第7話:めでてー親父
「今、何か飲み物持って来ますね! 先輩、ゴローンとしちゃって下さい!」
そう言い残し、要は母屋の方へ向かった。残された三古和は――言われた通りにゴローンと出来る訳も無く、正座して部屋の中を鑑賞していた。
意外にも……要の部屋は整頓が行き届いていた。腰痛とは無縁そうなベッドには一つの乱れも無く、天井まで届く本棚には漫画と有名な作家の全集がズラリと並んでいる。勉強机と呼ぶには余りにスタイリッシュな「デスク」横には小さな本棚があり、教科書とそれに対応する参考書がセットで並んでいた。
今、三古和は部屋の中心に置かれたテーブルの傍に鎮座している。素肌に触れるラグが実に心地良かったが、ベッド横に置かれた小さな壺らしきものが気になって仕方が無かった。
訊ねたい事が矢継ぎ早に生まれ出でた頃、「お待たせしましたぁ」と盆の上にグラスを二つ乗せ(絶対に落とせないような高級感を纏っていた)、問題の要が戻って来たが……。
「いやぁ、良い服が無くって……勘弁願います!」
「かっ……」
「か? 喝ってやつですか?」
三古和はかぶりを振り、要の部屋着を刮目した。
「……可愛い、それ。すっごく可愛い……! え、何処で売っていたの?」
あざーす! 要は満面の笑みを浮かべた後、両腕を挙げて後ろに回し、艶やかな目付きでポーズを取った。この場に早希がいれば、九割方鉄拳が飛んで行く事だろう。
「アレでしょ、ヒッコリーストライプ? ってやつでしょ……そんなワンピースあったなんて、いやぁもう友膳さん可愛いねぇ……」
パチパチと控え目だが熱の籠もった拍手を贈る三古和。その時、遠くで涼やかなベルが鳴ったのを聞いた。
「……誰か来たのかな?」
要はハッと顔を上げ、「良いものが来ましたぞぉ!」と駆け出して行った。一分後、ドタドタと足音が近付いて来る。
「良いもの」とは何ぞや、三古和が考えを巡らせていると……。
「先輩! はい、例のメロンパンです!」
「へっ?」
一人三個です! そう言う要が抱き抱える紙袋のロゴは、まさしく三古和が食べたがっていたメロンパン専門店のものだった。
「……あそこって、配達とか……しているの?」
「いやぁ、基本はしていないんじゃないかなぁ?」
ムッシャムッシャと食らい付く要。
「店長さんとお父さんが知り合いなんです。私もここのメロンパン大好きで、よく買いに行くんですけど……」
うんうんと頷く三古和。聴く話全てが「お伽噺」のような魅力を放っていた。
「ほら、テスト期間とか夜勉強しているとお腹減るじゃないですか。このお店結構遅くまで開いているから、私も買いに行っていたんです。そしたらある日、お父さんが『要が夜に出歩くのは心配だ』とか言い始めて」
既に要は二個目に着手していた。対する三古和は一個目の半分すら到達していない。
「何やかんやあって、店長さんが配達してくれるようになりました。過保護とかウザいってお父さんに言ったんですけど、そしたら部屋から出て来なくなって。お母さんに怒られましたもん、『配達して頂きなさい! でないとお父さんが部屋から出て来られません!』って」
「ほ、ほぉ…………」
参りますよ本当に……溜息を吐く要は、グラスに入ったアイスティーを一口飲んだ。
「めっちゃお父さん過保護っすよ? 店長さんに連絡してるらしいです、『要は今週、何回配達を頼んできましたか』って。キモいー!」
「……まぁ、娘だから仕方無いんじゃない? 私の家も似たような……いや、あんまり似ていないけど、そんな感じの事あったし」
ほら、今だってメッセージ来てますよ――要はスマートフォンを取り出し、待ち受け画面を三古和に見せた。
「えっと……『今日、交換会でお前の写真を見せたら皆が褒めてくれました。同時に心配になりましたので連絡します。お父さんとお母さんは明日帰りますが、キチンとご飯は食べていますか? いつもの店に連絡しておいたので、好きなものを取りなさい。他のものが良かったら、すぐにお父さんに連絡して下さい。本当はお前と寿司に行きたいのに行けない、何が悲しくて先人の穴だらけな推測に齧り付く老人と意見を交換しなくてはならないのか。交換会が憎くて仕方無い。それと話は変わりますが、お土産は以前から欲しがっていた――』…………ごめん、長い」
「ですよねぇ!? もう長くて長くてキモいんですよぉ! だから無視です、無視! ってか削除!」
要は手早く操作し、父親からの長大なメッセージを二秒で削除すると、ベッドの方に「おらぁ!」と投げ付けた。
「というか、仕事の場で私の写真見せるとか頭おかしいんですよ。そんなもん見せたら『うわっ、娘さんブスですね』とか言えないじゃないすか。褒めるしか出来ないんだから……それで有頂天という訳です。親父の頭ん中めでてー!」
暮らす家、纏う服装から遠く離れた汚い言葉を乱用する要は、「そういや先輩」とゴロゴロ転がりながら言った。
「うん?」
「夜ご飯、食べていきます? てか食べてって下さいよぉ、お願いしますよぉ」
一人は寂しい! 潮垂れた表情の要に縋り付かれ、三古和は「え、えぇ……」とぎこちなく頷きつつ、この後の予定を記憶から引っ張り出した。部屋で一人、《八八花》で遊ぶだけ――予定とは呼べなかった。
「じゃあ……ご馳走になろうかなぁ……」
「マジっすか!? いやぁ良かったぁ! 何が良いですか、出前なら和洋中は一通り……それとも――」
不敵な笑みを浮かべる要は言った……。
「私の手料理、食べますか?」
三古和もまた、彼女らしからぬ声色で返した。
「作れるの!?」
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