第2話:八八花って訳分かんない

「……以上で《八八花》の各月札の説明を終わります。ここまでで質問のある方はいらっしゃいますか?」


 大丈夫です、と口々に参加者が答える。解説役の二年生は頷き、「続いては《花合わせ》について――」とカリキュラムを進めていく。


 車座となった生徒達の中で……一人の少女が目を見開いたまま、ぎこちない笑顔を浮かべている。友膳要その人だった。


「要ちゃん、大丈夫?」


「…………大丈夫だよ」


 嘘を吐け――そう言いたげに早希が見やる。解説役はドンドンと話を進めており、他の参加者も興味深そうに頷いていた。


 要もそれに倣い、同じようにコクコク頷いている。「水飲み鳥」と同じだった。




 残念ながら……要は《八八花》の札解説を殆ど理解していない。


 一月は松の札、二月は梅で――と、解説役は札を座布団に置いて説明する。参加者も「なるほど」と首肯し、中にはメモを取る者もいた。要も首を捻りつつ、メモに「一月は鶴」などと書いていくが、途中で短冊札の解説も介入してくる為、要は「短冊って何さ」とペンの動きを止めてしまう。


 今回に限り、全て要に非がある訳では無かった。


 解説役の説明にも問題がある。解説役は参加者に「薄らでも下地がある」事を前提に話を進めており、要のような「無」の参加者を想定していなかった。


 これは花ヶ岡高校に入学する者は大抵が《八八花》や《地方札》の愛好者であり、またそれが「当たり前」という風潮があった。要も《八八花》を知っていたが、それは「聞いた事があるなぁ」程度の知識である。


 では質問をすれば良い――と考えるのが普通だが、そもそも質問という行為は「ほんの少しでも理解している」から出来るものであり、「全く分かりません」という問いは、唯のに過ぎない。


 彼女が現状理解しているのは「全く分からない事」であり、それは質問に値しないと自己完結していた。


 要が困惑し、「とりあえず笑っておこう」と口角を上げた理由は以上である。




「……では、今から実際に打ってみましょう。三人ずつに分かれて頂いて、それから《花合わせ》を――」


「あ、あの!」


 硬直する友人を放って置けず、早希は手を挙げて解説役に言った。結局は面倒見の良い早希、将来の夢は幼稚園教諭であった。


「私とこの子、一回休憩したいのですが!」


「あら、もうこんなに経っていたんですね。では、丁度区切りが良いので皆さん一度休憩を取りましょうか。一五分後、またお集まり下さい」


 参加者は正座を崩し、メモを纏めたり他の闘技を遠目に観察し始めた。早希は要の肩を叩き、「トイレ行くよ」と無理矢理に立たせる。


 道すがら、早希は「あのさぁ」と心配そうに問うた。


「要ちゃん……全く理解出来て――」


「いやぁ? むっちゃ理解しているし?」


「…………《三光》を作る時、何の札が必要ですか?」


「そりゃあ、ねぇ、鶴と桜と、赤い鳥と、傘を差している人でしょ?」


「それ四枚あるよね? しかも《雨四光》だよね?」


 俄に要は泣きそうな顔になり、「ヤバいよぉ」と早希に抱き着いた。


「何か全然分かんないんだけどぉ! ってか、そもそも数字を書いてくれって感じだしぃ!」


「まぁ、それもそうだけど……でもこういうものだって憶えるしか無いよ、何で水素がなんですかって、普通聞かないでしょ」


「水素はヘリウムじゃなくて、ハイドロジェンだよ? 水素はH、ヘリウムはHe」


「えー……何だろう、要ちゃんに指摘されると泣きたくなる……」


 とにかく――早希は顔を赤らめつつ、潮垂れる要に言った。


「分からないままじゃ駄目だよ、この学校は《八八花》を知っていて当たり前って感じじゃん、要ちゃんもきっと理解出来るって!」


「うぅーん……せめて一二ヶ月じゃなくてさぁ、一種類の札だけって無いのぉ?」


 困ったなぁ……と早希が唸るも、あっと言う間に金花会の教室に到着してしまう。怖ず怖ずと戸を開ける二人、既に参加者は揃っており、解説役は「こっちこっち」と手招きしていた。


「早希……むっちゃ呼んでるよ私達を……」


「そりゃあそうでしょ……さっきまで参加していたんだもん」


 苦笑いを浮かべ、二人は覚束無い足取りで講習会の場へと戻ろうとした矢先――。


「お待ち下さい」


 透き通ったような声が響く。要と早希は振り返る、受付の業務を他の生徒と交代したらしい斗路がそこにいた。


「申し訳ありません、お二人にまだお話していない会則が御座いました……大変お手数ですが、こちらまでお越し下さい」


 斗路は困ったように笑い、衝立の向こうへと消えて行った。


「そうでしたか……ではお二人には申し訳ありませんが、《花合わせ》を始めております。終わり次第、ご参加下さい」


 解説役は残念そうにしていたが……一方の要は「晴れ晴れ」とした表情であった。




 何だか分からないけど、抜け出せてラッキー!




 斗路の後を追い、二人は衝立を躱すと……。


 飛び込んで来た光景に、要と早希は思わず足を止めてしまった。


「こっちも……打ち場……?」


 その通りです――要の問いに答えた斗路は、今にも目付きをした八人の生徒を見やった。


 生徒達は全く恐ろしい顔付きで、奇妙な「黒い縞々」の札を見つめている。


「何か……雰囲気違くないですか?」


 小声で問い掛ける要に、斗路は致し方ありませんと微笑む。


「事前に予約をして頂ければ、打ち場の貸し出しも行っております。我々が出来る事は目付役と……軽食のご提供ぐらいでしょうか」


「予約なら、私達……ここにいない方が……」


 うんうんと首を振る早希。しかし斗路はかぶりを振る、二人に退路は最早無いらしかった。


「遠くからお見掛けしていると、どうにも《八八花》に馴染めていないようでして」


「いやー……アハハ……何か、すいません」


「要ちゃん、しっかりバレているね」


「誰しも最初は入門者、その門を潜るのに必要な努力は、決して同じでは御座いません。また……必ずしも、皆と同一の門を潜る必要も御座いません」


 これは唯のお節介なのですが……斗路は机に置かれた二組の札を手に取り、要と早希の手に載せた。


「これ……あそこの人達が使っている札ですか?」


 要は札の山を指でずらしていく。似たような札ばかりがあった。


「それは《株札》と言います。一から一〇までの札一種類、それを四枚ずつ……計四〇枚を使い、闘技を行うものです」


「四〇枚? しかも一種類だけで……遊べるんですか?」


「勿論で御座います。他の賀留多と比べ、《株札》は技量と博才の――」


 その時……奥に座っていた女子生徒が顔を上げ、「斗路よ」と威圧的な声で呼び掛けた。要達はビクリと肩を震わせるが、斗路は「はい、萬代ばんだいさん」と平気な風に返事をする。


「テメェの話は、どうにもいけねぇや、アタシ達の博技ばくぎを見て貰いな」


 それは名案で御座います――斗路は微笑み、要達に「どうぞご覧下さい」と椅子に座らせた。


「今から……何をするんですか」


 早希は小声で斗路に問う。「次は――」と斗路が囁き返す。


「《五枚株》で御座います」

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