第12話 先生の助手はどうかなと思って

 「次はいつ会えるかな?」


 「またすぐに会えるよ」


 朝冷えの厳しいガレージで露を纏った車がエンジンを震わせている。玲子れいこはその前で話を続け、車に乗ることに抵抗していた。綾人あやとはそんな玲子にカチコチの笑顔を作り続ける。


 「玲子、何してるの?早く乗って」


 言うことを聞かない玲子に母親が車中から催促する。その場で何度か足踏みをした玲子だったが、最後は指示に従った。


 「ちゃんと連絡してね」


 動き始めた車の窓が開いて玲子の顔が出てくる。綾人は頷いて答えた。


 「じゃ、また今度」


 「玲ちゃん、元気でね」


 夏乃かのも別れを惜しんでおり、後ろでは早苗さなえが手を振っている。ガレージを出た車は綾人と玲子を引き離していった。


 「玲子ちゃんとしっかり話はできた?」


 「うん、まあね」


 「二人とも成人したんだから、会おうと思えばすぐに会えるわよ」


 落ち込まないようにと早苗が綾人の背中に言葉を投げかけてから家の中に入っていく。綾人は名残惜しさを見送る視線に込めて立ち尽くす。こんな寸劇は小学生以来だった。


 信濃家が去ってすぐ、両親は出勤の準備を始める。急に休みをもらった分、遅れを取り返す必要があるのだという。この日に限って、綾人は両親の出社を待ちわびた。


 信濃家の出発から三十分後、今度は両親を見送る。こうして、ようやく砂海家に平穏が戻ってきた。ただ、いつもの日曜日とはわけが違う。


 「ふう、バレないって分かってても、隠れるのは緊張するね」


 「………」


 玲子が不意に綾人の隣に姿を現す。玲子は自らの体を完全に消して、自作の幻影と綾人の両親を一緒に見送っていた。綾人には玲子の言葉が白々しく聞こえる。


 「自分に術をかけるのは良くないとか言ってなかった?」


 「違う容姿になるのは嫌だけど透明はいいの。これのおかげで何度も危ないところから逃げてこられたし」


 「玲ちゃん凄い!それって私も透明になれる?」


 「もちろん」


 玲子は当然だと胸を張る。綾人は大きく息を吐いた。


 「本当に人間?」


 「人間だから!」


 綾人の問いかけに玲子は即答する。証明を求めても押し問答が続くだけだと分かっていた綾人は、それ以上の面倒は避けることにした。


 「さて、それじゃこれからどうしようか」


 「まずは連絡先を交換しようよ」


 綾人が頭を使うことを面倒に感じていると、夏乃が一つ提案を行う。玲子は満面の笑顔で賛成した。


 「連絡先って、携帯とか持ってるの?」


 「失礼な。現代を生きる人間として必要不可欠だよ」


 「そうなんだ。使いこなせてる?」


 綾人が何気なくそんな心配をしたのは、機械に弱いお年寄りが珍しくないからである。ただ、そんな心配とは裏腹に玲子は綾人を睨みつけた。


 「本当に失礼ね。言っとくけど、私はポケベルの時代から進化の過程を見てきたんだよ?少なくとも綾人より使いこなせる自信はある」


 「じゃあ良いけど」


 「今度また年寄り扱いしたらどうなっても知らないからね」


 玲子は不機嫌そうにポケットから携帯を取り出し、夏乃と連絡先を交換する。持っているのは最新のスマートフォンだった。


 「……綾人は?」


 「もちろん」


 連絡先の交換はものの数分で終わる。途中で機嫌を悪くした玲子だったが、最終的には二人の連絡先を見つめて嬉しそうにした。


 「今日の玲ちゃんの予定は?」


 「うーん。とりあえず不動産屋に行ってみようかな。ここはとても居心地が良いけど、綾人や夏乃ちゃんに迷惑をかける訳にはいかないし」


 「その前になんだけど」


 玲子は約束した通りに準備を進めようとしている。ただ、綾人にはもう一つ確認しておきたいことがあった。


 「住む場所を決めてこの土地に慣れるのは良いんだけど、一つ気になることがある」


 「なに?表社会のルールにはできる限り従うよ?神通力もむやみに使ったりしない」


 「そうじゃなくて。家が決まった後、玲子はどんな生活をしていくのかなって思って」


 「……どういうこと?」


 質問に玲子が小さく首を傾げる。綾人は追加で説明を行った。


 「俺も夏乃も玲子に協力する。でも、普段は二人とも学校に行って家に居ない。その間、玲子はどうするのかなって」


 「え……」


 「その間は協力することも出来ないし、玲子には一人で過ごしてもらわないといけないんだけど」


 「……嫌だ」


 懸念事項を聞いて玲子が小さく呟く。綾人の嫌な予感は的中した。


 「嫌って言われても仕方ない。学生をしてるんだから学校には行かないといけないし」


 「結局は離れ離れ?」


 「でも孤独な生活をしていた時よりは進展したんじゃないか?平日は夕方に帰ってこれるし、週末は一日中暇にしてる」


 「……そうだよね」


 補足をしても玲子はしょんぼりとする。綾人は少し時間を置いてから声をかけた。


 「玲子はどうしたい?」


 「どうって?」


 「発端は玲子の孤独なんだ。だから、それが解決できない限りは俺らが協力だなんて言っても薄っぺらい言葉でしかない。玲子が一番望む形に出来るならそうしてあげたいんだけど」


 「欲を言えば……」


 玲子は言いかけて言葉を詰まらせる。待っていると小さな声が続いた。夏乃が会話に混じろうと両者を窺っている。


 「ずっと綾人と一緒にいたい。今でも十分幸せなのは分かってる。でも欲はどんどん出てくる。……面倒臭いよね」


 「そんなことない!玲ちゃんがそう思うならそうしたら?さっきの透明になるやつで授業受けてる兄ちゃんの後ろに居たらいいよ。それで寝たら頭を叩いてさ」


 今が好機と言わんばかりに夏乃が馬鹿げた提案をする。際限なく欲を出すというのはまさにこのような結論を意味するのかもしれなかった。


 「さすがにそれはダメだ。神通力はなるべく使わないっていうのが約束だから」


 「うん」


 「それじゃ、玲ちゃんをほったらかしにしておくの?兄ちゃんと一緒に生きていきていきたいとまで言ってくれたのに?」


 やけに玲子の肩を持つ夏乃が攻勢に出る。ただ、綾人も何の考えもなしにこんな話をしているわけではない。ここで早朝に思いついた案を二人に披露することにした。


 「同じ教室は無理だけど、もしかすると学校に連れていってあげることはできるかもしれない」


 「まさか、トイレ掃除でもさせようと思ってる訳じゃないよね?」


 「なんでそんな限定的なんだよ。でも半分は当たってるかも」


 「どういうこと?」


 綾人が含みを持たせると夏乃が訝しがる。玲子は目をきょろきょろとさせて成り行きを見守った。


 「玲子の得意なことを聞いて思いついたんだけど」


 「私の得意なこと?」


 「国語や歴史を教えてたって言ってただろ?近代史なんて人生だって」


 「え、でもさすがに先生にはなれないよ?」


 何かに気付いた玲子が先に断りを入れる。しかし、綾人の計画は少し違っていた。


 「違うよ。先生になるんじゃなくて、先生の助手はどうかなと思って」


 「助手?」


 綾人の前で玲子と夏乃が顔を見合わせる。綾人は自身が通う学校の特殊性に目をつけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る