第4話:これって運ゲーじゃないですか?
要と早希が「恐怖の長者」の元へ、大量の菓子を袋に詰めて帰還したのは四分五五秒後の事である。しかしながら株札の打ち場に残っていたのは、萬代と斗路の二人だけだった。
「あら、お帰りなさいませ」
「……ほ、他の……人達は……?」
肩で息をする早希が問うた。額に滲む汗が眩しい。
「とっくに帰った。《五枚株》は締めの博技だ、今週はもう終わりだよ。……五秒前に着くとは、良い度胸だなぁ」
コレかもしれねぇのに――首を掻き切るようなジェスチャーは、大いに二人を震え上がらせた。
冗談か本気か……判断の付かない笑みで、萬代は袋を覗き込んだ。ゴソゴソと無表情で探っていた萬代だが、一瞬だけ――無邪気な笑みを浮かべた。
しかし、要と早希はその表情を目撃出来ていない。高鳴り続ける心臓の痛みに目を閉じ、荒い息を何とか宥めようと必死であった。
「わ、私達、倉光早希と――」
「友膳要、だろ? 斗路に聞いたよ」
斗路はニッコリと笑みを浮かべた。
「
「えっ?」
「友膳、テメェ何か文句でもあるってのか」
早希の眼球がゆっくりと要の方を向く。一方の要はキョトンとした様子で、額を袖で拭いながら気安く答えた。
「百花さんて名前、むっちゃ可愛いじゃないですかぁ。だから声、出ちゃいました……エヘヘ」
萬代は空腹の蛇のように……要をジッと見据えていた。
この瞬間、早希は要に対してある種の賛辞を贈ったに違い無い。
いつ何時でも、誰かを褒める事が出来るって凄いよ――と。
間も無く、要の顔面に隕石のような殴打が飛ぶかと思われたが……意外にも萬代百花は憤怒の形相を浮かべたり、刀剣の類いを抜いたりはしなかった。
だらしなく笑う要を見つめ、萬代は背筋が凍り付くような声で答えた。
「名付けたのは祖母だ」
なおも要は追撃? を仕掛けた。
「お婆ちゃんですか? センス抜群ですねぇ」
早希の顔面は白雪と似た色を帯び、斗路は「あらまぁ」とクスクス笑うだけだった。その内に斗路は「萬代さん」と、膨れた袋の中を指差した。
「お好きなお菓子、キチンと入っているじゃありませんか」
あぁ――萬代は無造作に袋へ手を突っ込み、児童向けアニメのキャラクターの顔型チョコレートを取り出した。「絶対食べないよ、それ」と制止する早希を無視し、要が「意外とそういうタイプじゃね?」と購入した代物だった。
萬代はチョコレートを一口齧り(小動物並みの一口であった)、立ち尽くす一年生に「座れ」と指示を出す。要達は慌てて正座し、上目遣いに萬代を見つめた。
「右も左も分からねぇ、ひよっこ同然のテメェらに問いたい。さっきの博技……どう思った?」
倉光、答えろや――威圧的に指名された早希は、「ぅはい!」と不可解な返事をしてから、苦笑いして答えた。
「その……正直、私には高度な戦いだな、ぐらいしか……すいません」
ポリポリ、コクン……とチョコレートを食べる音だけが響く。時折衝立の向こう――まるで別世界だった――からは楽しげな声が聞こえた。
「次、友膳」
あんなにお菓子を食べるのかな――とボンヤリ考えていた要は、「えぇー……っと……うぅん……」などと唸る事で、何とか良い答えを生もうと努力したが……。
結局、何も思い付かずに「思ったまま」を述べる事にした。多少殴られても仕方無いと諦めてもいた。
「花石のガン積みヤバいな、ってのと……『運ゲー』かなぁ……って思いました」
「もう一回言ってみろ」
萬代は淡々と指令を出す。対する要も「花石のガン積みヤバいってのと、『運ゲー』?」と、命知らずな調子で答えた。
「二つ目を繰り返せ」
「え? 『運ゲー』ですか?」
斗路は相変わらずニコニコと微笑み(ちゃっかりとマカロンを袋から取り出していた)、早希はなるべく気配を消したいのか、目を閉じて口角を微かに上げている。
友膳よ――萬代はチョコレートを齧りながら言った。
「『運』てぇのは何だ。思ったままに答えろ」
「えぇ……? そうですねぇ、努力じゃどうにも出来ない力、とか?」
「ソイツが、さっきの《五枚株》で一番重要だ――そう言いてぇのか」
要は「うーん」と唸り……。
「じゃないですかねぇ」
酷くアッサリと答えた。既に早希は要から距離を取っていた。暴力沙汰には巻き込まれたくないのだろう。
チョコレートをようやく食べ終えた萬代は、マカロンを美味そうに食べる斗路へ呼び掛けた。
「斗路よ」
「何でしょう? マカロンならお返し出来ませんよ?」
そんなもん、どうでも良い――萬代はニヤリと笑った。
「たまには、テメェも気が利くじゃねぇか?」
珍しい、明日は嵐でしょうかね……と、斗路は困ったように言った。
全く話に付いて行けない要と早希は、互いに顔を見合わせ、交わした視線のみで会話をしたのである。
これ、帰れないパターンじゃない? と。
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