第6話:姐様と泣き虫
「さっき打っていた《五枚株》……あれも作戦や戦略なんてものは無い。数を数えられたら誰だって出来んだ。まぁ、無理矢理に戦略と呼ぶなら、『出降り』ぐらいか」
楽しいのか、それ――って思ったろう? 萬代が二人に問い掛け、彼女はすぐに自答した。
「楽しいんだよ、途轍も無く。たった数分の間に貯め込んだ石っころが増えたり減ったり……。戦略で負けた、技術で負けたなんて生易しいもんじゃねぇ。札にハッキリ言われんだよ、『テメェの運が悪いからだ』ってな」
じゃあ……と、要が手を挙げた。
「萬代先輩も、運が悪くて負けた事が?」
萬代は「ある」と平気な風に答えた。
「去年の今頃か、私は《代打ち》の女と石っころ一五〇〇個を賭けて《かちかち》を打った。ところがソイツは『追加しても良い?』と言って、合計二〇〇〇個を賭けてきやがった」
代打ち――花ヶ岡高校に伝わる伝統的な
一年生にもいるらしいよ、とクラスメイトが面白そうに話していたのを、要はつい数日前にも聞いていた。
「代打ちって、そんなに儲かるんですか……?」
「知らん。報酬は言い値らしいがな。……初めてだった、私は相手を『怖い』と思った。要するに腑抜けたんだよ。『運』は腑抜けを一番嫌う、結局私は負けて石っころ全部取られちまった」
早希は自分の事のように……眉をひそめて耳を傾けている。斗路もグミを食べる手を止め、何処か物憂げな表情で俯いていた。
「しかし、『運』は平等主義者だ。代打ちの女は後日、《札問い》に負けたショックで塞ぎ込んだんだとよ。情け無ぇ、代打ちを頼む奴も頼む奴だが、受ける方も馬鹿だ」
優しい先輩からの忠告だ……萬代は要達を睨め付け、続けた。少しだけ声に張りが失われていた。
「代打ちなんて、頼むもんじゃねぇぞ。テメェの尻はテメェで拭くのが常識だろう?
「……でも、賀留多に自信が無い人は可哀想じゃないですか? 私みたいに《八八花》が苦手な人だっているかもですよ」
要の言葉に、早希もウンウンと頷いて同意した。しかしながら萬代は鼻で嗤い、残ったグミを食べた。
「んなもの、知らねぇなぁ。わざわざ論議の下手な奴の為に用意してある《札問い》すら自分で出来ないんだったら、最初から――揉め事に巻き込まれないように強くなれ、って事だ」
余りに乱暴、恐ろしい程の極論を……萬代は当たり前のように言ってのけた。要は「それは違う」と否定したくとも、しかし不可思議な説得力が萬代から放たれており、黙して聴き受けるだけだった。
「今でこそ、男も少しずつ増えてきているが……やはり花ヶ岡は花ヶ岡。一朝一夕じゃ崩れねぇものもある。大奥や七殿五舎、後宮に纏わる話が人を惹き付けるのはどうしてだ? 簡単よ、それだけ諍いや揉め事が起きるからだ。私は……色々と見た上で、テメェらに話をしているんだよ」
なぁ、斗路よ――萬代の問いに、斗路も困ったように微笑んだ。
「えぇ……本当に……仰る通りです。残念ですが……」
脱線しちまった、と萬代は頭を掻いた。
「とにかく、《株札》がもたらす場は、年齢も立場も性別も関係ねぇ、全く平等な空間だって事よ。勝つ時もありゃ負ける時もある、人生と一緒だ。いつも晴れてりゃ干上がるし、いつも雨なら腐っちまう。……良し、とりあえず――」
萬代は手の平を上に向け、要と早希の方に差し出した。
「受講料、二〇〇と言いたいところだが、値引きに値引いて二〇個、今日はそれだけ置いて帰りな」
五分後、巾着袋をすっかりと空にして、校舎の外へ出た二人。両者ともが半笑いを浮かべ、酷く軽い巾着袋を弄んでいた。
「……要ちゃん」
「……何さ」
「私達……」
運が悪かったんだよね……早希は遠い目をしながら、烏の飛んで行く山の方を見つめていた。
「まぁ……良くは無いんじゃない」
要は鞄から新品の《株札》を取り出し(二人で使え、と萬代から貰い受けたものだった)、木箱に書かれている文言を読んだ。
「どしたの、要ちゃん……何て読むの? これ」
「さぁ……鷹と狼はヤバいって事じゃない?」
二人は首を捻りながら、最寄り駅へと歩いて行った。
「余程、あの二人を気に入られたのですね?」
金花会は、通常一八時前に終了と相成る。他の目付役を帰宅させ、一人で後片付けをしていた斗路は、ドッカリと椅子に座ったままの萬代に問い掛けた。
「いや。生意気なガキ共だから説教したんだ」
それにしては、と惚けたように斗路が言った。
「ありがたい格言を、スラスラと書いていたように見えましたが……」
二〇個ずつ置かれた花石を突きながら、萬代は「うるせぇな、テメェ」と斗路を睨め付けた。
「何と書かれたのですか? 私、大変興味があります」
「目敏いテメェだ、とっくに書いた内容は盗み見ているんだろうが」
何を言いますか――斗路は空の巾着袋を二つ用意し、萬代が要達から徴収した花石を二〇個ずつ、丁重にしまい込んだ。
「私には唯……『鷹視狼歩を目指すなかれ』としか」
チッ、と萬代は舌打ちをして、出入り口の方へと歩いて行った。斗路は「またお越し下さいませ」と一礼し……。
「あぁ、それと……ご指示通り、お二人に返しておきますのでご心配無く……萬代姐様」
萬代は俄に立ち止まり、「人前でそう呼んだらヤキだぞ、泣き虫看葉奈」と不敵に笑い――廊下へと消えて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます