきが舞う。
「念のため思って、杖に術式ストックしといて良かった感じ?―――大丈夫? 死にかけのお兄さん」
突然の急展開についていけないアルニの目の前に、大きな杖を携えた生意気そうな少年が顔を覗かせ、その後ろでは5匹の黒鉄狼を一撃で倒した少女が緑色の薬瓶を持って近づいてきた。
「大丈夫ですか!?」
濡れた黒曜石の瞳に、あの宿にいた少女だと確信した。
アルニは掛けられた言葉を無視するようにしばらく呆け、それから「大丈夫なわけねーだろ」とだけ発して意識を失った。
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