第3話:走れ

「ご、《五枚株》って何ですかぁ……?」


 辛うじて隣の斗路に聞こえる声量で、要は奥に居座る怖そうな上級生――萬代に悟られぬように問うたが……。


「見ていりゃ分かる、目を凝らせ」


 全ては筒抜けであった。要、早希の両名は瞬きの回数が格段に増え、闘技の状況、というよりは「地獄耳の怖い上級生」の一挙手一投足が気になり仕方無い。


「アタシが親だな」


 萬代はしかし、しなやかな手付きで札を裏向きに撒いていく。《五枚株》の名の通り、「子」に五枚ずつ配っている事を要は見抜いた。


「さぁ、をしな」


「親」の言葉に呼応するように、皆は手元から花石を一〇個ずつ、車座の真ん中に置かれた籠へ放り投げる。とは「参加料を払う」事であると要は理解したが……。




 一〇個? 参加するだけで……そんなに払うの? 一月二〇個でしょ、その半分って……ヤバくない?




 要は早希の方を見やる、彼女は怯えるように頷いた。同意見らしい。しかし闘技は二人の新人に構う事も無く、粛々と行われる。ちなみに花石が一〇個もあれば、購買部で三級品の《八八花》が赤黒一式購入出来る。


「開帳」


 萬代の合図と同時に、一同は素早く五枚の札を検め……ある者は三枚と二枚に分けて再び裏向きにする、またある者は五枚そのまま裏向きにし、他の参加者の動向を確認する事もせず、黙して籠を見つめていた。


 子の動きが止んだ辺りで、萬代は「二度目」と声を張る。三枚と二枚に分けた者(全部で五人いた)は――またしても手元から、今度は各々違う数の花石を自身のすぐ前に置いた。一〇個、一五個、中にはも置く者もいた。


 四〇個も置いた豪胆な生徒こそが……親を務める萬代であった。


「三度目」


 冷たい声色の通告が響く、残る五人の内三人が更に花石を追加する。目眩のするような花石の動きに、要達は眉をひそめるばかりだったが――。


しまい目」


 こう「親」が宣言すると、前回追加した三人が重ねて……花石を場に置いた。


「えっ――」


 思わず要は声を上げてしまう。しかしながら反応したのは早希だけで、斗路を含む他の者は「打ち場」だけを見据えている。


はいねぇな」


 勝負から下りる者はいるか――と萬代は問うたらしい。五人は肯定も否定もせず、口を噤んで裏向きのを見つめていた。


 それから数秒後……萬代は通る声で「勝負」と言い放った。


 札を分けた五人は、「二枚」の方を一斉に表へ向け――互いの結果を比べ合った。だが……要、そして早希には何が良い手なのかが分からない。


 五秒程が経ち、「親」である萬代が不敵に笑んだ。彼女の札は二枚共が「人物」の絵であった。


「出した、全部寄越しな」


 勝者は彼女、らしかった。他の四人は各自追加で出した花石を籠に注ぎ、山のようにそれらを積み上げる。仏前に供える白飯の如き籠を、萬代の隣に座っていた生徒が静々と前に置いてやった。


 萬代は「ふん」と嘲るように笑い、斗路の後ろで見学している要達を見やった。


「おい、嬢ちゃん達」


 不意に話し掛けられ、要と早希は裏返った声で「はい」と返した。すると萬代は籠を持ち上げ、「買って来い」と気軽な様子で言った。籠から花石が数個、ポロポロと落下するのも構わないようだった。


「はい! えーっと……何を――」


 要は出来る限りの笑顔で、しかし背中には冷たい汗を掻きながら怖ず怖ずと質問する。


「購買部で買える分だけ、を買って来い」


「い、良いんです……か? 勿体無いような……」


 要はふと、「貯めた花石は会計部で貯蓄出来る」事を思い出していた。彼女の老婆心は、しかし萬代には全くの節介だったらしい。萬代は「あ?」と戦慄すべき声色で返した。


「テメェの考えを訊いたつもりは無ぇ。行け。五分で戻って来なきゃ――を入れる」


 走れ――萬代は低い声で命令した。


 たった三文字の言葉は、右も左も《五枚株》のルールもよく分からない一年生を……短距離走のように疾走させた。受け取った花石を落とさぬよう、溢さぬようと必死になりながら。


 最早、要の頭から《八八花》は消え去り、代わりに《株札》と鬼のような萬代の顔が居座っている。それはきっと、早希も同じであろう……。

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