クラッチ・ヴェノー

エリー.ファー

クラッチ・ヴェノー

 実験は失敗した。

 分かりきっていることだが、このままここに居れば、殺されることになる。

 なんともあっけなかったとは思う。

 死ぬのも、それこそ実験が失敗したのも一瞬だった。最初は何の問題もなかったのだ。話を聞く限りは、悪い話ではなかったし実験自体のリスクの高さも問題として考えるべきではないように思えた。

 つまり、そういうことだ。

 半分騙され。

 そして。

 半分騙されにいき。

 気が付けば、自分で自分を騙していいように状況を組み立てながら、考えを巡らしていた。

 真実は単純で、この実験室は破壊される。

 爆破されるというよりも、消滅すると言っていい。

 圧倒的な熱量を直接当てて蒸発させるそうだ。失敗した実験室の中にいる私を外に出すわけにいかないし、そもそもここには余り外に出すべきではない資料が多すぎる。成功したところで。

 そう、成功したところで。

 出られるわけもなかったのだ。

 けれど、私はそれでも嬉しかった。

 実験をしたかった分野ではあったし、これ以上のないほどの成果は上げられた。

 雇い主にとってはそれは、望んだ結果ではないのだろうし、それこそ失敗ということにはなるのだと思う。しかし、私の立場から言わせてもらえば、こんなにもよくできたものは他にはなかった。

 失敗すら私にとっては宝だったのだ。

 もう、首もない。

 顔から下は吹き飛び、最早人間ではない。

 意志や思考、哲学だけが切り離されて、宙を舞っている。

 肉片、白い欠片となった骨、今もその首の断面図から噴き出し続ける血。

 私はいつの間にか私ではない、何かになっていた。

 明らかに、私はずれていた。

 もう、人間ではない。

 元々、死なない兵士の研究などどこの国でもやっている。しかし、この国では、つまり私の母国のことだが、進みすぎたのだ。考え方が。

 何か肉体的な欠損が出てしまった場合に、それを回復させるための時間がかかる。それは不死身の兵士が出来上がっても同じことである。

 だったら。

 それならば。

 明らかに死体になり、そこから復活するまでの間でさえ、思考させ続けることができれば経験値をためられるし、自分の死をよりつぶさに観察することによって、より、死を恐れなくなる。

 仮に不死身であったとしても意識がなくなる、というのはやはり恐怖というものに繋がってしまうものである。

 悲しいかな。

 とても。

 悲しいかな。

 人間のそのような問題点すら、この研究室は克服しようとした。

 成功してはいるが、結局、二百人近く殺し、丁度いい実験に使用できる兵士がいなくなったところで、一番元気だった私自身を使って上手くいってしまった。

 実験など所詮はこのようなものだ。特に結論や、結果、それによって生み出されるものがどのような価値をしているかなど、何の意味も感じさせてくれない時。

 こうして、実験は人間に何の憐憫も向けることはない。

 私は自分の吹き飛んだ顔の位置を確かめようと体を立たせた。

 すると。

 胸ポケットから妻と子供の写真が出てきた。

 妻は確か、流れ弾に当たって死んだ。

 娘は、妻に面影が似ていたので急速成長剤を打ち込んだが、右足の成長比率が遅くなり、右足の甲のあたりにある骨が肥大化して、筋肉すらまともにつかなかった。一応、看取ったが、ずっと私の名前ではなくて母親の名前を読んでいた。妥当だと思う。

「最後に言い残した言葉はあるか。」

 研究施設内にそんな言葉が響く。

 私は少しだけ考えた。そして、ごく当たり前のことに気が付いた。

「そうか。なるほどな。はは。」

「最後に言い残した言葉はあるのか、と聞いている。」

「戦争はもう終わっていたのか。」

 わざわざすべてを破壊する意味もない。

 利益になるものも生まれたはずだ。

 しかし、壊すのだ。

 理由などそのあたりだろう。

 上は戦争が終わった後のことをもう考えているのか。

「実験は失敗した。試すものもない、何か結果に関して想像している訳でもない。敢えていうなら、この国は戦争に負けたのではないか、そうだろう。」

「何故、そう思う。」

「私を殺すくらいの国だ。」

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