第7話 どうしたら助けられる?

 「会ったって、どこで?悪いけど心当たりがない」

 綾人あやとは顔を合わせないようにして問いかける。玲子れいこが不審者であることは間違いない。告白も綾人を騙すための嘘に違いなく、浮かれていられない。

 「出会いは一月初めの長野の山奥。あれってお爺様のお屋敷だったんだね。見かけたのは山道をもっと先に進んだ墓地だったけど」

 「あそこには俺以外誰もいなかった」

 「私は妖狐だから身を隠すのは得意。あの時も見つからないように綾人を見てた」

 「どうしてあんな山奥に?あそこは雪に閉ざされた限界集落だ」

 綾人は妖狐という存在をよく理解できていない。祖父母が住む集落は無関係の人が寄り付く場所ではなく、その場に玲子がいたなど信じられなかった。

 「そうね。冬のあの場所は関係ない人が行くところじゃない。私も久しぶりだったな」

 「何のために?」

 「死ぬためよ」

 その瞬間だけ怖い顔をした玲子だったがすぐに柔らかい表情に戻る。言葉を詰まらせた綾人は追及を止めてしまう。人が絶望の淵に立ったときにどんな顔をするのか初めて知る。

 「あそこは自殺の名所じゃない」

 「私の生まれ故郷なの。今からもう230年以上も前のことだけど、あの近くには村があってね。私はそこで生まれた。とても大切な場所」

 「生まれた土地で死にたかったと?」

 会話が続いて、綾人は落ち着きを取り戻していく。空を見上げる玲子から言葉を待つ余裕もあった。

 「この世界に私の居場所はない。人と違うせいで誰かと生きていくことができないから。あの土地に良い思い出があるわけでもない。だけど、自分が生まれたってだけで意味があるように思えた」

 「人は一人じゃ生きていけない。もし本当に230年も生きたというなら、なおさらそんなことがあったとは思えない」

 玲子の話は全く信用できない。それでも心のどこかで同情の念が湧き始めていた。玲子は右手を胸の前で握り締めて苦しそうに吐き出す。

 「やっぱりこうなる。誰も私を信じてくれない。分かってはいたけど」

 「どうして、泣くんだよ」

 涙を見せられては何もかも嘘だと一蹴することもできない。過度な反発が得体の知れない暴走に繋がる可能性も考えなければならないからだ。ただ、泣き顔に目を奪われたというのも理由の一つだった。

 「ごめんなさい」

 「もっと事情を教えてくれないと分からない。あの墓地で俺を見かけたことは分かった。だけど、ここに来た理由とか、年齢のこととか、人を騙す変な力のことも教えてくれないと」

 話を鵜呑みにしては罠に嵌まる。玲子が両親を操ったことは事実であり、その力は容易に綾人に対しても行使されうる。幸運なことに、玲子はまだ言葉での説明を続けてくれるようだった。

 「話を聞いてくれるの?」

 「そのために強引に連れてきたんだろ?」

 「迷惑はかけたくない。だから本当のこと言って?」

 今更になって玲子が綾人を気遣う。その時、綾人はふと嫌な考えを持ってしまった。

 「話を聞かないって言ったら、長野に戻るつもりじゃないだろうな」

 「仕方ないよ。私は綾人に最後の希望を求めてここまで来た。叶わなかったらそうするしかない」

 「それは死ぬってことだろ?」

 「ええ」

 玲子が頷く。それを見て綾人は質が悪いと感じた。協力しなければ玲子は自殺するという。当然、綾人としてはそんなことに加担したくはない。

 「私は普通の人よりも長く生きてて、この外見は200年以上変わってない。そんな人間が近くにいたら周りがどんな反応するか知ってる?」

 「どんな反応を?」

 「怖がるの。友達も愛し合った人も本当の私を知ると逃げていった。言ってること分かる?」

 「ああ」

 「関わったからいけなかったの。それに気付いてからは同じ場所で長く生活できなくなった。誰かが親しくしてくれても、誰かを好きになっても離れるしかない。でないとまた傷つけてしまう。相手も自分も」

 涙が止まらなくなった瞳が綾人に強く訴えかけてくる。綾人は少し時間を置いて玲子を落ち着かせることにした。玲子が涙を拭ったところで口を開く。

 「だったらどうして会いに来たんだ?矛盾してるじゃないか。好きになったから?」

 「違う。最後だったから。綾人に避けられても死んでしまえば辛くない」

 「そんなことされて俺がどう思うか考えた?」

 玲子の身勝手な考え方に綾人は苛立つ。玲子の涙が真実ならば、孤独に対する恐怖はよく理解できる。しかし、それが人を苦しめる理由になっていいはずがない。

 「もちろん考えた!でも我慢できなかった!綾人を一目見て、胸が痛くなる理由が分からなくなったの!」

 「そんなこと言われても困るよ」

 にじり寄ってくる玲子は怖い。綾人が拒絶すると、玲子の瞳から光が消えた。

 「そうだよね、ごめんなさい。そんな顔をさせたかったわけじゃないの。明日からは今まで通りの生活を約束するから」

 玲子は申し訳なさそうな顔をして後退る。薄い雲が月にかかり、影が玲子より先に消えていく。本当に立ち去るつもりのようだった。

 「待って!」

 頭を掻きむしっても考えがまとまることはなく、綾人は無計画に玲子の後を追う。立ち止まった玲子は顔を背けていて、綾人は膝を曲げて身長を合わせた。

 「こんなことは普通に困る。説明も意味の分からないことばかりで同情もできない」

 「分かった。もう分かったから!」

 「分かってない!そうやって立ち去られる方がよっぽど困るんだ!なんで知らない奴の自殺に加担して、こっちが嫌な思いをしないといけない!?」

 「そんなつもりない!もう私と綾人は関係ない。だから行かせて!」

 「だめだ。何から何まで説明してもらう。話したくないことも全部。これからのことはその後に決める」

 綾人は近くの塀にもたれかかる。玲子に対する恐怖は依然として大きい。しかし、何も知らないまま終わらせることはもうできなかった。

 「さっきも言った。知りたいことは何でも聞いてって」

 「じゃあ聞くけど、俺は一体何を求められてるんだ?」

 話は複雑で、かつ漠然としている。玲子は小さく呟いた。

 「助けてほしい」

 「どうしたら助けられる?」

 「分からない」

 「それを探すところから全部ってことか」

 黙り込む玲子を横目に綾人は考えを巡らせる。そうして次の質問を決めた。

 「まずは妖狐が何なのか知りたい。変な力を持ってて、よくある化け狐のことじゃないんだよな?」

 「違う。私は人間」

 「だったらそう名乗っている理由から教えてほしい」

 今の綾人でも妖狐と年齢が関連していることはおおよそ把握できている。綾人の隣に移動した玲子は呼吸を整えてから話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る