オグロスナギツネ:大事な大事な、私の家族


 私の名前はオグロスナギツネ!


 私のことを知らないフレンズも結構いると思うから、まずは私のことを教えてあげるね。


 名前を見たら分かるかもだけど、私は砂漠の荒れ地で暮らしていたの。


 そこでの生活は大変で、だからこそ一緒に暮らす家族や仲間はとっても大事に思えるんです。


 もちろん私にも、とっても大事な家族がいますよ。

 家族じゃない、もっと深く心で繋がりあったかけがえのない彼が。


 名前はくん、私はユタカくんと呼んでいます。


 私の名前と違って”かんじ”っていうものでも書けるらしいけど、難しくて私じゃ分かんなかった。


 ユタカくんはパークの外から来てくれたヒトで、外について沢山のことを教えてくれました。

 時には一緒に出掛けたり、おいしいお菓子を食べたりもしました。


 そうやって長い時間を過ごしているうちに、私たちは惹かれあったのです。


 今では一緒のおうちで、毎日幸せな時間を過ごしてるんだ。

 ちょうど今も、ユタカくんのために晩御飯を作っています。


「…今日は特によくできちゃいました」


 綺麗に盛り付けて最後に加える少しの

 ささやかな隠し味が幸せな食生活の鍵なのです!


「さーて、今晩も…ふふふ」


 期待に胸が高鳴って収まりません。

 初めてじゃないのに、毎日が初々しい気持ちなんです。


 揺れる味噌汁がこぼれないよう気を付けながら、私はお部屋の扉を開けました。



「ユタカくーん……って、あれ?」


 シーンと静まり返ったお部屋の中。

 ユタカくんの姿はどこにも見えません。


「あれれ、隠れてるの?」


 バッと思いっきり布団をめくってみましたが、ベッドの上にもいないみたい。


 おかしいな、ユタカくんはこの部屋から出られないはずなのに。


 もしかして、が手引きしたのかな?


「この期に及んで、まだ諦めてないんですね…!」


 このおうちの外には、私とユタカくんの仲を邪魔する悪いフレンズたちがいます。 

 私たちが引っ越そうとするときもことごとく邪魔をしてきました。


 目に付く子はちゃんと片づけたはずなのに、まだ残っていたなんて驚きです。


「だけど、ユタカくんは渡しませんから!」


 大きな声で愛の決意表明。

 

 さあ、私たちの幸せを取り戻しに行きましょう!



―――――――――



「でも残念、今日の晩御飯はよくできたのに…」


 こんなことを考えてる場合じゃないけど、名残り惜しくて仕方ありません。


 だけど…我慢。


 彼を無事に連れ戻したら、今度こそとびっきりに美味しいご飯を作ってあげましょう。



 そのために、まずは何処から外に出たのかを調べなきゃ。


「ドアには鍵を掛けたし、窓は鉄格子をつけてるし……天井は…あ!」


 私の鋭い目は見つけました。

 天井の板に剥がされた跡があることを。


 部屋にあるもので登るための足場も作れそうだし、ここから裏に昇って出てしまったみたいですね。


「この足場、組み立てるの難しいな…」


 テキパキとこの足場を組み上げるには結構練習が必要そうですね。

 

 天井を剥がすことも含めたら、準備の時間が必要です。


「……」


 …いえ、ユタカくんを信じましょう。

 

 手引きをした不届き者が用意した可能性も十分に残っていますから。


 ああ、可愛くて純粋なユタカくんを誑かすなんて、なんと恐ろしい女狐なのでしょう。


 の後は、私が目を覚まさせてあげないとですね。


「ふぅ、この先に…ユタカくんの匂いがします!」


 夜闇に紛れて姿をくらまされたら大変。

 ユタカくんがこのお家を離れる前に何としても追いつかなくては。


 うぅ、少しずつ不安な気持ちが強くなってきました。

 家族を失う気持ちって、こんなにも痛いんですね。


 癒してほしいよ…ユタカくん…?



―――――――――



 奥の方から微かに吹いてくる空気の流れ。


 屋根裏には用意されたであろう道が繋がっていて、そこを通るとやがて玄関の近くに出てきました。


 少し高めの穴から降りて、私は辺りを確認します。


「この足跡…ユタカくんの…!」


 見るからに裸足の跡です。

 ユタカくんは靴を履いていないのでほぼ間違いないでしょうね。


 あれ、でもこの足跡って…?


「まだ乾いてない…急がなきゃ…!」


 考えている暇は有りません。


 彼の足跡があるのは外に出てしまった証拠なのです。


 純粋な心がこの世界に汚されてしまう前に、早く…!


「ユタカくん…! これって、あなたの意地悪なの…?」



 逃げて、隠れて、見つけて、追いかけて。


 いつかのあの日の出来事を、今もあなたは覚えてますか?


 

―――――――――



『はぁ…はぁ…!』


 咳き込むように荒い息でも、雨の中では響かない。


 宿屋から何も言わずに姿を消した彼を探して、私は真っ暗な原っぱを駆けずり回っていました。


『オグスナさん、今日はもう戻るべきだと思います』


『止めないでチベスナちゃん、私はユタカくんを見つけなきゃいけないの…!』


 引き戻そうとするチベスナちゃんの手を振りほどき、私は遠くに向かって走り出したのです。


 どこを目指したのでしょう。多分、彼女から離れたかったんです。


『ユタカくん…どこなの?』


 心臓が締め付けられるように感じたのは、寒さのせいだったのでしょうか。

 ユタカくんの見えない世界が、何より冷たく見えてしまったせいかもしれません。



『……オグスナ?』


 やがて見つけたユタカくんは木の下に座って、私の知らないフレンズと一緒に雨宿りをしていました。


『ユタカくんッ! どうして、いなくなっちゃったの…?』


『な、泣かないで! えっと、この子を放っておけなかったんだ』


『は、はじめまして、わたしは――!』


 ユタカくんが、私を置いて行ってまで助けようとした彼女。


 どんな名前だったっけ。確か、ハイイロギツネとか言ったような気がします。

 


 …でもそんなことはどうでもいいの、もう彼女はいないから。


 もっとずっと大事なのは、今ユタカくんを探しているこの状況が、まるであの日のようなこと。


 家の前にあった足跡はユタカくんのものだけだった。

 ユタカくんは、自分の意志で家を出て行ってしまった。


 どうして、一体何がいけなかったのですか?


 ねぇ、教えてよ――



―――――――――



「……ユタカくん?」


「っ、どうしてここに…!?」


「聞きたいのは私ですよ、どうして逃げちゃったの?」


「分からないか…だから、俺を監禁したんだな」


「監禁じゃありません、あそこは私たちの愛の巣なんですよ?」


 ユタカくんは私と話しながらも遠ざかろうとしています。


 ああ、本当に悲しいです。

 私たちの愛は、絶対に壊れないものだと思っていたのに。


 だから、最後に1つだけ質問させてください。


「ユタカくん…一度でも、私を好きになってくれましたか?」


「はぁ…? 無いよ、そんなことッ!」


「一度も…無い…!」


 あまりにも淡白で、嘘を感じさせない言葉。


 だからこそ私は、信じられる――







「――ぁは♡」


「な、なんだ…?」


 おっと、いけないいけない。

 嬉しさのあまりつい声が出てしまいました。

 

 それより聞きましたか?

 ユタカくんは、一度たりとも私を好きになったことがないそうです。


 …


 それってつまり、私たちの愛はってことですよね。


 無いものは、壊れられませんもんね?


 安心しました。

 だったら今から、を作るだけです。

 


「あっ…が!?」


 音を立てて外れるユタカくんの膝。

 

 お医者さんは脱臼と呼んでいるらしいですが、これってとっても痛いらしいんです。

 それはもう、そこが動かせなくなる程に。


 もちろんユタカくんを傷つけたいわけじゃないので、外した骨は

すぐ元に戻してあげました。


「うふふ、痛いですよねぇ?」


「オグスナ、何を…!?」


「脚、動きませんよね…こんな状態で、まともに生活できますか?」


「ま、まさか…」


 絶望に染まるユタカくんの表情。

 キュンと締まる胸を抑えて、私は彼を抱えます。


「うふふ…私がちゃんとお世話してあげますよ♡」


 ああ…あぁ、ああ!


 歓喜に打ち震えるこの心。

 ついに、ユタカくんの体を手に入れた。


 次は、あなたの心。


 でもそれも、きっと時間の問題です。 

 ゆっくりゆっくりと、一緒に染まりきりましょう。


「もう痛いのは嫌ですよね?」


 ガクガクと首を縦に振るあなたは、見たことが無いほどに可愛らしいな。

 


 早くお家に帰りましょう。

 素敵で幸せな生活を、しっかりと作り直すんです。


「ずっとずうっと、離してあげませんからね…♡」


 だって家族あなたは私にとって、決して取り替えようのない宝物なんですから…!


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