第5話:「運」について
「……はい、それでは本日の講習会を終了致します。なお、今週を以てお初の方向けの講習は一区切りと致します。来週からは、様々な技法を楽しんで頂く講習会を設けます、第一回は《讃岐めくり》という――」
衝立の向こう、遠い遠い異世界から聞こえる話し声が、要と早希の耳に心地良く触れた。「えー楽しみー」という受講者の黄色い声、札を楽しげにしまうような音……何もかもが、しかし――。
株札の愛好家、萬代百花の前では一切が関係無い。更には要が「株札って運ゲーでしょ」と余計な一言を放った為に、萬代は妙な食い付きを見せていた。
「さて、友膳よ」
壁掛け時計に気を取られていた要は、早希の肘打ちで「はい、はい!」と意識を萬代に向ける。要は「今日はすき焼きだから、早く帰って来なさいね」と母親にクギを刺されていた事を思い出していた。
「テメェらが買って来た甘味の中に、私が『今日はこんな気分だなぁ』と欲していたもんが入っている。当ててみろ」
五秒以内だ――萬代は袋を投げて寄越し、冷や汗を掻く要を見つめている。
「えっ、ヒント的なものは……」
「四、三、二、一……」
「早く、要ちゃん早くぅ!」
誰も彼もが、提示した問題に解法のコツを教えてくれる程……優しいと考えてはいけない。要と早希は今年の春、高校生に上がったばかりのひよっこである。何もかもが……甘かった。
「こ、これです!」
異常に細長いグミ。要が選び抜き(適当に)、高々と掲げた菓子はこれだった。半分はラムネ味、もう半分はコーラ味となっており、小さな子供なら縄跳びに使用出来るぐらいの長さを誇っている。
要は幼い頃、実際に縄跳びをして遊んでいた現場を母親に見付かってしまい、「食べ物を粗末にするな」と尻を叩かれた事がある。少女のほろ苦い記憶と共に……このグミは駄菓子コーナーに今も並んでいるのだ。
ジッ……と、萬代は掲げられたグミを見据えている。次の菓子を欲しているらしい斗路は、「まぁ、懐かしいですね」と嬉しげに笑っていた。
実に一分間、萬代はグミを注視していた。要は緊張と腕の疲労とで瞬きが多くなり、早希に関しては鬱々とした様子で俯いていた。友人の首がグミで縛られる光景を、彼女はきっと見たくないのであろう。
やがて萬代は表情を変えず、「正解」と抑揚の無い声で答えた。バラエティのクイズ番組なら素質無しと馘首されるはずだ。
「っシャアオラァ!」
「嘘ぉっ!?」
要と早希は銘々に喜び、もしくは驚嘆の声を上げた。
「おい」
「いやぁー、早希! 私凄くね? もう運気がビンビンなんだけど!」
「おい」
「……はい?」
「グミ返せ」
丁重に萬代へグミを返却した要は、静々とその場で正座した。「さて」と萬代はグミを開封し、五センチメートル程に断ち切りながら、少しずつ食べ始めた。
「テメェは確かに正解した、が……その根拠を言ってみろや」
再び……萬代の珍妙な問いが要を襲う。「そんなもん考えてねぇわぁ」と答える訳にもいかない、半年ぶりのすき焼きが彼女を待っているのだ。命が惜しい。
「そう、ですねぇ……勘、ですねぇ……」
嘘吐けよ、と言いたげな早希の視線が要の頬を突き刺す。萬代は数秒間を置いて……。
「八〇点」と採点した。要の言う通り、彼女の運気は突風を伴いながら迫っているらしい。
「一〇〇点の回答は、『何も考えていません』だがな」
キョトンとした表情の要達に、萬代はグミを千切りながら続けた。横から斗路が、時折手を伸ばして攫っていった。
「《手本引き》なら目木を見りゃ、胴の疵を悟る事が出来る。《おいちょかぶ》だって好きな場札を選んだり、ツキが回ってそうなところに張れる。ところが、だ。初対面である私の、しかも『今日の気分』を見抜くなんざ、私の知るところじゃ……いや、それはどうでも良い」
萬代はジロリと斗路を睨め付けた。いつの間にか、斗路はグミの反対側から勝手に千切り、勝手に食べているのだった。
「とにかく、友膳がグミを的中させたのは理由もクソも無い、唯の『運』てぇ奴だ。特に博奕に関しちゃ、コイツが無きゃ話にならねぇ。戦略だの技術だのが一番重要だ、なんてウダウダ言う奴もいるが……私はそうは思わねぇ」
グミを手放し、置いてあった株札を切り混ぜる萬代。それを裏返しにして座布団の上に載せ、「シチケン(七の意)」と呟き……上の一枚を起こした。
起きた札は「七」であった。札の上部には「七」と書かれており、初級者の要と早希にも数字を読み取る事が出来た。
「おぉ……」
早希が軽く拍手した。が、萬代と視線が合った瞬間に肩を震わせた。
「倉光、今のに技術はあったか」
「……いえ、無いです」
「戦略はあったか」
「……ありません」
「じゃあ、どうして私がシチケンを引き当てた?」
早希は少し悩むように小首を傾げ、「運、です」と控え目に答えた。
「その通り、これは『運』だ。運は全世界、全生物に付き纏う呪いみてぇなもんだ。しかし、呪いも読み方を変えりゃ
萬代はニヤリと口角を上げ、株札を要達の前に置いた。
「友膳が『運ゲー』と呼んだこの賀留多……。運で満ち満ちたこの札は、ある意味で――」
とんでもなく、平等な賀留多だと思わねぇか?
斗路はクスクスと笑み、要達を見やった。二人の一年生は――萬代の話を熱心に聴いていたからだった。
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