第10話:奈落篇

 以下は、遡る事一年前――参加者がすっかり下校してしまった《金花会》の会場にて交わされた、萬代百花とある生徒の会話、及び博技である。




 よう、遅かったじゃねぇか。


 ……貴女? 私を呼び出したのって。生徒会の人に呼ばれたから急いで来たのに……。


 悪いな、そりゃあ全部嘘っぱちよ。生徒会の連中じゃねぇ――私がアンタに用がある。


 なるほどね……それで、用事って何かな。まさか代打ちを頼みたい、とか?


 馬鹿言っちゃいけねぇ。代打ちを頼むなんざ雑魚のやる事だ。その口振りだと私の事をよーく知っているみてぇだが……問題だ、この後に何が起こると思う?


 …………そこのが知っているんじゃない?


 良いねぇ、察しが良い奴は好きだ。ところが、よ。今日はもう半分、だけでアンタとやり合いてぇ。分かるだろう、何を打つか。


《かちかち》。でしょ。


 ご名答。こちとら準備は万端、とりあえず石っころも――は用意して来た。大尽博打なんて目じゃねぇ量だが……代打ちさん。アンタに受ける勇気、あるかい。


 ……。


 別に打たなくても構わん、唯……そうなると私の機嫌が悪くなる。


 それは困るな。誰かが辛そうな表情をするの、悲しいもん。良いよ、やろっか。《かちかち》。見たところ目付役もいなさそうだけど……。


 要らねぇだろ、あんなのは。大した実力も無ぇ癖に、横でグチグチ言われたら堪らん。……それとも何だ、忌手イカサマが気になるかい。


 …………大丈夫。貴女が配って良いよ。


 頼もしいなぁ、おい。代打ちなんざやらしとくのは勿体無ぇな。


 それはどうも。……それと、さ。貴女が言う程、代打ちも悪いものじゃないんだよ。


 どうだか。押し並べて代打ちってのは、卑怯で、石っころにしか興味の無い、守銭奴以下の下卑た連中に思えるがね。アンタはどうなんだ――。


 ねぇ。


 あ?


 本当に良いんだね。このまま始めて。


 はっ。今更だな。……ほらよ。


 今回の《かちかち》って、何回花石を賭けられるの?


 三周。相場決めはアンタにくれてやるさ。好きに決めなよ。


 本当に――本当に私が決めて良いんだね?


 良いよ、早くしろ。運が逃げるぜ。


 …………じゃあ、最初はで。


 ……テメェ、《かちかち》を嘗めてんのか?


 えっ、駄目だったの?


 そういう訳じゃねぇよ、場の流れってのがあるだろうが! いきなり馬鹿張りされたら、それこそ駆け引きの妙が――。


 ……代打ちの文化を馬鹿にするわりには、随分と古い事を言うんだね?


 代打ちは関係無ぇだろう。私が言ってんのは博技の事だ!


 どうでも良いけど――貴女は受けるの?


 っ、当ったり前だろう! ほらよ、一〇〇〇個だ! 持ち合わせが無いんだったら小切手でも良いからよ! とっとと書け!


 ……はい、一〇〇〇個ね。これで一周。二周目――次も、一〇〇〇個で。


 ………………あんまり嘗めた事をすんだったら、この場でぶっ飛ばしても良いんだぞ。


 どうして? これも貴女の言う、駆け引きじゃないの? 連続で二〇〇〇個も賭けるんだもの、あぁ、手札はゾロ目だろうな――とか。


 私は一五〇〇個しか無ぇんだよ。持ち合わせとかじゃねぇ、現状の持ち石がって事だ。それ以上は逆立ちしても――。


 してよ、逆立ち。強いんでしょう? 私に勝てる自信があるんでしょう?


 テメェ……。


 。負けたらどんな手を使ってでも花石を用意する、突き付けられた要求はどんなものでも遂行する――それが《闇打ち》の決まりだって……貴女程の打ち手が知らないとは考えにくいな。


 ……普通は持っている花石分だけだろうが――。


 理解してよ、そろそろ。花石を賭けるのに目付役を外したって事は、要するに……って訳でしょう。察するのが得意なの、私。それとも……間違っちゃった?


 …………受けてやるよ、受けりゃ良いんだろう二〇〇〇個を! 私ぐらいならあっと言う間だからよ、五〇〇個程度! おら、早くしやがれ!


 これで二周目だね。……もっと激しく打とうか。何たって《闇打ち》だしね。


 あ……?


 もう二〇〇〇個。行ける?


 ……なるほどなぁ。分かったぜ、テメェの魂胆が。そうやって誤魔化して、博技から逃げようとしてんじゃねぇだろうな。有耶無耶になればこの博技も無くせると――。


 じゃあ降りるんだね?


 あぁ!?


 受けないんでしょう? だったら降りるって事じゃないの?


 ぐっ……!


 親の決めた相場に付いて来られない子は、その回は札を表にして降りる事――書いているよね、技法集にも。ねぇ、降りるの? 降りないの?


 …………っ。


 私が負けたら、当然払うよ。四〇〇〇個。それこそ色んな手を使って。まだ足りなければ、全生徒に土下座して、花石を分けて貰うかもね。貴女もそのぐらいの覚悟で――私を呼び出したんだよね?


 ……。


 一五〇〇個も取られない。どうせ相手は怖じ気付くだろう。株札は私の得意分野だから――残念でした。甘いよ、萬代さん。そんな風に睨まれるのなんて、代打ちなら慣れっこだよ。


 ……。


 どんなに無茶な戦いでも、どんなに苦しい戦いでも、絶対に勝つのが代打ちなの。萬代さんは強い、違うクラスの私の耳に入ってくるぐらい。けれど、私だって強い。……ちょっと違うね、強くて当然、かな。


 ……。


 萬代さんはさっき、代打ちを随分と罵ったよね。どうしてそこまで嫌うのか……それっぽい事を私も耳にしたけど、でも……目の前にいるんだよ。実際の代打ちが。今、代打ちとして活動している人がどれくらいいるのか分からないけど、今回は――その皆に代わって、私が萬代さんを反省させる。


 ……。


 もう一度訊くけど、降りるの、降りないの?


 …………降りるよ。


 そう、良かった。ハラハラしちゃったよ。萬代さんの札は?


 ……サンサン(三のゾロ目)だ。


 本当? やっぱり降りてくれて良かったぁ!


 …………はぁ?


 ほら、私の札――(役とならない、唯の二の意)だもん!


 ……二……た……こ?


《闇打ち》でしょ? だろうなって思って……ちょっとキツい事を言っちゃったんだ。ごめんね?


 …………。


 やっぱり萬代さんは凄いなぁ、普通にゾロ目を引いてくるんだから……。それじゃ、約束通り二〇〇〇個――といきたいところだけど、持っている花石全部で良いよ。流石に言い過ぎたし。


 な、何で私が情けを――。


 勝者の言い分は全部聞く、でしょ? その代わり……来年は三年生なんだし、折角萬代さんは優秀な打ち手なんだから、下の世代に技術や考えを伝えていってよ。私、そういうの苦手だしさ。


 ……。


 それじゃね――もし何かあったら、私に言って! 安く、確実に《札問い》を勝たせてあげるから!




 手痛い敗北を喫した萬代百花は、それから約一ヶ月後に「二〇〇〇個の女が《札問い》に敗北した」という話を耳にした。


 豪胆な代打ちがどうして負けたのか……訊ねようと彼女のクラスへ出向いた時、教室の隅で自席に座り、虚ろな表情で窓を眺めるその人を見た。クラスメイト達は彼女の方を見やっては、しかし手出しは出来ないといった風に目を逸らし、日常を過ごしていた。


 決して誰にも負けぬ――そう信じて疑わなかった二人は、突然に訪れた敗北の現実に打ちひしがれ、それまで覗きもしなかった奈落にいた。


 萬代百花はその女に奇妙な縁を感じつつも、しかしながら呪いのように浮かぶ、彼女の色濃いに胸を痛め……。


 果たして声を掛ける事も無く、賑やかな教室を後にした。




 だから嫌なんだ。代打ちってのは――。




 七月一五日。夏らしからぬ、涼やかな風の吹く午後であった。

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