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 翌日、廃工場近くにある縦覧通りにやってきていた。


 今後どうするかはまだ決めていないが、転職するにしても誰かの傭兵団に入るにしても生活するのにお金は必要だからだ。


 多種多様な依頼書が貼り出されている掲示板しか並んでいないこの通りは、ほとんどならず者たちがひしめき合っているのだが、コアな観光スポットとして時々観光客や旅人がわざわざ見に来たりするので、狭い通りなのに人口密度が高い。


「お、噂をすればレッセイの倅じゃねーか」


 ならず者ということは当然賞金稼ぎや傭兵団の人間がたむろっており、知り合いの顔もそこそこ見受けられる。そんな中、アレイシス傭兵団団長のアレイシス・ビナーが片手を挙げて近寄ってくると挨拶してきたので、アルニもそれに応じる。


「久しぶりっすね。でも、レッセイの息子とか勘弁してくださいよ」


 苦笑いを浮かべるアルニに、そりゃあ悪かったと歯を剥き出しにして豪快に笑う。


 傭兵らしい振る舞いではあるが実は女性で、団員からは「あねさん」と呼ばれている。しかも貴族の出自だと昔ルシュに聞いたときはだいぶ疑った。


アルニよりも肩幅があり、重そうな大斧を背負って、一度だけ見た戦う姿も女性らしさを捨てた逞しいものだった。


「お前んとこ、ついに解散だってなぁ。魔族に出くわすたぁ、運が悪かったもんだ」


 もうそんな詳細な噂が出回っているのかと思ったが、なんか一瞬マーシュンの顔が頭に浮かんだ。

 アレイシスに苦笑しながらあのおしゃべり野郎をどうしてくれようか考えていると、目の前の彼……ではなく彼女は、急に真顔になり「大丈夫か?」と聞いてきた。


 意味が分からず首を傾げれば、少し言いづらそうにアレイシスは言った。


「お前は……てっきりレッセイと居るもんだと思ってたからよ」

「なんでですか?」


 本当に意味が分からなくて問えば、分からないならいい、と首を横に振られた。


「それよりも依頼探してんのか? どうだ、行く場所ないなら期間限定であたしの団に入っても――」

「いや、遠慮させていただきます」


 アレイシスをあねさんと呼ぶ集団の仲間入りにはなりたくないので辞退すれば、残念そうに「そうか?」とまだ未練たらしい目で見てくる。


「一日だけでもいいんだぞ? 一人で依頼こなすのは大変じゃねーか?」

「い、いや、俺は……」

あねさーん! 俺たちにぴったりのクエストありましたぜー」


 そのとき依頼書を持った団員の一人に彼女が意識を向けた隙に、アルニは「じゃ、急いでるんで」とそそくさとアレイシスの前から離れる。「もし気持ちが変わったらいつでも来いよ!」という言葉には手だけを上げて応えた。


「あんなにしつこいとは思わなかったな……」

 ざっと内容を流し見て引っ掴んだ依頼書を片手に、アルニは大きく溜め息を吐いた。


 ―――でも、本当にどうしたものか。


 やりたいことを見つける前に、とりあえず生きるために金が必要だとか。ルシュの誘い断っておいて、結局やってることが今までとそう変わらないこととか。

 現実とは、どうしてこう、ままならないものなのだろうか。


 今後の身の振り方を真剣に考えないとな、と依頼書を一枚ずつ目を通しながら考えていると。


「………あ、やべ」


 一枚だけ報酬金の額が二桁ほど多かった。


 なるべく個人からの依頼書を狙ったつもりだったが、どうやら王家からのものが紛れていたようだ。


 依頼書は別に、どこかで依頼登録の手続きをとる必要はなく、基本的には依頼が遂行出来たらその証拠を持って依頼主に報告するだけだ。不正が横行してもおかしくない手法だが、今のとこ誰もが律儀にそれを守っている。まぁこの国から追放されたら行き場に困るのは自分たちだから、という共通認識があるからだと思うが。


 ――つまり王家からの依頼ということは、依頼を達成すれば当然依頼主がいるお城へと赴かなければならないということだ。


 お城、というよりも王族になんとなく苦手意識のあるアルニとしては、なるべくは引き受けたくはない。


「でもなぁ」


 一度は手に取ったわけだし、また縦覧通りに戻るのはアレイシスがまだいたらと思うと気まずい。


 討伐内容は一人でも問題なさそうだ。報酬金も、まぁ、こんだけもらえるのは正直ありがたいことだし……無職の今は贅沢も言っていられないかと自分を納得させると、一度商業エリアに寄って回復薬などの消耗品を買い揃え、それから王都から外へ出た。


***


「ねぇ、お嬢。あのおばさ……ニア姉さんも言ってたけどさ、そんな気にしなくていいじゃん」


 宿屋マーシュンの一室にて。


 固いベットに腰掛け、自分の身長よりも大きい杖に手を翳しながらリュウレイは、鬱々とした空気をまき散らしながら俯いている少女へと慰めの言葉をかける。ただこれは優しさではなく、カビやキノコでも生えてきそうなほどジメジメと重い空気が煩わしいから言ってるだけである。


 リュウレイの手からは時折、ティフィアには到底理解の及ばない『魔術紋陣』が浮かび上がり、杖の柄に刻まれた模様に吸い込まれるように消えていく。それをぼんやり眺める少女は「……でも、僕の責任だ。ニアはせっかく注意してくれてたのに」と更に暗い空気を醸し出す。


 理由ワケあって旅をしている彼女らが立ち寄ったこの王都で、なるべく目立ちたくないという理由から安い宿を探し、行き着いたのがこの宿屋マーシュンだった。


 この国は治安が悪いので気をつけましょうねと、前もって言ってくれていたのにも関わらず……もっと警戒すべきだったのだ。


「犯人、どうせこの宿の主でしょ? 殺す?」


 大した事なさそうに平然と軽々しく言い放った少年の言葉に、ティフィアは弾かれたように俯けていた頭を上げ「リウ!」と諫めるように声をあげた。

 しかし、当の本人はそんなティフィアの反応に肩を竦め、よっこらせと腰を上げる。


「ただの軽口じゃん、本気にしないでよ。つーか、オレの名前“リュウレイ”なんでしょ? 間違えんでくれる?」


 少年の酷薄な表情にティフィアは咄嗟に「ご、ごめんなさい……」と謝りながら、無意識に下唇を噛む。


 少女のその様子にリュウレイは隠しもせず溜め息をこぼすと、杖の先を二回、床に突く。その瞬間、杖は一瞬にして白い光となり、リュウレイの右の耳にだけ装着された柘榴石のピアスへ入っていった。


「―――で? いつ行くつもりなん?」

「え?」

「行くんだよね? 金稼ぐために、魔物退治」


 紅い瞳とピアス以外、全身真っ黒なリュウレイは近くにあった机の上から数枚の依頼書を手にし、生意気そうな笑みを向けた。


 ――そう、ティフィアが躊躇っていたのはそれだった。


「で、でも、勝手に動いて……ニアにまた迷惑が、」


 お金を盗まれたと泣きながら話したとき、ニアはいつもの困ったような笑顔で「仕方ないですね」と、今朝早くからどこかへ出掛けてしまった。大人しく待ってるように釘を刺して。


 だが罪悪感でうじうじしてるティフィアを見かねたリュウレイは、そんなニアの言葉を無視して縦覧通りへ赴き、適当に依頼書を持って戻ってきたのだ。


「まぁ、お嬢が行かないつもりなんなら、オレも強制はしないけどさー。全部おばさ……ニア姉さんに任せても問題ないんだろうし?」


 挑発的な態度に、言葉が詰まる。


 ――いつもいつだって、ティフィアが失敗したことの尻拭いは全てニアがやってくれていた。面倒なこと、厄介そうなことも全て、事前に先回りして解決してから安全な道を歩かせてくれた。


 そんなニアの忠誠心に、思いやりに、感謝はしてる。

 だけど考えてしまう。

 本当にこれでいいんだろうか。

 本当にこれで良かったんだろうか。


 僕のしていることは―――ニアの負担にしかなってないんじゃないだろうか。


「…………………………………………………………………………行く」


「よっしゃ! そうこないとなぁ!」


 ずいぶん躊躇ったあとの一言に、リュウレイは満足そうに破顔した。

そんなに嬉しそうな顔をしてくれるなら、もっと早く覚悟を決めれば良かったと思った。


***

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