2.魔物討伐


 掲示板から持ってきた依頼書は全部で3枚。内容的にも距離的にも、今日一日でこなせる程度だ。


「お、いたいた」


 まずは遠いところの依頼からこなそうということで、王都から徒歩3時間のところにあるケニオス山岳の麓の、小さな滝がある場所まで来た。そこには一羽の大型の鳥――四つ羽烏グズコがいた。


 ――四つ羽烏は肉食の鳥型の魔物である。名前の通り羽が4つあり、全長は約1メィテルくらい。人間の赤ん坊が大好物で、見かけたらすぐに討伐依頼がくるくらいには、ある意味人気な魔物だ。


 全身真っ黒な羽毛に包まれたその鳥は、アルニの気配に気付いたのか縦に細長い瞳孔を更に細くし、威嚇するように「ぐぁあぎゃぁああああっ!」と奇声をあげる。その後ろの滝の上にちらりと見えた卵に、産卵後かよと思わず顔を顰めた。産卵後の四つ羽烏はとても気性が荒く、我が子を守ろうとする母性本能が強いのか、なかなかしぶといのだ。


「水の精霊たちよ、水玉となりて我が周囲に侍れ」


幸いにも滝があるおかげであまり魔力を消費して精霊たちを集める必要がなく、あとは精霊の力を上手く形成してやれば……!


「ぐぁあぎゃぁああっ! がぁぁああああっ!」アルニの行動に気付いた四つ羽烏が突進してくる。


 それを横に跳び転がってなんとか躱し、引き続き精霊への呼びかけに集中する。その間にも魔物はアルニを殺そうと襲い掛かってくるが、今のところかすり傷程度で済んでいる。


「悪ぃな、すばしっこいのが俺の長所なもんでね!」


 じれったくなったのだろう、四つ羽烏はその大きい羽を全て広げると周囲に風の精霊を纏わせた。これで突進されればさすがに避けきれないだろう。

 さっきとは段違いに速い漆黒の大鳥がまっすぐに向かってきた。


 アルニは逃げることはせず、自分の周囲に大量に生み出していた水玉を逆に四つ羽烏に向けて放つ。


「ぐぃぃいぃぃぎぃいいああああああああああああああぁぁああああっ‼」


 全ての水玉に当たってしとど濡れた魔物は、しかしそんなものでは止まらない。


「そんなん……分かってる!」


 即座に両太腿に巻き付けてあるベルトから、短剣を両手に抜くと、灰黄色かいこうしょくの瞳を瞬きせず鈍く光らせる。


 ―――――ここだ!


 アルニは四つ羽烏の嘴に貫かれる直前、口早に告げる。


「風の精霊! 俺に付けぇぇえええっ‼‼」


体内の魔力を一気に放出すると、急に四つ羽烏の速度が落ち、そしてアルニは精霊の力で軽くなった体で地を蹴って魔物の上に踊り出ると、その背に二対の短剣を振り下ろす!


「ぐぁっぎゃあっ!」


 一瞬にして獲物を見失い、その瞬間には背中への激痛。さすがの四つ羽烏も痛みと混乱に喘ぎ、すぐに空高く飛び上がるがその背にはいまだ刺し貫く短剣と、それを支えにくっついてるアルニの姿があった。


「これで終わりだ。――凍ってろ、化け物」


風の精霊を使って四つ羽烏の周囲の気圧を一気に下げ、アルニは短剣から手を離すと精霊の力でゆっくり地面に降りる。そして着地したアルニの目の前に、氷漬けになった四つ羽烏が落下し地面に衝突した瞬間粉々に砕け散った。


「……さて、仕上げだ」


それからアルニは四つ羽烏の巣の元へ行くと、その足下にある3つの小さな卵を見下ろし躊躇なく踏みつぶした。


依頼完遂の証拠に特徴ある四つ羽烏の卵の殻を小物入れに仕舞い、体力回復用の緑色の回復薬ポーションと魔力回復用の青い回復薬をそれぞれ一本ずつ飲み干し、次の依頼へと向かった。



 次の依頼は、はぐれ黒鉄狼ロウジャンの討伐。


本来山岳地帯を群れで行動する獣型の魔物なのだが、稀に群れからはぐれたやつが町を襲うことがある。


四つ羽烏がいた麓の滝から少し離れたところにある小さな農村があり、どうやらそこが襲われたらしい。村人が何人か殺され、残った人々は近くの街へ逃げたようだ。今はその廃村となった場所を住処にしているらしいが、当然危険なので討伐して欲しいとのこと。


 群れのままだと多勢に無勢でさすがに1人では無理だが、幸いはぐれ黒鉄狼は一匹だけ。四つ羽烏よりも楽勝だろう。


「ん?」


 もう視界に件の村が入ってきた頃、不意に見下ろした地面には、おそらく依頼にあったはぐれ黒鉄狼の足跡があった。それは別に不思議ではないのだが、なんだか一匹だけにしては少し多いような気がする。


「……そういえばもう一つの依頼にあった大蜘蛛針レチリックも、この近くの森だったな」


 あの、王家からの依頼書が脳裏に過ぎる。


 大蜘蛛針レチリック5匹の討伐。数は多いが大して強くもない雑魚魔物の一種で、むしろどうして王家からわざわざ討伐依頼されてるのか不思議だし、なにより報酬金が見合ってない怪しい内容だった。しかし出所の分からない依頼よりは信用できるはずだ。それに、もしなにか裏があったとしても逃げればいいだけだ。


 ――それなのに。


 アルニはしきりに周囲へ視線を巡らせる。


 ……関係ないはずだ。大蜘蛛針は縄張り意識が強く、自分の巣から離れることは滅多にない。はぐれ黒鉄狼もこの村を住処にしているなら離れることはないだろう。


 だけど、なんだか嫌な予感がする。


 警戒しつつ村へ近付き、建物の影へ移動しながら、村の中へ。

「っ!」

 そして、アルニは驚愕する。


 村の広い畑の上に佇む、黒い鈍色の固そうな毛を持った一匹の黒鉄狼。そこは別に問題はない。分かってたことだ。だが、どうしてかその黒鉄狼は血走った白目を剥き、だらしなく開いた口からはボタボタと涎を垂れ流している。アルニの知る黒鉄狼とはまるで別物。


 そして、その背中には―――大蜘蛛針が二匹ひっついていた。


 それを見た瞬間アルニはわけの分からない怖気を感じ、とにかくここから離れるべく後ずさったとき、


 ウワゥゥウウウウウウウウウウウウウウウンンンンッ‼‼


 黒鉄狼と目が合い、遠吠えを響かせた。


「っ、糞ったれ!」

 もうバレたならこそこそ隠れる必要もなく、アルニは堂々と敵前逃亡を選んだ。

「くそっ、なんなんだよ!」


 確認のために後ろを振り返れば、どこからともなくうようよ現れた黒鉄狼たち。その背中には大蜘蛛針の姿はなかったが、その視線はアルニを見据え、一斉に目掛けるように走ってきた。


「っちぃ! 風の精霊よ!」


 このままだと追いつかれると察し、精霊の力を使ってアルニには追い風、後ろの魔物たちには向かい風にし、少しずつではあるが詰められた距離を引きはがしていく。だが、このままはマズい。そもそも魔力が続かない。回復薬もそれほど数があるわけでもないし。王都まで保つか……? いや、王都の近くには結界のない町村はいくつもある。このまま引き連れるのはマズ過ぎる。


「どうする……どうするよ…………!」


 廃村の中にいた、あのはぐれ黒鉄狼は、正確には“はぐれ”ではない。あの一匹だけ、尾が二本生えていた。


 あれは群れの中のリーダー格である証拠。おそらくあの黒鉄狼たちはケニオス山岳に棲んでた魔物だろう。だけど、麓に巣を作った四つ羽烏によって、仲間に被害があったのか、それとも食糧を奪われたのか、はたまた他に理由があったのかは分からないが、何かの事情があってリーダー格の黒鉄狼が山から下りてきたのだろう。そして村を襲い、群れの仲間を呼んだ。


 そして、あの大蜘蛛針……。


針のような触覚を全身から生やした全長30セッチの蜘蛛の姿の虫型魔物で、基本的には森に生息しているため擬態色の緑色なのだ。だが、あの黒鉄狼にひっついていたのは毒々しい赤色だった。


あんな色の大蜘蛛針見たことがない。そして、あの黒鉄狼の様子がおかしかったのは、おそらくその赤い大蜘蛛針のせいだ。


「……待てよ。依頼書にあった大蜘蛛針は全部で5匹だったはず」


 ハッ、として咄嗟に腰のベルトから短剣を抜くと、横から大口を開けて襲い掛かってきた黒鉄狼の牙を弾く。


「くそっ、まじかよ!」


 こいつも尾が二本。しかも背中に大蜘蛛針が一匹ついてる。ということは……!

 村近くの森から、更にわらわらと黒鉄狼の群れが飛び出してきたのを目にして、アルニはもう『死』を覚悟した。


 逃げ切れる自信もなければ、逃げ込めるような安全な場所もない。


「仕方ねぇよな、これは」


 足を止め、振り返る。黒鉄狼の二つの群れが合わさり、30匹くらいがアルニの目の前で今にも襲い掛かろうと牙を向けていた。


「来いよ。どうせ死ぬんなら、一匹でも多くぶっ殺してやるからよ!」


 両手に短剣を構え、アルニはそう覚悟を決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る