彼の者を支えるは

PM 01:53


ここは神奈川県にある由比ヶ浜海水浴場

その一角に建てられた水色の背景にペンギンが描かれた看板が目印の木製の建物の入り口で

普段は片目が隠れる程長い髪を後ろに縛ったオレンジ色のTシャツに白いエプロンをつけた一人の女性が

客を見送っていた


「ありがとうございましたー!」


夏真っ盛りのこの頃、継月達はここで夏期限定の出張カフェ『Creazione』を経営しており、たった今中に居た最後のお客が帰っていき、

店が一段落した所だ。


「しかし相変わらずあついな…」


この日の最高気温は38℃。

リウキウエリアに何度か訪れてる継月や、比較的温暖な気候に慣れてるフルルやマーゲイでも堪える暑さだ。

寒い地域に肌が慣れてる彼女にとっては、幾らこちらの世界での生活がそこそこ長いとはいえど、この暑さはかなりのものだろう。


「ひゃわっ!?」


額の汗をタオルで拭いていたところに、

ふと首もとに冷たい感覚が当てられ、彼女は

驚き目をぱちくりさせながら後ろを向く。


「大丈夫か、流帝?」


「なんだ継月か…。悪戯は止してくれよ」


冷たい感覚の正体は、継月が持ってきたスポーツドリンクだった。


「ごめんごめん。それより店も一段落したし、片付けや次の準備は俺達に任せて休憩に入ってきなよ」


「心配するな、このくらいどうってことないさ」


「ダメだ。流帝はただでさえ暑い気候には強くないんだから、ほら行った行った」


「うっ……。じゃあ、お言葉に甘えて……」


流帝は他のメンバーに一言告げ、すぐ上の休憩用兼こちらに居る間の別荘である家屋(継月名義)へと向かった。

継月はそれを見送ると、この後の営業に向けての準備や片付けへと向かった。



「ふぅ~…」


コウテイは、冷房の効いたリビングでソファに座りながらアイスを食べていた。


私はPPPのリーダー、コウテイペンギンのコウテイ。

こちらではすめらぎ 流帝るみかと名乗っている者だ。

私たちは今年から夏の間だけだがこの場所で、継月達とカフェを経営している。

何でかっていうと、実はカフェの方は人手が

足りてて、マスターが新たな稼ぎ口として提案したからなんだ。

俗に言う、海の家ってやつらしい。

ま、まぁ私としては、継月と一緒に居られる時間が多いから、嬉しいに越したことはないんだけどな?

メンバーは、未貴みき(プリンセス)、枇奈ひな(イワビー)、奈月(ジェーン)、桃咲もえみ(フルル)、いつき(マーゲイ)、そして私と店長の継月だ。

担当はイワビーと継月とフルルが厨房、プリンセスとジェーンとマーゲイと私が給仕という感じだな。


「しかし大丈夫かな……」


私にはあぁ言ってたけど、確か継月も熱中症になりかけてるんだよな去年……



一方その頃の継月達は、2:30頃から入ってきた客への対応に追われていた。


「継月!3番テーブルに焼き蕎麦のオーダーよ!」


「5番テーブルはかき氷をイチゴでとのことです!」


「すみません!8番テーブルに焼きとうもろこしの追加です!」


未貴、枇奈、樹がオーダーを取ったり、品物を運んだりと慌ただしく客席の間を駆けていく。


「わかった!」


「かき氷は任せとけ!」


「じゃあ私とうもろこし焼くね~」


オーダーを受けた継月達はそれぞれの調理をこなしていく。


「すみませ~ん」


「あっ、はーい!今伺いまーす!」


奈月達は再び客に呼ばれ、そちらに向かった。


「樹!焼き蕎麦上がったぞ!」


「はい!」


樹が焼き蕎麦を受け取り、テーブルへ運びに行った。

その時、継月は目眩がしてふらついた。


「っ……」


やばい、目眩が……


足取りがおぼつかなくなった継月は、ついに身体が重力に従い、横に倒れる。

枇奈と桃咲、そしてその声に気付いた樹の声を聞きながらも意識を手放すのだった。



「んっ……」


次の瞬間、目を覚ますと継月は、枕とは少し違う弾力を後頭部に感じ、視界はオレンジ色で

覆われており、額には冷たい何かが当てられ、頭を撫でられる感覚があった。


「ここは……」


「気がついたか?継月」


「コウテイ……?」


継月の声がし、継月が目を覚ましたと気付いた流帝が顔を覗かせた。

コウテイが膝枕をし継月の額に氷を入れた袋を当て、看病をしていたのだ。


「驚いたよ。休憩から帰ってきたら継月が倒れてたんだから」


コウテイに支えて貰いながらゆっくりと起き上がり、時計を見ると時刻は4:00をさしかけていた。


「店のほうは……?」


「ジェーンに厨房へ入ってもらって五人で回してるよ。あのピークを裁く為に、継月の事は一先ずは樹に診て貰って、私が厨房に入ったけどね。それで、3時過ぎに切りが着いたから、マーゲイと代わって今に至るってとこかな。もう閉店の時間だからお店も終わる頃だと思うけど」


「そうか……」


普段は9:00~17:00の営業なのだが、

この日は花火大会があり、それを見に行くということで営業終了時間を一時間早めてるのだ。


「ほら、スポーツドリンク。冷えてるよ」


「ん……」


継月はコウテイから受け取ったスポーツドリンクをゆっくりと飲んでいく。


「まったく、継月の方こそ無理して。聞けば今日は継月だけ休憩してなかったそうじゃないか」


「仕方ないだろ?俺も休憩に入ろうとしたら、店が賑わい始めたんだから……」


「それでもジェーンやプリンセスに厨房に入って貰うとか、やりようはあっただろ?」


「あそこで俺が抜けるのは不味いと判断したんだよ……」


まぁ、結局皆に迷惑掛けちゃったけど、と継月は続ける。


あぁ……、まただ。

継月、君はいつもそうだよな。

自分で何でも抱えて、大丈夫じゃないのに周りには大丈夫って、そういって辛いとか苦しいとかって感情を周りに隠して、自分の中で押し殺そうとするんだ。


コウテイは顔を俯かせる。


「継月……」


「ん?」


「継月にとって、私達はそんなに頼りないか?」


「そんなことないさ。現にこうして店を手伝ってくれてるし」


コウテイは継月の顔を見上げる。


「ならもっと頼ってくれてもいいじゃないか。

継月が私達より多くの仕事をやってるのは知ってるんだぞ?」


「俺のやるべき事なんだ。コウテイ達はアイドルの方もあるんだから、そこまでやって貰って迷惑掛ける訳にはいかないんだよ」


コウテイは一度俯くと継月の口からペットボトルが離れたその瞬間、唇を奪った。

目を白黒させてる継月を他所にコウテイは口を離す。


「迷惑なんかじゃないさ」


迷惑なものか


「私だって継月の為にやれることをしたい」


いつも倒れそうになる君を私なりに支えたい


「君の心だけじゃなくて、身体も支えたいんだ」


私達は群れなんだから。


コウテイは継月をギュッと胸元で抱きしめる。


「だから頼む。今よりほんの少しでいいから……、私を頼ってくれよ」


「コウテイ……」


継月は一度目を閉じ、頷くとコウテイの脇腹をポンと叩く。

コウテイは継月を離し、継月は顔を上げた。


「ごめんなコウテイ。どうやら俺は、少し考え過ぎていたらしい。小さい頃みたいに、何でも自分でやらなきゃいけない訳じゃない。今の俺には、コウテイお前という最高のパートナーがいるんだよな」


コウテイはコクリと頷く。


「じゃあ……、これからは遠慮なく手を借りちまおうかな」


「あぁ、勿論だ」


君が倒れたなら私はその心体からだを支える。

君が挫けたなら私はその手を取り、君の道標になる。

だって私は……君の為の皇なのだから。


大丈夫、私達ならそれこそ距離なんて物では測りきれない程果てしない夢や未来もこの手に掴めるさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紅蒼科学 IFストーリー 継月 @Suzakusaiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ