最終話 自由

「水穂さん。」

カッツは、水穂さんにそう話しかけた。

「ご気分はどうですか?」

まだ返答することはできないようで、咳き込んで答えている。

「それでは、まだたいへんかな。」

「滋養のつくものが何も食べれないから、いつまでもよくならないんだよ。」

ハチがやってきて、カッツにそう話しかける。

「そうしてやらないと、だめなの?」

カッツが聞くと、ハチはそう頷いた。

「いくら鍼を打っても、やっぱりちゃんとしたものを食べなくちゃ、何も変わら無いのさ。」

「そのためにはどうしたら?」

カッツはもう一回そう聞くと、

「うん、ここから出るしかないでしょう。だって、ここでは、滋養のつく食事なんてほとんどないじゃない。」

ハチはしっかり断定した。

「じゃあもしそれがなかったら?このままだとどうなるの?水穂さん。」

「カッツ。落ち着きなさい。水穂さんは、このままだとどうしようもないんだよ。だかからもうあきらめなきゃ。」

「嫌よ!」

カッツは、はっきりと言った。

「そうだけど、、、。」

ハチは、そう声を上げた妹に、兄として、どういってやればいいのかわからなくて、だまってしまう。

食堂ではほかの信徒たちも、なにか考えていた。あの先日の水穂さんの事は、彼らにも衝撃を与えていたらしい。

「ねえ、水穂さん本当にもうだめなの?」

一人の女性信徒が、こう話を切り出した。

「そうだね。あれだけ酷かったら、そうなってしまうだろうね。」

別の男性信徒がそう答えると、

「それは困るわ。私、まだまだ聞いてほしいことがたくさんあったのよ。それをなくすなんて、あたしまだ、未練が残る。」

と、その女性はそう言った。

「そうだけど、ダメな物はだめだよ。」

「ねえ、水穂さんには、無理なのかしら。何だか、あの人だけでも、ここから出てほしいと思うようになってきたんだけど。」

別の女性信徒が、いきなりそういう事を言い出す。

「なんでそう思うんだ?」

「だって、可哀そうじゃない。水穂さんは、少なくともあたしたちの話を聞くことはできるのよ。だから、向こうの世界でも、やっていけるんじゃないかな。あたしたちみたいに、迷惑だけをかけるしかできないのとはぜんぜん違うのよ。」

「そうだな。其れもそうだ。」

と、男性信徒は言った。

みな暫く考え込む。

カッツに連れられて、杉三は今日も水穂の下へ面会に言った。本当は総大将の許可が必要だけど、そうしないと、水穂さんがだめになるから、アンタを中へ入れるとカッツは言った。

「水穂さん。」

杉三は、ベッドの脇へ行き、水穂に声をかける。

「相当、辛そうだな。」

「だって。」

と水穂は言った。

「もう疲れちゃったよ。こんなところに居るの。」

酷くしわがれた声であった。

「まあしょうがない。ここにいるのも、本当に大変だけど頑張ろう。」

「杉ちゃんすごいね。そうやって、なんでも順応できちゃうんだから。」

「まあな。僕は順応することこそ、一番大事なんじゃないかと思うからな。ここにいるやつらはそれに失敗しただけの事だよ。でも、そういう所はぜったい教えないで、変なことを教えてしまっている。それだけの事さ。みんな途方にくれているんだろうね。失敗して。でもさ、現実世界で、そういう事を教えてくれる奴はないから、こういう変な組織にまちがって入ってしまうというわけだ。」

「すごいね杉ちゃん、そんなこと見ぬけて。」

水穂は、よわよわしく笑った。

「でも、こういう組織にしかいられないのは少し寂しいね。」

「ほんとだね。そういうところにあずかってもらうしか、ないんだよね。もし、そういうやつが、いない世の中になったらどうしよう。そういうやつは、こういう組織に閉じ込めて、能率のよい奴だけ残したら、もうおしまいだぜ。」

「ほんと、そうだね。帰りたいね。」

杉三がそういうと、水穂もそう言った。

「この世には、何をやっても出来ない奴もいるんだよな。それは居てもおかしくないはずなんだが、どうもこの組織がある以上、出来ない奴は捨ててしまおうという世の中になっているような気がする。全部が何でもできるやつではなくて、あるものはこれができて、またあるものはこれができない。それが交わってできているのが世のなかっていうもんだと思うのだが、其れが無視されちゃってさ、できるだけにしようとしている気がするんだ。そして、出来ない奴は、こういう組織に閉じ込めて、能力がないのに面倒を見てやっているんだからありがたく思えって、押さえつけて。」

「杉ちゃんすごいこと言うんだね。」

「うん。本来はこっちであたりまえの筈だった。でも、それはいまの日本では実現できないさ。なんでかなあ。できるやつを何とかしようではなくて、出来ない奴に何とかしようという事は、思いつかないんだねエ。」

「それは僕もわかる気がするよ。こういうところにたよってばかりで。多分きっと、みんな生きるのが面倒なんじゃないかなあ。だから、どんどん出来ない人にかかわりたくなくなって、なんとかしようとするのが面倒になって。しまいには悪質なところでさえも、良いところだと思ってしまう。」

「ほんとだよなあ、、、。だからさあ。できるだけ早く解放してやりたいな。やっぱり元の世界に帰った方がいいよ。」

「そんなことできるのかな。」

「できるさ、できると思っておけば、必ずできるから。」

「そうなんだね。」

水穂は最後の一文だけちょっと非現実的だったと思い、ため息をついた。

「杉ちゃん。もう、面会時間は過ぎたから、外へ出てくれないかしら。」

二人を監視していたカッツが、そういった。

「そうか。それでは、そうしよう。また来るからよ。」

と、杉三は、にこやかに笑って、部屋を出ていく。水穂はそれを名残惜しそうに見た。

丁度その時。

「ねえ、なんだか本当にその気になってきちゃった。水穂さんを何とかしてもとの世界に返してやる方法ないかしら。」

と、有る女性信徒がしゃべっているのが聞こえてきたのである。

「おい、其れは言うな。監視カメラが回っているかもしれないぞ。」

男性信徒がそれを制すると、

「それでもあたしは、水穂さんに外へ出てもらいたいのよ。それに、監視カメラは、電源が入ってないわ。電源の明かりが消えている。この頃、雷が多いから、壊れているのよ。」

と女性信徒は言った。たしかに、最近、雷がとても多く、テレビが壊れたりすることがある。幹部たちはそれを制することはなく、必要の人間の道具なのですぐに新しいものを用意する必要は無いと解釈することもが多い。なので新しいものが来るのに、時間があった。

「そうか。みなそういう目的があるのか!」

杉三はでかい声でその人たちの話を聞く。

「だったらすぐにやり方を考えよう。実は僕も水穂さんもそう考えていた。」

「そうなの!じゃあ、あたしたちもそうしましょう。こんなむさくるしいところで生活するなんて、もうあたしもいやだし。」

「でも、俺たちはどう考えればいいのだろう?そとの世界で生活しても、もう何もできないのは目に見えているぜ。」

男性信徒がそういう事を言った。

「いや、遠藤千沙総大将がすることと同じことをすればいいのさ。みんなからだとか心にどっか弱いところがあるはずなんだよ。それを掴んでしまって、其れに応えていくような生き方をしていればいい。あの総大将は、そういうことをして、僕らをここに収容させた。それを現実世界でもやっちゃえばいいのさ。どうしても働いているやつに逆らえないなと思ったら、そうやって、弱いところを掴んじゃえばいいのよ。」

杉三は、信徒たちを前にそういう事を言った。

「人間、完全無欠なやつはいない。なんでもできる機械とはそこが違うんだ。それを互いに補い合って生きているのもまた人間だ、そこと働くのとはまた違う。そこに働くのを混ぜ込んで、順位をつけるから、おかしいだけ。」

「じゃあ、あたしたちも、向こうの世界で生活していっていいの!」

女性信徒が質問すると、

「当り前じゃないかよ!できるやつだけの単一民族国家になったら、其れこそ大変だ!」

と、杉三は言った。

「だけど、ここからどうやって出ていく?玄関も何も、厳重に監視されているんだぞ?」

用心深い男性信徒がそういうと、

「下水管でもぶっ壊して、そこから逃げて行けばいいじゃないか?」

と、別の男性信徒が言った。

「だけど、杉ちゃんと水穂さんはどうするの?二人とも歩けないわよ。」

そこが大きな問題であった。杉ちゃんは口はうまいものの、歩けないという問題がある。それではかえって脱走の妨げになってしまう。

「それでは、私にかんがえがあります。」

不意に、ハチが部屋に入ってきた。

「何ですか、ハチさんうまい方法があるの?」

杉三が聞くと、

「私は鍼をやっていますが、じつは、漢方医としても活動していました。私がつかっている漢方の中に、飲めば三日ほど気絶状態になるものがあるんです。それを杉三さんと水穂さんには飲んでもらう。」

「でも、ここで死ぬと、骨にされて粉にされてしまうでしょう?ハチさん。もし勘違いされて骨にされちゃったら?」

ハチはそう答えた。すぐに杉三がそういったが、ハチはにこやかに笑って、

「いえ、そうでもないんですよ。最近、世論が人間の尊厳についてうるさく成ってきたので、遠藤総大将は、死体をすぐに燃やしてしまうことはしなくなり、隣の寺に投げ込むようになりました。まあ、言ってみれば投げ込み寺です。どこの世界でもそういうところがあるわけで。たぶんそんな不利な役目を負わされている寺院だったら、きっと、手伝ってくれると思いますよ。だから、それを利用してしまえばいい。」

と、答えた。

「よし、それに従って決行しよう。ただ、全員で心中する様に見せかけると、大量に処理するのが面倒になって、そのまま燃やされてしまうかもしれないから、それでは、いけない。」

と、用心深い男性信徒が、そう発言した。

「それは確かに一理ある。それではいけないから、体力のあるものはできる限り下水管からにげることにしましょう。」

と、ハチは言った。

「ちょっと怖いわ。」

カッツは、少しおびえた顔で言うが、

「いやいや、そとの世界の方が、ずっと楽しいよ。こんなところに閉じ込めておかれるよりもずっといいよ。」

杉三に言われてしぶしぶ黙った。

「頑張ろうな。」

「ええ。」

それでは、とハチがその場にいた信徒達を激励した。みな、これでやっと外の世界に行けるんだと思って、にこやかな顔をしていた。

翌日は穏やかな晴であったが、その夜、また例の様に雷が鳴っていて、鳴れば真昼の明るさとなり、止めば真っ暗、という状態になった。その日は何も起こらなかったがその数日後の朝の事である。

笛吹会の建物から、信徒が消えたという声が続出した。しかし、へやが荒らされていたとかそういう事はない。ただ、かわった事と言えば、雷が一晩中なり続けていただけである。

信徒たちの部屋はもぬけのからになっていた。そして、一番最後に、信徒の部屋の床に、大きなカレンダーが一枚落ちている。

「非常に困りますね。」

遠藤千沙総大将が自ら、カレンダーに向かって、石を放り投げた。すると石は、まるでその意思があるように、ゴロゴロと落ちて行った。

遠藤千沙総大将は、カレンダーを床からはぎ取った。壁にはそのまま、大きな穴が開いていた。床にはそういえば太い下水管が張られていた。それは、細見の人間であれば、十分に通れる太さだった。多分、みんなそこから、逃げてしまったのであった。

遠藤総大将は、すぐに探しに行けと言った。ところが部下たちはみな行く気にはなら無いのだった。

「そんな事、必要ありませんよ。だって、彼らはもともとこの世には必要ない人材でしょう。それでは、探しに行かなくてもいいじゃありませんか。だって、探しに行く必要もない筈ですよ。そうでしょう?」

遠藤総大将は、それをいわれると答えることができなかった。それはもともと遠藤総大将が、日ごろから、障害のある子供の保護者達に言い聞かせている言葉であった。

そう、彼らは必要ない。

要らない存在だから、私たちの下で預かる。そうすれば、あなたたちは、すぐに楽な人生を送れる。

それが日ごろから、言い聞かせていることば。やがて笛吹会の中では、遠藤千沙総大将が、金切り声を挙げて中から飛び出してくるのが見えた。


杉三たちは目が覚めた。隣にいた水穂も目が覚めた。

「おい、なんだかつまらない講演会だなあ。こんな、障害者とか弱い人は世の中に必要ないって言いふらされたら、あたまおかしくなりそうだぜ。」

「そうだね杉ちゃん。」

水穂もすぐにそういう。

「よし、途中だけど、出させてもらおう。」

二人は、そういって、そとへ出ていくことにした。

口笛を吹きながらかえって行く杉三たちであったが、そのあとでも、笛吹会の講演は、まだ続いていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口笛 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る