生存戦略 Lv1

霧を掻い潜り辿り着いたラーメン屋はどう見ても絶賛閉店中だった。


壁には蔦が這いドアがあっただろう場所には何もなく、外から覗く限り薄暗い店内には客や店員の姿はない。

見上げれば辛うじて本当に辛うじて、見覚えのあるチェーン店の看板らしき痕跡があった。


「廃墟じゃんか」

《ですね》

「はあ……まいったなあ完全に舌が餃子定食になっているよ」


いや問題はそこじゃない。


寝て起きたら何十年も経過しており、

話し相手が携帯端末のAIだけで、

よく分からない生物に殺されかけ、

街の至る場所が廃墟と化しており、

餃子定食も唐揚げも、キクラゲの炒めも食べれない、


この状況自体が問題なのだ。


「クオヴァディス、質問」

《何でしょうか》

「僕はこんな状況でどうやって生きればいいと思う?」


僕は常々『この世界から他人が消えようがどうでもいい』と思っているような人間だ。


恋人も友人もいらない。

家族が欲しかったり子孫を残したいという願望もない。


ただ実際に人がいなくなるのは大変困ったことだと思い知った。


人がなければ社会が成立しない。

社会がなければ作り手も運び手も売り手も存在しない。

詰まるところラーメンやスナック菓子や漫画や映画の存在は皆無となる。


僕のような娯楽とジャンクフードを生き甲斐とする軟弱者は生きてはいけないのである。


《もしかして生存戦略(サバイバル・ストラテジ)をお求めですか?》

「……まあそうかも?」


まあ実際のところクォヴァディスが問題を解決してくれると思ったわけではない。

ただ不安を紛らわす為に、話しかけただけに過ぎなかった。


AI提案なぞ良いところでサバイバル関係の動画のサジェストが精々だろう。

だが端末の画面が切り替わり、何かのアプリが起動した。


「何だ……これ……?」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

鈴木景一郎

兵種:模範的な市民

状態:空腹、胃弱


余剰kcal:4,376

消費kcal/h:75

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

スキル:

◼︎◼︎◼︎◼︎

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


《それでは兵種・スキルを獲得して生存戦略を始めて下さい》


携帯端末のAIがゲームっぽいステータス画面を提示して、そんな戯言を告げてきたらどう思うだろう。


「ほほう……さてはぶっ壊れたかな?」

《失敬な。自己診断での異常は検知されてません( ̄^ ̄)》

「怒るなよ。冗談に冗談で返したんだ」


最近のAIは高度過ぎるな。

この馬鹿げた状況と、僕が好みそうなジョークのネタを推測して自動生成したのだろう。


だがこういうPTOをわきまえないデリカシーに欠けた発言は所詮AIと言ったところだ。


「さて嘆いても仕方ないし食べ物でも探してみるかな」

《話を聞いて下さい》

「ハイハイ聞いてる聞いてる。アドバイスさんきゅーな」

《……》


クオヴァディスをなだめつつ、食欲の赴くまま半壊した硝子ドアを潜る。

腐っても元ラーメン屋だったんだから探せばきっと何かあるはずだと思った。


「うわ……埃っぽいな」


客席の椅子に腰掛けようとしたが、クッションが風化してバネが剥き出しになっている。

カウンター付近の棚に努力友情勝利を三大柱に据えた週刊少年漫画雑誌が並んでいた。


「うわっあの海賊漫画がついに最終回⁉︎」


まじか。

思わず手を伸ばしたが、ページの間が貼りついて開かない上にインクが劣化して薄い。

試行錯誤してみたが読めないので泣く泣く諦める。


《ここへは娯楽を求めにきたのでしょうか》

「いや」

《では食料を探しましょう》


クオヴァディスの言うことも最もだ。

最優先すべきは食料。

人がいないから店がやってないからとこのまま飲まず食わずでいたら飢えて死ぬだけだ。


「何かあるとすれば厨房――……ん?」


半壊したテーブル席の向こう側に目をやってぎょっとする。

埃で汚れた硝子窓越しに見える外の景色――霧で霞んだ街路樹を、巨大な白い何かが横切っていた。


「なんだあれ……犬か……?」


だが犬にしてはあまりにも巨大過ぎた。

体長五メートル近くはある。

例えるなら象みたいな体格のゴールデンレトリバーから体毛を剥ぎ取ったみたいな動物だ。


《データベースを検索……地球上のどの犬にも該当しません》

「いや……そりゃそうだろ……デカすぎる……」

《強いて挙げるならロシアンウルフハウンドに類似していますが体調が異常です》


おまけに極限までドーピングしたみたいに筋骨隆々な躰つきなので多分、戯れつかれただけで圧死できる。


《あの兎と一緒に新種として学会に報告しましょう》

「うん、学会とやらがまだ残ってればね」


カウンターの陰に隠れておっかなびっくり巨大犬の様子を伺っていると――。

別のものが現れた。


プロペラを背負った黒い郵便ポストたちだ。

テンポの狂ったメロディを辺りに響かせながら中空を降りてくる。


「今度は何だ?」

《どうやら小型無人飛行機(ドローン)のようです》


《アハハハハハハハ‼︎》

《キルユー‼︎ キルユー‼︎」》

《アハハハハハハハ‼︎》

《キルユー‼︎ キルユー‼︎》


何か物騒な英語を吐きながら巨大犬の周りを蝿のように飛び回っている。


ガガガガガガガガガ‼︎‼︎ ガガガガガガガガガ‼︎‼︎ ガガガガガガガガガ‼︎‼︎


「ひい」


唐突に凄まじい炸裂音と、火花が撒き散らされる。

ドローンがマシンガンらしきものをぶっ放し始めたのだ。


《攻撃対象はあの巨大犬のようですね》

「何なんだよあのドローン……ヤバ過ぎるだろ」


前触れもなく巨大犬vsキグルイドローンの一戦が始まってしまった。


ドローン三機が散開して、伏せる巨大犬を取り囲むようにして《アハハハ‼︎‼︎》と乱射を続けている。


ガラス窓を挟んだすぐ外で行われている為、戦火がこちらに飛んでくる可能性もゼロではない。

巻き添いは御免だ。

ただただ恐怖を抱きながらカウンターに身を潜め続けた。


「ク、クォヴァディス、マナーモードな。絶対音出すなよ」

《(・×・)ノ》


何その顔文字。

可愛くてちよっと腹がたつんだけど。


《(ドローンが勝ちそうですね)》

「だな」

《(犬の方を大神/おおかみと名付けようと思うのですが如何ですか?)》

「名前とかどうでもいいよ!」


クオヴァディスさん頼むからもう少し空気読んで。


だが確かに戦闘は一見ドローンたちが優勢だった。

反撃を許さない中空射撃によって、激しい音と火花を散らせながらタコ殴り状態を続けている。


――ただ巨大犬の様子が何やらおかしい。

一方的に銃弾の雨に晒されながらも平然としている。

それどころか退屈そうにアクビを噛み殺していた。


あれだけの銃弾を受けながら何故か体表に傷ひとつ負っていないのだ。


「……何だ?」


――ピリ。

――ピリピリ。


全身に黄金色の雷のような筋が無数に走り始めていく。


ふさふさとした黄金色の尾っぽが突然、無数の稲光に変貌すると――

凄まじい速度で繰り出された毛だか雷だかによってドローンたちが突き刺される。


「「「ガガガガッデーム‼︎」」」


捨て台詞を残しつつ爆発するドローン。


「瞬殺かよ」


巨大犬はいつの間にか元の皮膚に戻ると、何事もなかったかのようにその場に伏せをした。

前足をペロペロと舐め始める。


それから足元に転がってきたドローンの残骸を見つけて転がし始める姿はまるでワンコだ。


「というか寛いでないでさっさといなくなってくれ」


このまま店の前に居座られると身動き取れないんで滅茶苦茶迷惑です。

そう強く念じていたのが功を奏したのかもしれない。


暫くすると地面にふんふんと鼻先を擦り付けて何かを嗅ぎ回るような行動を始める。そしてさっと駆け出して霧の向こうへと去ってしまった。


「はー……一体何がどうなってるんだ?」


あの狂ったドローンは一体何なの?

何故、銃器を持っているの?


それを瞬く間に破壊したあの犬は一体どういう犬種なの?

そもそも犬なの?


あり得ない事だらけでまるで理解が追いつかない。


少なくとも自分のいた時代には存在しない危険な存在であるのは間違いない。


「もしかしてこの界隈にはあんな化物がウヨウヨしているのか? あいつらのせいで何処にも人がいないのか?」


暫く頭を抱えていると携帯端末がブルブルと震えて何かを知らせてくる。


《(さて問題が解決したようであればマナーモードの解除をお願い致します(・×・)ノ)》

「……いや御免、かなり問題だらけなんだけど?」

《ほほう宜しければ私が御相談に乗りましょうか?》


このマイペースな携帯AIに一切合切を解決してくれる画期的なアイデアを期待したわけではなかった。

助けを求めたのはどちらかと言えばただ藁にすがるような思いからだ。


「クオヴァディス、僕がこの先、生き残るにはどうすればいいと思う」

《生存戦略をお勧めします。まずは兵種を選択してください》


端末画面に覚えのないアプリケーションが展開されてる。


《現在アンロックされている以下5種から選択できます》


そんなアナウンスと共に、幾つかのアイコンが浮かび上がってくる。

全部で五つ。

それらには各々装いやポーズなどが違ったカートゥン調で描かれた兵士のキャラクターが描かれていた。


砲兵

輜重兵

通信兵

衛生兵

少年斥候


大体何処でダウンロードしてきたんだよ、そのゲーム。


「はあ……まあいいか」


何処で手に入れたゲームなのかは分からなかったが少し付き合う事にした。


このまま建物でじっとしている分には安全だろう。

少しだけ現実逃避しよう。

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カロリーが足りません(˃̵ᴗ˂̵)ノ 〜携帯AIがスキルつくれるので人類が滅びても安心です〜 大場鳩太郎 @overq

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