第3話:怠い仕事
「ごめんね……昼休みに続いて放課後まで……」
「い、いや……大丈夫だよ……」
「えぇ、今日はお客さんも少なそうですし……ここならば、込み入った話もしやすいでしょう」
うん、と殊勝な様子で頷く成世。キョロキョロと店内――《靖江天狗堂》を見回し、ズラリと並ぶ種々の賀留多に多少の昂揚を覚えたようだった。ちなみに京香は仕事用のエプロンを纏っており、いつでも接客が出来るように、入口側の席に座っている。アルバイト先で働く友人を見付けた際の密かな興奮と、まだ自分の知らない顔を発見したという微かな寂しさを、成世は噛み締めているらしかった。
「成たんはこういうお店初めてなの?」
「うん、あんまり賀留多は強くないし、購買部で買えるから……」
「大丈夫大丈夫! 最初は皆緊張するんだよ! すぐに慣れるから!」
接待を伴う飲食店のマネージャーじみた口振りの要は、緑茶を半分程飲み終え、改めて問うた。
「さて、成たんはどうして彼氏と喧嘩しているの?」
再び怒鳴り出さないでくれよ……三人は沸点の分からない成世をジッと見つめた。
「えっとね、カー君は野球部で……レギュラーなんだ」
成世は訥々と、カー君との馴れ初めから生じたズレまでを語り始めた。
カー君――
成世は身体を心配して休むよう提案するも、江藤は「もう治ったから」と練習をなかなか休もうとしない。加えて、あまり構って貰えない事に苛立っていた成世は果たして昨日、部活動と健康を巡って言い争ってしまった、という顛末であった。
「私だってカー君が活躍するのは嬉しいよ……でも、でも……身体を痛めてまでやる事じゃないよね……!」
「分かるなぁ……彼氏の言う事!」
第一声で彼氏の肩を持った女、友膳要。
「そ、そんなっ!」
「私もね? この前月末のランキング戦があってさ、アリーナを残り四七回クリアしないと上位報酬が貰えなかったんだ。だからね、そりゃあもう必死にスマホ握って周回してたもん! 結局貰えたんだけどさ、まぁ首も手首も目も痛くて痛くて!」
驚く程の低次元な理解を示した友人に、いよいよ早希と京香は憐憫の目を向けた。
「やっぱり……そういうものなのかなぁ……」
まさかの反応に早希と京香が「えぇ……」と声を揃えた。
「まぁ彼氏が浮気とかしているんじゃないし、ちゃんと成たんの事を好きなんでしょ? だったら応援してあげなくちゃ!」
「でもぉ……寂しいよ……」
「そりゃあ部活が忙しくてなかなか会えないかもだけど、例えば甘いお菓子でも作って渡したりとかさ。想いの強さは会う回数に比例しないから! そしてようやく遊べる時は、タップリイチャイチャすればオッケーだから! 男なんて目の前一直線の方が可愛げあるよ? 手綱を握るじゃないけど、理解ある彼女って立場を作っとけば、後々面倒事も少なくなるし」
驚嘆の顔で要を見つめる早希。ある種の畏敬を込めて注視する京香。やがて成世が二人の問いたい事柄を代弁した。
「す、凄いよ友膳ちゃん……! 恋愛強者じゃん! 今まで何人と付き合った事あるの!?」
「ゼロ」
「えっ?」
「ゼロ。無し。いない。純潔」
目の奥に光を欠いた要の相貌は、何処となく幽鬼を思わせた。
「そ、そうなんだ」
耳年増、という言葉があるが、要は膨大な文献(漫画)から様々な体験談、展開を吸収するだけに留まらず、「自分ならどうするか、こんなタイプの男性ならどうするか」までを予測(妄想)し続けた結果、詰問さえなければ、経験豊富の姉御が如き振る舞いを可能とした。
「ってかさ」冷たい笑みの要が逆に問うた。
「何で成たんは付き合えんの?」
「えぇっ!? いや、普通に――」
「普通って何? 私が異常なの?」
「異常でしょ、アンタは」
早希の抉るような指摘は恋に恋する要嬢の心を破壊し、数秒後にはテーブルで突っ伏す廃人を生み出した。
「とにかく、この異常者の意見も遠からずって感じじゃないかな。とりあえずは彼氏に電話して、ちょっとでも会える時間を作って、今後を話し合えば良いんじゃない?」
「早希さんの言う通りですね。将来を約束したお二人なんですもの、このぐらいの障害は飛び越しちゃいましょうよ」
常識人二人の後押しを得た成世の表情は輝度を増し、「ちょっと電話してくるね!」と店を飛び出した。扉越しに彼女の明るい声が聞こえて来た瞬間、早希と京香は自らの肩を叩いた。要は凍ったように動かない。
「一段落……かな」
「えぇ……どうします、今日? 四人で賀留多でも打ちます? 今更金花会に行っても、ですし」
「一人株札しか打てないのがいるからなぁ……成世さんって株札打てるのかな?」
八八花を打てないという奇病に罹っている要の為、早希と京香両名は否応なしに株札を習得していた。が、どうにも株札を遊び打ちの出来るレベルまで修めている一年生は少なく、また、やたらに強い彼女の相手をするのに疲れてもいた。
「要さんったら、株札は猛烈に強いんですからね……」
「そうそう、それ以外はポンコツなのにね」
「頭と顔も良いよ」
ボソリと呟く要の声は、非常に残念ながら二人の耳を通り過ぎて行った。やがてガバリと起き上がった要は緑茶を飲み干し、「はぁーあ」と幸せ全てが逃げ出すような溜息を吐いた。
「彼氏かぁ……良いなぁ」
「どうしてそんなに彼氏が欲しいので?」
「そうそう、兎より盛っているとは思ったけど、そもそもの理由を私達聴いた事が無いんだよね」
友人達の素朴な質問に、要は赤子を抱いた慈母のように……優しく微笑んだ。
「二人にマウントを取りたいから……かな。事ある毎に。毎日、毎日、エブリデイ……きっと気持ちが良いのだろうなぁ」
「見上げたクソ女だね」
「この店を出禁にしたいぐらいです」
夏場のドブのような精神を見せ付けた要は、チラリと扉の方を見やり――。
「あら?」外で起きていた異変を察知した。
「何か……成たん言い争ってない?」
二人が聞き耳を立てると、確かにああでもないこうでもないと刺々しい言葉が聞こえて来た。
「さっきまで楽しそうだったけど……」
「えぇ、どうしたんでしょう……?」
後悔しないでよ――成世がそう吐き捨てると、再び店内へ入って来て……。
「うわぁあぁあん!」
またしても大声で泣き出した。一方、三人はどよんとした表情で泣きじゃくる彼女を迎えた。
「……今度はどうしたのさ、成たん」
「ひぐっ、ひぐっ! お願いがあるの、友膳ちゃん……!」
「……何かな」
「友膳ちゃんって、賀留多強いんでしょ!?」
「……普通かな」
お願いしますっ! 成世が勢い良く頭を下げ、間も無く――とんでもない事を要に依頼したのである。
「カー君を、《札問い》でやっつけて下さいっ!」
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